抄録
【目的】
骨格筋損傷後の急性期における二次損傷や疼痛を軽減するために、スポーツ医学では寒冷刺激が広く用いられている。しかし、寒冷刺激が筋再生に及ぼす影響は明らかになっていない。そこで、骨格筋損傷後の筋再生に寒冷刺激が及ぼす影響を形態学的に観察した。また損傷部に遊走するマクロファージ(以下、Mp)が筋再生に重要な役割を果たすといわれているため、寒冷刺激がMpの遊走と分布に及ぼす影響も調べた。
【方法】
Wistar系ラットを用い、麻酔下で下腿の皮膚を切開して露出した長指伸筋に鉗子で30秒間挫滅損傷を与え、直ちに皮膚縫合した後、寒冷群(n=39)には経皮的に20分間アイスパックで寒冷刺激を与えた。非寒冷群(n=39)には同様の方法で挫滅損傷だけを与えた。損傷後、経時的に麻酔下で長指伸筋を摘出し、新鮮凍結切片(横断)を作製して、H-E染色、ワンギーソン染色、免疫組織化学(ED1, PAX7, TGFβ1, IGF-I)、In situ hybridization(TGFβ1, IGF-I)を行った。
【結果】
寒冷群で損傷筋の表面温度が13.3度低下し、損傷筋線維の変性が遅延した。そして、寒冷群では炎症反応におけるMpの遊走、および筋衛星細胞の増殖や分化がおよそ1日遅延した。さらに損傷14, 28日後においては、再生筋線維の成熟が著しく抑制されていた。また、損傷筋線維に進入したMpは主にTGFβ1を産生し、その後、筋管が形成され始める損傷4日後には、筋管の周囲でIGF-Iを産生することが明らかになった。寒冷群では、TGFβ1の発現が、非寒冷群と比較して2日間長く維持され、損傷14, 28日後において膠原線維が過剰に形成されていた。
【考察】
筋損傷後の早期の炎症反応においてMpは、再生過程に応じて成長因子(TGFβ1, IGF-I)を産生し、筋衛星細胞の増殖や分化、そして再生筋線維の成長に関与していると考えられる。しかし、寒冷刺激によって損傷筋線維の変性が遅延し、筋再生に重要なMpの遊走も遅延し、再生過程の早期における筋衛星細胞の増殖や分化を遅延させたと考えられる。再生過程の後期における過剰な膠原線維の形成はTGFβ1発現の長期化が一因と考えられ、再生筋線維の成熟に大きく影響したものと考えられる。