抄録
【はじめに】今回、脊髄損傷者のプッシュアップ動作を経時的に評価し、動作習得前後での差異を検証することで、プッシュアップ動作を効率的に行なうための因子について検討したので報告する。
【対象と方法】症例は第6胸髄損傷(Frankel A)と診断された26歳男性。本症例に対し、プッシュアップ練習導入初期(以下、初期時)とADL自立時(以下、最終時)のプッシュアップ動作を床反力測定およびビデオ撮影による動作観察にて比較し、動作習得に必要な因子を検討した。
床反力測定については床反力計上に台を設置し、端座位でのプッシュアップ動作を行なわせ、右上肢にかかる荷重量および荷重方向を計測した。
ビデオ撮影による動作観察は、頭頂、第7頚椎(以下、C7)、第5腰椎(以下、L5)、肩峰、肘関節、尺骨茎状突起にマーカーを貼付し、側方および上方よりプッシュアップ時の肩甲骨の動きや各マーカーの軌跡について観察した。
【結果】床反力による分析では、前後成分において初期時は殿部浮上期に前方成分が強く出現していたが、最終時では後方成分が出現していた。また最終時は初期時に比べ、プッシュアップ時の前後成分の振幅が少なく、小刻みな波形であった。
ビデオ撮影による動作観察では、肩甲骨外転と上方回旋(以下、Protraction)運動は初期時に比べ、最終時のほうが顕著に観察された。また殿部押し上げ期におけるC7およびL5マーカーの軌跡は、初期時には不規則であったが、最終時はほぼ一定方向に移動していく傾向がみられた。
【考察】今回、プッシュアップ動作の経時的な変化を確認することで、以下の因子が動作遂行に関係していることに気付いた。
まずプッシュアップ動作において、殿部浮上期では床反力前後成分が動作習熟により変化することである。これは骨盤を含む上半身の重心移動との関係が深く、殿部浮上直前に両上肢への体重負荷が十分行なわれているか否かが動作遂行に影響しているものと推測される。
次に殿部浮上~押し上げ期の肩甲骨Protraction運動にも変化が生じることである。動作が未熟な初期時では、プッシュアップの際に肩屈曲や肘伸展運動を行なうために、中枢側である肩甲骨を固定作用として用いる傾向がみられた。しかし習熟度が増すにつれ、閉鎖運動連鎖機構により中枢側自体の運動が行なえるようになり、肩甲骨Protraction運動を生かしたプッシュアップ動作が可能になったと考えられる。
さらにプッシュアップ動作時のバランス能力が経験や習熟により向上する点である。殿部押し上げ期において初期時にばらつきのみられたC7およびL5マーカーがほぼ一定方向に移動していく過程は、筋力的な向上だけでなく、視覚や圧覚、体性感覚などの知覚的要素も大きく影響していると考えられる。
今後、これらのことを踏まえ効率的なプッシュアップ練習について検証していきたい。