抄録
炭酸カルシウムCaCO3構造中のCO3イオンは、常温常圧下で安定なcalciteにおいては特定の方向を向いて規則正しく並んでいるが、高温下では無秩序な方向を向く。そのためR(-3)cの対称性をもつcalciteは、高温において対称性R(-3)mの高温型calciteに相転移する。この相転移にみられるようなCO3イオンの回転によるエントロピーの増大は、高圧相であるaragoniteを含む多形の安定関係にも大きく影響すると考えられるため、このような秩序-無秩序転移の研究はこれまで数多く行われてきた。しかし、高温においてはCO2が脱離するために実験が困難であることから、詳細なメカニズムはいまだ未解決のままである。またMirwald (1979) がCaCO3-IV相の存在を提案していることなど、高温における相関係は未だ確立されていない。
本研究においてはこのような問題を解決するために、分子動力学(MD)法による計算機シミュレーションを用いて、calciteの高温における相転移を研究した。MD法を用いれば、そのような実験困難な条件下のシミュレーションが可能となるばかりでなく、CO3の動きを直接知ることができる。過去にもMD法を適用したいくつかの研究例があるが、CO3を剛体として扱っていること、1 atm のみの計算を行っていることなど、不十分な点が多い。本研究においてはさらに精度のよいMD計算を行うため、結晶に関する第一原理計算に基づいて新たな原子間相互作用モデルを導出し、得られたモデルを用いてMD計算を行った。
1 atm、1 GPa および 2 GPaまでの各圧力において、300 K から1500 K の温度範囲でcalciteのMD計算を行った結果、以下のようなメカニズムにしたがって高温における相転移が進行することが判明した。
1 atm :温度が上昇するにしたがってCO3の振動が大きくなり、1250 K以上では“バリア”を乗り越えて±60°回転できるようになる。これにより対称性がR(-3)mとなるとともに、構造パラメーターの熱膨張率が不連続的に変化する。
高圧下:CO3の振動が温度上昇とともに大きくなり、1 GPa では1350 K、2 GPaでは1450 Kで±120°の回転をするようになる。これによって体積が不連続的に変化して1次の相転移がおこるが、CO3の方向は変化しないためこの段階では対称性は変わらない。さらに温度が上昇するとCO3はもとの位置から±60°回転した位置にも局在するようになり、R(-3)mの対称性へと2次の相転移をおこす。このときCO3の向きは時間とともに変化する。
すなわち、この相転移は1 atm のときは1次であるが、高圧下においては空間群R(-3)cを変えずにおこる1次の相転移と、R(-3)c - R(-3)m間でおこる2次の相転移の2段階からなるという結果になった。このとき高圧下で現れる対称性R(-3)cの中間相は、Mirwald (1979) によって提案されたCaCO3-IVと関連づけられる可能性があると思われる。