抄録
【目的】
 近年,高齢者の転倒要因の1つとして二重課題(Dual-task ; DT)条件下での歩行能力低下が挙げられている.その歩行能力低下の中でも,歩行リズムを表すストライド時間変動性(Stride time variability ; STV)は転倒リスクとの関連性が示されており,易転倒者は非転倒者と比較してDT条件下でのSTVが増大していると報告されている.易転倒者がDT条件下でSTVが増大する理由の一つとして,低い遂行機能を有する者は複雑な環境下で歩行パフォーマンスが低下することから,遂行機能との関連が指摘されている.しかし,遂行機能とDT条件下のSTVの関連性について調査した報告はない.そこで,本研究の目的は,健常高齢者におけるDT条件下のSTVと遂行機能との関連性を調査することとした.
【方法】
 対象は,本研究の主旨を説明し同意の得られた地域在住の健常高齢者44名(平均年齢72±4歳)である.対象者は,まず任意歩行速度にて歩行し,10m間の歩行速度とSTVを測定した.次に,DT条件として語想起課題を行いながら任意歩行速度で歩行し,DT条件下の歩行速度とSTVを測定した.STVの測定にはマイクロストーン社製無線モーションレコーダを用い,一側下肢の加速度波形からストライド時間を求め,10m歩行中のストライド時間の変動係数をSTVの指標とした.DT条件による歩行パラメータの変化の評価として,通常条件とDT条件との変化量であるDelta 歩行速度,Delta STVを算出した.遂行機能の検査にはTrail Making Test AおよびB(TMT-A, B)を実施した.上肢機能の影響を除くためTMT-B実施時間から,TMT-A実施時間を減算し,その変化量であるDelta TMTを求めた.統計分析は,通常とDT条件間の歩行パラメータの比較にWilcoxonの符号順位検定を用いて行った.遂行機能と歩行パラメータとの関連については,Delta TMTを中央値で低パフォーマンス群と高パフォーマンス群に2群化し,低パフォーマンス群と高パフォーマンス群でDelta 歩行速度およびDelta STVの比較を行った.
【結果】
 対象者の通常歩行速度は1.5±0.2m/s,STVは2.3±1.0%,DT下の歩行速度は1.2±0.3m/s,DT下のSTVは7.7±10.4%であった.Delta TMTは95.3±67.1秒であった.通常とDT条件下の比較では,歩行速度は有意に増加し(p < 0.001),STVも有意に増大していた(p < 0.001).Delta TMTで分類した2群間の比較では,低パフォーマンス群が有意にDelta STVが増大しており(p < 0.05),Delta歩行速度には差はなかった.
【考察】
 健常高齢者においてDT条件下では歩行速度や歩行リズムが低下するが,低い遂行機能者は特に歩行リズムに影響を受けることが示唆された.