本稿では、西陣織の若手職人らによる近年の取り組みを事例に、現代における伝統産業の変容を論じる。西陣織は日本を代表する高級織物であるが、1990年代以降、需要の縮小とともに衰退してきた。しかしながら、近年では過去の職人層と異なる属性を持つ若手職人の参入が見られ、既存の産業内秩序への挑戦と伝統産業の革新が試みられている。
西陣織とその産地である西陣をめぐっては、産業・地域構造の前近代性や垂直的関係性が繰り返し指摘されてきた。その中、若手職人らの取り組みはどのような背景の下で可能となり、西陣織の世界にいかなる変化をもたらしているのだろうか。この問いに答えるために、本稿では若手職人らへのインタビューを行い、その取り組みを「企業家型」「技術伝承型」「クリエーター型」の3類型に分類しながら具体的展開を分析した。
本稿の知見は、次の2点である。第一に、1990年代以降、西陣織業はインナーエリアの地域社会変動に巻き込まれ、産業-地域の特殊性が弱まる一方で新たに芽生えた活動やその担い手をめぐるダイナミズムが展開されるという、複雑な変容の過程を辿った。第二に、変わりゆく現代社会において、伝統産業の振興を目指す試みが直面する課題の複合性である。以上から見えてくるのは、単に衰退するのではなく、現代の様々な社会変動を反映し、新たな可能性と課題を同時に抱えながら生き残りを図る今日の伝統産業の姿である。