主催: 社団法人 日本理学療法士協会 九州ブロック会, 社団法人 日本作業療法士協会 九州各県士会, 主管 社団法人 長崎県理学療法士会, 主管 長崎県作業療法士会
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【はじめに】
上腕骨頚部骨折の保存療法等で行われるストッキネット・デルポー固定やデゾー固定等の上肢関節の固定で認められるように、上肢が固定された状態では転倒しやすい、あるいは歩容が不安定になる患者が臨床上認められる。さらに正常歩行等でも認められるように、歩行において上肢の介入は重要な役割を果たすとされている。従って静的あるいは動的なバランス機能における上肢関節の影響も考えられる。しかし下肢関節、とりわけ足関節と股関節がバランス機能に及ぼす影響についての研究は多く認められており、多くの対処法が用いられているが、上肢関節がバランス機能に与える影響について調べた研究は少ないように見られた。
そこで今回、上肢関節とりわけ肩関節がどれだけ静的・動的バランスに影響を与えるかを調べるために研究を行い、若干の知見を得たので報告する。
【対象及び方法】
これまでに下肢に整形疾患を有していない健常な男女20人(平均年齢22,9±3,72歳)を対象とした。使用機器はグラビコーダー(アニマ社GS-3000)であった。測定方法は、被検者を
(1)上肢を固定しない群
(2)上肢片側固定群(利き腕を固定。固定箇所は肩関節内転0°肘関節90°屈曲し、上腕を体幹に固定した。弾性包帯を固定に使用した。)
(3)上肢両側固定群の順に実施した。測定日数は運動学習などの要素が入らないために、それぞれの測定には3日以上のラグを設けた。測定項目は(1)総軌跡長(2)単位面積軌跡長とし、静的バランスは開眼30秒および閉眼30秒(立ち上がり10秒間の測定はしない)にて測定した。開眼の場合は1,5m先の直径3cmの黒点を注視して行った。
動的バランスはクロステストを行い(テストは開眼で行う)前後移動および側方移動の最大移動距離をそれぞれ足長、足幅の%で表した。またそれぞれの項目に対してt検定を用いた。
【結果】
総軌跡長(開眼)については(1)群・(2)群・(3)群ともに有意差は認められなかった。閉眼については(1)群と比較し(2)、(3)群は有意に減少していた(p>0,01)。
単位面積軌跡長は開眼では有意差を認めなかったが、閉眼では(1)、(3)群と比較し(2)群が有意に低下していた。
クロステストについては全てにおいて有意差は認められなかった。
【考察】
総軌跡長では開眼では有意差はなく、閉眼において(2)、(3)群に有意差が認められた。通常、立位姿勢では視覚系・前庭系・体性感覚系からの感覚入力を元に制御させるとされており、その感覚入力の中でも視覚系の制御が最も重要とされている。
開眼ではその感覚入力が働いているため、有意差が見られなかったのではないかと考えられる。閉眼において上肢を固定した群が固定しなかった群と比べ総軌跡長が減少したのは、視覚刺激を遮ったため体性感覚に多くを依存せざるをえなくなり、上肢固定で使用した弾性包帯が体性感覚を刺激したため総軌跡長が有意に減少したと考えられる。また姿勢の維持には身体の分節が少ないほど安定性が高いとされており、本研究では体幹を固定することにより体幹の分節を固定し、その結果、姿勢が安定したのではないかと考えられる。
単位面積軌跡長では閉眼において(2)群が有意に減少していた。単位面積軌跡長は立ち直りの緻密さを反映する数値とされている。立ち直り反応は四肢や体幹が無意識、自動的に応答運動を起こし身体の安定した状態を取り戻すものであり、立位姿勢保持と同様に視覚的な影響が大きいたとされる。そのため開眼では有意差が見られなかったのではないかと考える。しかし視覚が遮断された閉眼では、両側固定では下肢の依存性が高くなるため立ち直りは変化を認めなかったが、片側固定では下肢だけでなく上肢の影響もあり、さらに片側を固定しているため、その不安定性が立ち直りの応答を低下させたのではないかと考える。
クロステストでは全てに有意差は認められなかった。クロステストは動的なバランスを評価する方法とされている。動的バランスは前後方向においては足関節ストラレジーが、また左右方向においては股関節ストラテジーによって制御されている。すなわち動的バランスは主として下肢の姿勢制御機構によって制御されており、上肢の介入による影響はそれほど認められなかったのではないかと考えられる。
しかし、臨床現場においてはストッキネットデルポー固定した患者の歩容が不安定になる事例はたびたび見られており、今後は上肢を固定した場合、どれほど歩容に影響を与えるかを見ていきたいと考える。