九州理学療法士・作業療法士合同学会誌
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第26回九州理学療法士・作業療法士合同学会誌
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記憶障害を呈した患者への社会適応に向けたアプローチ
チェック表を用いた外泊訓練の成果
*出口 智美篠原 美穂佐藤 浩二辛嶋 美佳平松 義博衛藤 宏
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p. 71

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抄録
【はじめに】
 記憶障害に対するリハビリテーション(以下、リハ)は、機能回復訓練や特定の事象の学習を重ねる適応訓練、環境調整やメモ等の代償の利用が一般的である。しかし記憶障害を有する患者や高次脳機能障害患者は、訓練上の模擬的な環境では病院と自宅の環境の違いが動作や状況判断にどの程度影響するか予測しづらい面がある。また生活のイメージが本人・家族に自覚されにくい場合もある。この為患者によっては、機能回復へこだわり家庭復帰の妨げの一因ともなりやすいと考える。私は記憶障害の訓練に加え、障害を抱えての実生活での適応を見据えたアプローチが重要と考える。今回、外泊時にチェック表を用い生活場面での症状の出現や対応を明確にした関わりを行い、本人や家族の記憶障害に対する意識変化を期待以上に引き出す事ができ早期の自宅退院へ繋がった患者を経験したので報告する。
【症例紹介】
 30歳女性、H15.5.22、脳出血(左片麻痺)を発症し近医入院、H15.7.30リハ目的で当院入院となる。CT上は側脳室壁に沿う出血、右側脳室後角の拡張を認めた。Br.Stageは上肢?、手指?、下肢?。左同名半盲あり。立位や歩行時のふらつき、注意の乏しさあり。HDS-R10点。三宅式記銘力検査は有関係2、1、1無関係1、0、0。手続き記憶は保たれているが、起こった事や知識・将来すべき事をタイミングよく思い出せない展望記憶の障害が主問題であった。BarthelIndex80点。一人暮しだが発症より母が身の周りを世話し、本人・家族共にリハを行えば記憶障害は治るとの強い認識から楽観的で互いに依存し合い過介助であった。
【訓練内容】
 チーム目標が屋内外独歩でのADLや家事獲得である為、OTは立位歩行でのADLや家事の安定と共に記憶の代償獲得により日課の遂行が他者の確認程度となること、家族の理解や協力体制を得ることを目指し訓練を行った。そして動作の中で視覚的手がかりを与えての工程や手順の記銘やメモやパソコン等の代償の活用訓練を並行し行った。訓練頻度は週5回とした。訓練を進める中、セルフケアが可能となり院内生活は適応した。しかし本人・家族の記憶障害への理解が得られず回復へ強い期待を抱き、将来の具体的な生活像が描けなかった。そこで平常の訓練と併せ、入院1ヶ月後より問題点の明確化と家族の意識化を促す目的でチェック表をPTやNrsと作成し毎週具体的な目標を立て外泊訓練を行った。
【チェック表の活用】
 1週目は自宅の場所の認知とADL動作の確認を行ったが問題は見られなかった。2週目は自宅での家事を確認した。物品操作は可能だが工程に声掛けを要すことが明確になった。また徐々に家族が記憶障害が残存することを理解し、院内でも過介助を避け患者の主体性を促すよう関わっていった。3週目は、声掛けを要した工程の記銘を確認した。その結果、工程の記銘と共に時間の観念が問題であることが確認できた。そこで院内では家事の工程を明確かつ簡略化し、代償法の活用に対する指導を強めた。4週目は、時間の観念の元での日課の遂行を確認した。記銘時間が短く簡略化したものは代償法を活用し工程の忘れなく、家事遂行可能であることが明確となった。
【結果】
 4回の外泊訓練を通し、留守番できる程度のADLと家事は可能と判明した。この時点でのHDS-R15点、三宅式記銘力検査は有関係5、6、6無関係1、1、1と若干の向上が図れた。また外泊で予想以上に適応が図れたことで本人・家族は今後リハを自宅で継続し適応を図る方が望ましいと考えが大きく変化した。リハチーム内でも本人家族の考えに対し異論無く目的達成された為、結果として入院から2ヶ月で退院となった。退院指導では、ADLや家事の学習を重ね、手順や時間の観念を確立し生活のスタイルを作ること、屋外生活や復職等新しい動作学習の際は簡略化しヒントを与え行うことを家族に指導し理解を得た。現在退院後7ヶ月となるが自宅生活に適応し通院リハも行えている。
【考察】
 外泊時にチェック表を用い自宅生活を具体的また段階的に確認したことで、実生活の把握と問題点の整理が容易となり、目的動作に対し代償の導入ポイントを絞ることができた。外泊を繰り返す中で家族・本人共が記憶障害を抱えつつ退院後の生活に目を向けることに繋がった。チェック表の導入の考慮点とし、家族の負担感と併せチェック項目の設定やつけ方の指導や促しが重要となる。この為本人・家族とコミュニケーションを密に図ることが大切となる。今回のケースを通し記憶障害に対するリハの方略の1つとし、慣れた生活環境での実践的訓練が効果的であると感じた。今後もこの事例の追跡調査と共に、多くの事例を通して記憶障害の社会適応に向けたアプローチに対する検討を行っていきたい。
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© 2004 九州理学療法士・作業療法士合同学会
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