抄録
【目的】
中高齢者の加齢に伴う下肢筋力低下はバランス能力障害に影響することが知られている。しかし、下肢筋力がどの程度低下すると、転倒につながるバランス能力障害が生じるかという下肢筋力の水準値は明らかではない。またこれまで下肢筋力の加齢変化や、下肢筋力とバランス能力との関連を調べた研究では膝関節伸展筋力に関する報告が多いが、股関節外転筋力について検討した報告はほとんどない。
本研究の目的は、中高齢女性の下肢筋力(膝伸展筋力および股外転筋力)の加齢変化の違いを調べること、および下肢筋力とバランス能力(Functional reach(FR)および片脚立位保持時間)との関連を分析し、良好なバランス能力を維持するために最低限必要な下肢筋力の水準値を明らかにすることである。
【方法】
対象は本学学生19名(平均年齢19.9±0.7歳,以下若年群)および地域在住で日常生活が自立している中高齢女性188名(平均年齢72.1±6.8歳)とした。中高齢女性は年齢により中年群27名(61.6±2.4歳)、前期高齢群90名(69.7±2.6歳)、後期高齢群71名(79.1±3.7歳)に群分けした。股外転筋力の測定にはHand-held Dynamometer(アニマ社製μ-Tas F-1)、膝伸展筋力の測定にはStrain-gauge Systemを使用した。股外転筋力は背臥位で股関節内外転中間位、膝伸展筋力は端座位で膝関節90°屈曲位にて右側の最大等尺性筋力(N)を測定した。筋力測定は2回行い最高値をデータに用いた。筋力値はアーム長を乗じ体重で除したトルク体重比(Nm/kg)で表した。さらに若年群の平均筋力値を基準値(100%)として、それぞれ中年群・前期高齢群・後期高齢群における筋力の若年比(%)を算出した。また中高齢女性のみを対象に、バランス能力としてFRおよび開眼片脚立位保持時間の測定を行った。
統計学的検定として、まず加齢による下肢筋力の変化を分析するために、一元配置分散分析およびScheffé法を用いて年代層間の筋力値の比較、Wilcoxonの符号付順位検定を用いて筋間の筋力若年比の比較を行った。また、中高齢女性のバランス能力に必要な下肢筋力水準値を求めるために、FRおよび開眼片脚立位保持時間それぞれについて、先行研究による転倒リスクのカットオフ値(FRは26cm、開眼片脚立位保持時間は5秒)により、対象者をバランス良好群とバランス不良群に分類した。バランス良好群とバランス不良群における膝伸展筋力および股外転筋力値をMann-Whitney検定にて比較し、2群間に有意な差があった項目については、判別分析を用いて2群を判別する判別値および判別的中率を求めた。有意水準は5%未満とした。
【説明と同意】
全ての対象者に研究内容についての説明を行い、同意書に署名を得た。
【結果】
加齢による下肢筋力の変化について、股外転筋力のトルク体重比では中年群・前期高齢群・後期高齢群が若年群よりも有意に低かったが、その他の群間に有意な差はみられなかった。膝伸展筋力のトルク体重比では中年群・前期高齢群・後期高齢群が若年群よりも有意に低く、さらに後期高齢群が中年群よりも有意に低かった。また、筋力若年比は、中年群(股外転76.7%,膝伸展63.1%)・前期高齢群(股外転72.2%,膝伸展54.1%)・後期高齢群(股外転65.1%,膝伸展48.9%)の全ての年代層において、膝伸展が股外転よりも有意に低かった。
FRにおけるバランス良好群とバランス不良群の筋力値を比較した結果、膝伸展筋力値には有意な差がみられなかったが、股外転筋力値ではバランス良好群よりバランス不良群で有意に低かった。2群間に有意な差があった股外転筋力値についてのみ判別分析を行った結果、2群を判別する判別値は1.28Nm/kg(若年比70.3%)であり、判別的中率は63.4%であった(p<0.01)。
片脚立位保持時間におけるバランス良好群とバランス不良群の下肢筋力値を比較した結果、膝伸展筋力値には有意な差がみられなかったが、股外転筋力値ではバランス良好群よりバランス不良群で有意に低かった。2群間に有意な差があった股外転筋力値についてのみ判別分析を行った結果、2群を判別する判別値は1.29Nm/kg(若年比70.6%)であり、判別的中率は63.2%であった(p<0.05)。
【考察】
本研究により、中高齢女性の加齢による筋力低下は股外転筋力より膝伸展筋力の方が著しいことが明らかになった。しかしバランス能力には膝伸展筋力よりも股外転筋力が影響しており、股外転筋力がトルク体重比で約1.30Nm/kg、若年比で約70%を下回ると、転倒につながるバランス能力障害が生じやすいことが示唆された。
【理学療法研究としての意義】
中高齢女性の転倒を予防するためにはバランス能力を維持することが重要である。本研究の結果、良好なバランス能力を維持するためには、最低限1.30Nm/kg程度の股外転筋力を維持することも重要であると考えられた。