【序論】
コッコリスは海洋性の微細藻類である円石藻によって生産される、石灰化したスケールである。一つのスケールはサブミクロンサイズの方解石単結晶が数十個集まって、長径数μm程度の楕円形リングを形成している。ヘテロコッコリスと呼ばれるタイプのコッコリスはV結晶とR結晶と呼ばれる、結晶方位や形態が異なる2種類の結晶が交互に組み合わさって出来ている。コッコリスの形態、大きさは種に特異的であることから、細胞によって厳密に制御されて形成されると考えられている。コッコリスの結晶学的方位やその形態との関連を調べることは、複雑なバイオミネラリゼーションの形成機構を解明する上で重要であり、その成果はナノテクノロジーやバイオミメティックへの応用が期待される。これまでにヘテロタイプに属する円石藻Emiliania huxleyiやPleurochrysis carteraeのコッコリスの結晶方位が透過型電子顕微鏡(TEM)を用いた電子回折によって調べられてきた。しかしながらTEM像は結晶の透過像を見ているため、三次元的な形態の把握は難しい。コッコリスの様な複雑な構造をもつ結晶の形態の認識にはむしろ高分解能な走査型電子顕微鏡(SEM)の方がはるかに有利である。電子後方散乱回折(Electron Back-Scattering Diffraction:以下EBSDと略記)はSEM内で結晶学的情報が得られる有用な方法である。SEMとEBSDによる分析はTEMに比べて容易にデータが得られること、X線回折と比べてもはるかに高い空間分解能(100 nm以下)を持つことから、結晶学や材料科学など様々な分野における活躍が期待される新しい手法である。本研究ではEBSDを用いて、P. carteraeおよびGephyrocapsa oceanicaのコッコリスに関して結晶方位を調べた。
【実験方法】
培養したP. carteraeおよびG. oceanicaの藻体を回収し、超音波処理、遠心分離によってコッコリスを単離し、エタノール溶液中に懸濁した。コッコリスを含む溶液をアモルファスシリコン膜でコーティングしたシリコンウェーハー上に分散させ、カーボンを蒸着させた後、SEMによる観察を行った。装置は日立S-4500およびサーモノーラン社製のEBSD検出器(Phase-ID システム)を使用し、方位解析には自作のソフトウェアを用いた。
【結果と考察】
P. carteraeのコッコリスはV結晶が良く発達しており、真上からコッコリスを見下ろした場合、V結晶のみが観察された。個々のV結晶のc軸は全てコッコリスの基底面から約60℃傾いていた。またa軸はほぼ基底面に平行であった。一方、G. oceanicaのコッコリスはE. huxleyiと同様にR結晶が発達しており、真上から見下ろした場合、R結晶のみが観察された。R結晶のc軸はコッコリスの基底面から約20℃傾いていた。本発表ではこのような結晶方位とともに,各結晶に発達した結晶面の指数決定の結果も報告する。