抄録
【はじめに】
今回、明らかな麻痺は認めないが、記憶障害、注意障害、全失語により、ADLの全てに全介助を要する重度高次脳機能障害を呈した症例を担当した。食事を中心とした関わりの中で、ADLや認知機能に若干の改善を認めたので考察を加え報告する。
【症例】
80代、女性。病前は夫と二人暮らし。階段から転落し頭部外傷を受傷。頭部CTにて両側頭葉、左頭頂葉、前頭葉、両側ACA(A2)にかけて梗塞を認め、X+49日に当院回復期病棟へ入院となった。介入当初、自発語がなく、無気力・無反応で評価のための認知課題が困難であったため、日常の行動観察を中心に評価を行った。FIMは18点で、寝返りのみ可能であった。
【治療介入】
介入当初は一点を見つめ、食物を全く見ようとしなかった。自発的動作も全く見られず、徒手的なアプローチに対して強い抵抗感があったため、食事動作としては全介助を要した。介入当初より、病棟スタッフや夫と協力し、毎日・毎食時症例に対してハンドリングを繰り返し行った。症例が把持しやすいグリップ付きのスプーンを提供し、すくう動作の開始時には必ず名前を呼ぶなど、症例の反応と動作を引き出すために最も良い方法を検討し、病棟とも関わり方を随時統一した。変化が見られた際は、手を握ったり拍手をしたりして正のフィードバックを与え、情緒的・身体的刺激が加わるように接した。また、症例の潜在的能力をできるだけ引き出すよう、他患と触れあう機会の多いレクリエーションの参加や自宅への外出訓練も取り入れた。
【経過・結果】
X+79日に治療者が症例の手をスプーンの方へ誘導すると、自力でスプーンを把持し、口まで食物を運ぶことが可能となった。X+102日には自発的にスプーンや皿、椀、湯飲みを正確に把持し、8割の自力摂取が可能となった。また、簡単な質問に対し首を縦・横に振るなどの表出が可能となり、意思表示が可能な時には、『トイレ』『ありがとう』『ちょっと』などの言葉が聞かれるようになった。更に、X+120日の外出訓練をきっかけに笑顔が増え、不明瞭ではあるが自分の思いを伝えようと、積極的に文章化した言葉を表出するようになった。FIMは33点へと向上した。
【考察】
今回、食事に焦点を当て関わった結果、覚醒や自発性等の認知機能の向上やADLの改善が得られた。これは、食事での味覚刺激による大脳辺縁系の活性化により、覚醒や自発性の向上が図られ、最終的に食事動作能力の向上につながったのだと考える。一つ一つの成功体験をフィードバックし、症例が情緒的に安定したことに加え、チームでの効果的な食事動作の反復練習を行ったことも今回改善に至った要因ではないかと考える。今後も症例の回復を決して諦めず、チームで根気強く統一した方法で取り組んでいきたい。