近年、ひきこもり経験者への支援が社会課題となり、地元レベルでの課題解決が着目されている。しかし、そもそも、あらゆるひきこもり経験者が、地元や家族のいる地域で生活することを望んでいるとは限らない。こうした関心から、移住を経験したひきこもり経験者の意味世界に本稿は照準し、移住の動機とその前後の状況がどのようなものだったかを問いとして掲げる。
2020年9月より筆者は、ひきこもり経験者や生活困窮者への支援を行っている非営利法人の利用者を対象に、半構造化インタビューとシェアハウスでの参与観察を行ってきた。利用するデータは2020年9月から2023年12月までのインタビュー記録とフィールドノーツの一部である。
先行研究と異なる結果としては、次の3点が指摘された。①ひきこもり経験に関連するリアルタイムの相互行為の対象となった他者の有無が、ローカルな生きづらさと関係していること。②移住前後の地域をめぐる①の差異により、移住先での匿名性の低さは大きな問題とはみなされず、その点で移住生活に支障はないこと。③ひきこもり経験者による移住の場合、地元・親元ネットワークの回避は、動機としてではなく機能として見出されること。
これらの結果から、ひきこもり経験者の一部を、潜在的に移住のニーズのある主体として捉え直す必要があることを、本稿は示唆した。