抄録
【はじめに】到達運動は、物体を中心窩に捉える際に生じる準反射性運動のsaccadeとreachingにより構成されており、現在これらの運動制御に関する脳領域や神経群は見いだされつつある。しかし、これらフィードフォワード系運動中のフィードバック制御による修正制御過程についての報告は少なく、いまだ解明に至っていない。そこで今回、到達運動中に急激に視標を変更するdouble-step taskを設定し、異なるフィードバック信号入力時期と各々の修正動作開始タイミングを比較することで座標系のことなる二つの弾道運動の軌道更新処理に要するperiodを同定した。その時間的変化より限られた時間内でドライブするフィードバック処理動態を推察した。
【対象・方法】対象は本研究の説明を行い、同意を得た健常成人とした。被検者には暗室で坐位姿勢をとり、机上に設置したLED(発光ダイオード)パネルボードに提示される視標に対して水平saccadeと急速なreachingを行うよう指示した。視標提示位置は、開始視標が頭部・体幹から右側20度、第一視標は頭部・体幹正中位、最終視標は正中位より右側10度、左側10度、20度の三通りを設定し、最終視標は左側7割、右側3割の割合でランダムに提示した。運動は、頭部・体幹固定下にて開始視標を注視する。その後、開始視標の消灯と同時に第一視標が提示されるため、開始視標消灯を運動開始の合図とし、第一視標に対してsaccadeとreachingを行う。そして、第一視標はあるタイミングにて消灯し、同時に最終視標が提示されるため、最終視標に対して修正したsaccadeとreachingを敏速に行うよう指示した。この際、第一視標点灯から消灯までの時間間隙を240・160・100msecの3条件とした。運動回数は各条件100回、全300回とした。saccadeは眼電図より、reachingは筋電図にて三角筋前部、後部線維より導出し筋活動の修正タイミングを同定した。
【結果・考察】全条件において、第一視標に対するsaccadeとreachingの開始時期は同時期であったが、最終視標提示から修正したsaccade開始までの潜時は、修正した筋活動潜時よりも遅延していた。また、最終指標提示までの時間間隙が短縮するにつれ、saccade、reaching共に修正運動が早期に行われる傾向があった。reachingでは、視標提示から運動開始までの潜時は、第一視標に対する筋活動潜時よりも、最終視標に対する修正運動の潜時に短縮傾向が見られた。以上は、到達運動遂行中において急激な視標位置の変更が生じた際、その新しい視標に対して行われる視覚情報処理と、それに基づく各運動座標系での眼球と手の運動軌道の修正にはそれぞれ異なった運動制御過程により処理されている可能性がある事が示唆された。