抄録
戦後の父親言説は2つのタイプに大別できる。1つは、男女間の資質の違いを前提とし、子どもの社会化における独自の役割を父親に求める〈権威としての父親〉言説である。もう1つは、乳幼児の世話を含めた子どもへの広範な関与を父親に求める〈ケアラーとしての父親〉言説である。強調点の違いこそあれ、両者は父親に家庭回帰と子どもへのさらなる関与を求める点で一致している。こうした中、男性たちの間にも、仕事と家庭のバランスを取り、育児に積極的に参加しようとする意識が高まっている。しかし、そうした意識とは裏腹に、父親の子どもとの接触時間は母親や諸外国の父親に比べて圧倒的に少なく、接触の仕方もごく限られている。その背景として、育児期の男性の長時間労働の問題や、育児期に性別役割分業を行うことが多くの夫婦にとって経済的に合理的な家族戦略になってしまうような雇用労働環境の問題が指摘される。そうした中で、少なからぬ父親たちが仕事と育児の間の葛藤を経験している。性別役割分業が否定される中、「稼ぐ」だけの父親はもはや正当性を失っている。しかし、女性たちの「新・専業主婦志向」に象徴されるように、依然として父親が「稼ぐ」ことへの期待は強く、大半の女性は「3歳児神話」を支持している。性別役割分業は〈厳格な〉タイプから〈ゆるやかな〉タイプへと形を変えつつ正当性を保持し続けている。