杏林医学会雑誌
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総説
神経再生の最前線
松井 健岡野 栄之
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2012 年 43 巻 3 号 p. 29-34

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抄録

 ヒトをはじめとする多くの生物の体組織は,損傷からの回復能力(再生能力)を有している。損傷により細胞が失われた組織においては,それぞれの組織に存在する幹細胞が分裂し,失われた細胞を補充する。細胞外マトリックスの欠失や損傷も,組織を構成する細胞の働きによって再構築される。皮膚に生じた切り傷や,事故による骨折が元通りに治癒するのは,この能力によるものである。しかし,すべての組織が同等の再生能力を有しているわけではなく,生体内には再生能力の極めて低い組織も存在する。
 脳や脊髄など中枢神経系の再生能力が非常に低いことは古くから知られており,現代の臨床現場においても神経損傷の根治治療法はいまだ実用化されていない。そのため,脳卒中や脊髄損傷による後遺症を残したまま生活している患者は多数存在する。このような患者の数は,高齢化社会の進展と相まって,今後もさらに増えていくものと考えられる。この現状に対し,再生医療による様々なアプローチが行われている。我々の研究室では神経幹細胞移植が脊髄損傷の治療に有効であることを示し,現在はより移植治療に適した細胞の作製に取り組んでいる。初期の移植実験は複雑なプロセスを経て生体から採取した神経幹細胞で行われていたが,現在は体細胞から生体内のほぼ全ての細胞に分化可能であるiPS細胞を樹立し,そのiPS細胞から作成した神経幹細胞を用いて移植実験を行っている。また,体細胞をiPS細胞の状態を経ずに直接神経幹細胞に変化させることで,より早期に神経幹細胞を得られる方法も開発した。本稿では,そのような取り組みの現状,今後の展望と課題について概説した。

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