抄録
ヒザラガイ類の歯は磁鉄鉱を主成分とすることで知られており、生体起源の磁鉄鉱の形成メカニズムやその特徴には様々な分野で興味が持たれている。このヒザラガイの歯の形成プロセスを捉えるために、放射光を用いた粉末X線回折により歯の成熟に伴う構成成分の遷移の様子を、また放射光マイクロビームを用いた状態別2次元元素マッピングおよびマイクロXAFS法により歯の内部での鉄化合物の分布の様子を求めた。また、ヒザラガイ類の中からヒザラガイ、ヒメケハダヒザラガイ、ババガセの3種類について同様の分析を行い、種による歯の構成物質の際についても検討を行った。
粉末X線回折の測定はSPring-8 BL02B2に設置されている大型デバイシェラーカメラとイメージングプレート(IP)による測定系を用いて行った。ヒザラガイの歯舌より形成されたばかりの未成熟のものから一個ずつ歯を析出し、ガラス張りの先に接着し、回転させながら15分から60分間、0.5Åに単色化した放射光を照射しIPに回折像を記録した。回折像は名古屋大学工学研究科の坂田・高田研で開発・改良されたプログラムを用いて回折角と回折強度の1次元データに変換され、個々の歯についてX線回折プロファイルを得た。状態別2次元元素マッピングおよびマイクロXAFS測定はSpring-8 BL37XUにて行った。試料は樹脂包埋した後サンドペーパーとアルミナの研磨剤を用いた研磨操作により薄片に成形した。この薄片をX-Yステージに固定し、K-Bミラーにより6マイクロに集光した10keVのアンジュレーター光を試料の座標を確認しながら照射し、そこで検出される蛍光X線をSDDとマルチチャンネルアナライザーでモニターすることにより、元素ごとの2次元元素分析を行った。また同様の集光条件で入射X線を0.001keVステップ、7.09~7.20keVで走査した際のFe Ka線の強度をモニターすることで、試料の微小領域に存在する鉄化合物のFe- XANESスペクトルを得ることができた。さらに、標準試料として測定した赤鉄鉱(a-Fe2O3)と磁鉄鉱(Fe3O4)のXANESスペクトルの間で励起効率に大きな差が見られるエネルギー(El)と双方とも十分に励起されているエネルギー(Eh)を求めて、その2つのエネルギーで励起しながら鉄のマッピングを行うことにより、歯の内部での磁鉄鉱の分布を決定することを試みた。BL37XUでのデータはすべて広島大学工学研究科の早川研で開発された測定プログラム及び解析プログラムを使用し、収集・解析処理を行った。
放射光粉末X線回折測定の結果、ヒザラガイの歯では形成初期では結晶性の低い未知の鉄化合物が存在すること、そして形成初期の2、3個で磁鉄鉱が急激に形成されること、ヒザラガイの種類によって歯を構成する鉱物種に差があることなどが明らかとなった。また、状態別2次元元素マッピングおよびマイクロXAFSの結果からも、バルクとしては粉末X線回折と同様の傾向を確認できた。更に構成成分について2次元元素分析を行った結果、ヒザラガイ類の種類によって、歯の内部での主要元素の分布や状態に差違があることが分かった。
雑食で歯の大きいヒザラガイでは摂餌面だけに鉄が濃集しているのに対し、肉食のババガセは鉄を濃集した歯の大きさが小さく、更に鉄は全体的に分布している様子がうかがえた。また磁鉄鉱の分布にも種により差があることが示された。当日は分析の結果をヒザラガイの種類による特徴と関連させながら報告する。