抄録
【目的】臨床場面における嚥下の動的機能を画像評価する手法として、嚥下内視鏡検査、嚥下造影検査(以下VF)などが使用されている。現在、理学療法士等が可能な嚥下評価としては、反復唾液飲みテスト、改訂水飲みテスト及び頸部聴診法などが主であり、嚥下の動態を評価するには喉頭挙上時の視診、触診が挙げられる。しかし、これらの方法は画像評価と違い、舌骨、喉頭の運動を詳細に評価することが困難である。近年、定量的評価が可能で無害である超音波診断装置(以下US)を使用して、舌骨、喉頭の運動などの嚥下動態評価を行う文献が散見される(Chi-fishman,2002)。USは嚥下動態を観察する場合、下顎と甲状軟骨の動きの影響を受けやすいためプローブやランドマークの選択を考慮しなければならないものの、簡便で、非侵襲的でありリアルタイムに評価が可能である。一方、嚥下運動は下肢を含めた姿勢変化に影響を受けるとされており(田上ら,2008)、嚥下に関与する筋群は、骨の位置関係や同じ骨に付着する筋の状態により嚥下関与筋に影響することが報告されている(吉田,2005)。しかし、これらの先行研究はVFや、反復唾液飲みテストなどを使用しているが、USを使用した報告はほとんどみられない。そこで、本研究の目的は頭頸部および体幹の姿勢変化が嚥下動態に与える影響を舌骨、喉頭運動に注目し、USにおける嚥下時の舌骨、喉頭運動の解析を検討した。
【方法】摂食嚥下障害に影響を及ぼす頭頸部疾患、口腔疾患、脳血管障害などの既往のない健常成人9名(25.4±5.3歳)を対象とした。使用機器は超音波診断装置SSA-550A型(TOSHIBA社製)でプローブはリニアタイプ(6.8MHz)を使用した。被検者姿勢は壁を背にして姿勢を固定し、外耳孔と肩峰を結ぶ線が床面と90°の頭頸部中間位、頭部最大伸展位、頸部中間位(以下頭部伸展位)で、両姿勢とも股関節、膝関節角度は90°で足底接地した端座位で行った。舌骨、喉頭描出方法はプローブを甲状軟骨の左側方にあてた。可能な限り再現性がとれるよう、プローブの位置、角度を視覚的に確認した。描出した舌骨、喉頭は甲状軟骨の最上方部をランドマークとして、超音波モニター画面の中心となるように調整した。頭頸部の位置に変化がなく、一点を注視させた後、藪中ら(2008)と同様、5mlの冷水をシリンジで口腔内に保持し、指示嚥下を行った。超音波描出画像の解析方法は、撮影した画像をVHSに録画し、その後、USBビデオキャプチャーにてデジタル変換した。画像解析ソフトはImage J(National institute of health)を用いて、甲状軟骨の嚥下運動をフレームレート30fpsで1コマごとのずれを追跡し、嚥下運動の全経過時間を計測した。データの統計学的検討は対応のあるt検定を行った。尚、有意水準は5%未満とした。
【説明と同意】本研究について被検者には十分な説明を行い、書面にて同意を得た。
【結果】被検者9名の全経過時間平均は頭頸部中間位では1.51±0.11msec、頭部伸展位では1.89±0.15msecであり、これらの姿勢の間に有意差を認めた(p<0.01)。
【考察】藪中らは年齢別で舌骨の運動軌跡、運動時間をUSで解析しており、中原(1987)のVFを使用した舌骨運動の軌跡と同様のものであったと報告している。今回、USにて計測した頭頸部中間位での嚥下による舌骨、喉頭運動の全経過時間は藪中ら、中原の報告とほぼ一致した結果となった。吉田は、嚥下に関与する筋群は、下顎、甲状軟骨、舌骨、胸骨、鎖骨、肩甲骨などに起始と停止を持つものが多く、これらの骨の位置関係や同じ骨に付着する筋の状態は嚥下関与筋に影響すると報告している。本研究では、頸部と体幹を固定した状態で頭部の中間位と伸展位で舌骨、喉頭運動の全経過時間を解析した。結果は、頭頸部中間位の姿勢に比べ頭部伸展位の姿勢では舌骨、喉頭の全経過時間が延長した。全経過時間が延長した原因としては、頭部を伸展することにより、下顎と舌骨を結ぶ舌骨上筋群や胸骨と舌骨を結ぶ舌骨下筋群が過伸張されたため、舌骨のスムーズな前上方運動が阻害され、舌骨、喉頭の同時間が延長したと考えられる。これらのことより、USを使用して、姿勢変化による嚥下動態を解析することが可能であることが示唆された。今後、対象者を増やし、様々な姿勢で舌骨、喉頭の運動動態を解析し検討していく必要があると考える。
【理学療法研究としての意義】USは検査場所を選ばず、持ち運ぶことができ、ベッドサイドでも検査することが可能である。ベッドサイドや車椅子上にてポジショニングを行った上で摂食・嚥下する場面がみられる。USを使用することで、簡便に嚥下機能とポジショニングの適正をリアルタイムに評価することが可能であると考える。