抄録
【はじめに】片麻痺患者に対し硬度の異なるスポンジの足底識別学習課題を実施することで立位バランスが向上したとの報告がある。今回、右視床出血により左片麻痺を呈した症例の麻痺側足部に焦点を当て運動療法を施行した。これに伴い歩行時における動揺性の改善とともに視線方向の変化が観察されたので報告する。
【症例紹介】60歳男性、右視床出血を発症し1ヶ月後に当院入院となった。初期評価時、片麻痺機能検査は上下肢ともV-3、麻痺側の足関節深部感覚及び足底感覚は中等度鈍麻であった。高次脳機能検査では配分性、持続性の注意障害が疑われた。PT室内T字杖歩行は監視、10_m_歩行速度は55秒、持続歩行距離は50_m_であった。麻痺側立脚期では外側方動揺は大きく、麻痺側足部のひきずりが観察された。口頭指示により一時的に修正可能だが持続しなかった。歩行周期全般において麻痺側足部の状態に無関心であった。歩行時の視線は常に下方を向き、視線を前方へ向けさせると身体動揺はさらに大きくなった。これらより、感覚障害及び注意障害により麻痺側足底からのフィードバック情報を処理できず、視覚代償による姿勢制御を行っていると仮説を立て、麻痺側足部へ注意を向けて感覚情報を処理するような2種類の認知課題を実施した。視線を変化させたときの歩行動揺評価として3軸加速度計を用いてRoot Mean Square(以下、RMS)を求めた。その結果、下方を向いた歩行は前方を向いた歩行よりも動揺は小さかった。
【治療】1つ目は不安定板を使用し、底背屈及び内外反方向の中間位を認識させる課題を行った。2つ目は足底感覚からのフィードバック処理及び筋出力調整を目的としてスポンジの硬度を識別させる課題を行った。
【経過及び結果】座位にて課題を実施した当初は、麻痺側足部の状態に注意を向けることができず、「なんとなくわかる」などの内省報告が得られた。4週目には立位課題へと移行し、この時点でのRMSに大きな変化は認められなかった。8週目では、「足首の角度で分かります」「スポンジの沈み込む感じが分かります」などの内省報告が得られ、主観的変化が認められた。この時点の再評価では、片麻痺機能検査は上下肢ともにVI、麻痺側下肢の深部感覚及び足底感覚は軽度鈍麻と軽減した。高次脳機能検査では変化は認められなかった。PT室内T字杖歩行は自立し、10_m_歩行16秒、持続歩行距離は490_m_となった。下方及び前方を向いたときの歩行動揺では、ほとんど差がみられなくなった。
【考察】姿勢制御には主に視覚、前庭迷路系、足底感覚が影響を及ぼす。本症例では歩行時に下方を向き視野内で麻痺側足部の状態を認識することで足底感覚を代償していたと考えられた。認知課題の施行により、麻痺側足底に対する触圧覚情報を処理する能力が高まり歩行動揺の軽減に繋がったと考えられた。