抄録
【目的】
関節可動域(Range of Motion; ROM)測定は、測定肢位により各軸の設定にずれが生じやすく,さらに疾患がもたらす様々な運動障害により正確な測定をすることが難しい評価の一つである。学生の臨床実習場面などでは,ROM測定を行う際、学生同士で十分に実技練習を実施していても、より敏速かつ正確に測定することが求められる実際の患者では,測定結果が不十分なことが多い。そこで本研究では、学生のより正確なROM測定には, ROMを実測する前に行う予備運動からおおよその関節角度を予測し,負担を掛けるような余分な動きを少なくすることが必要と考え,実測結果とこれら関節角度に対する自己イメージの再現について、呈示された角度に対する学生自身による随意的運動としての再現性と目測によるROM測定により比較し、ROM測定に影響を及ぼすのか検討した。
【方法】
対象は、ROM測定(平成7年改訂日本リハビリテーション医学会および日本整形外科学会による方法)の講義を終了したPT・OT養成専門学校の学生13名(男性9名、女性4名 年齢22.0±0.5歳)。測定部位は、肩・膝関節の屈曲を用い、それぞれ仰臥位・座位・立位にて測定を実施した。手続きとして、まず実験者は口頭にて角度を指示し、自身が閉眼して自動運動を再現したもの(以下、自動運動値)を角度計で測定した。次に、実験者はモデル患者にあらかじめ設定した関節角度を取らせ,目測値と角度計の実測値を測定した。統計処理は、それぞれ提示した関節角度からのずれを角度の差として用い、各関節における自動運動値の差、目測値の差、実測値の差を比較するため二元配置分散分析を行い多重比較検定にはFisher’s PLSDを用いた。また、実測値の差と他の結果との関連についてPearsonの相関分析を行った。
【結果】
自動運動の差は肩関節で15.1±1.8°、膝関節で18.8±2.3°であり、目測の差は肩関節で9.2±1.1°膝関節で17.1±2.1°、実測の差は肩関節で8.8±1.2°膝関節で12.4±2.1°であった。これより肩関節および膝関節における自動運動値と実測値の差の間でそれぞれ有意差を認めた(P=0.008, P=0.007)。さらに,肩関節では自動運動値と目測値の差、膝関節では目測値と実測値の差において有意差を認めた(P=0.01, P=0.05)。また、相関関係については、肩関節、膝関節とも目測値の差と実測値の差の間に正の相関(r=0.47, r=0.61)を認めた。
【考察およびまとめ】
臨床場面においてROM測定は問題点を捉える上で重要な評価の一つである。今回、肩関節と膝関節を測定した結果、自動運動と実測値の差の間に有意差を認め、自動運動の差が大きかった。これは,いわゆるボディーイメージングと視覚的情報では全く異なった感覚入力がなされており、関節角度を身体で表現するという経験が少ない学生にとって、関節角度を随意的な動きとして表現することが困難であると考えられ、身体の動きを視覚的な関節角度として捉えた場合と、視覚的な情報なしに深部感覚のみで関節の動きを捉えた場合とでは角度差が生じる可能性が示唆された。また、関節の目測値の差と実測値の差に相関を認めたことについては、正確な測定には関節運動に対するイメージが向上するような学習内容も取り入れる必要性も示唆された。