抄録
【はじめに】
脳卒中片麻痺の既往があった大腿骨頸部骨折(以下頸部骨折)患者の歩行やADLを調査した報告は多いが、その経過における筋力の変化に関して記載されたものはない。今回、骨折受傷前の膝伸展筋力を測定していた脳卒中片麻痺例を分析し、筋力の値から頸部骨折の治療経過を調査した。
【対象】
平成2年1月から平成21年12月の20年間に頸部骨折術後のリハビリテーション(以下リハビリ)目的で当院入院となったのは167名(全入院総数の2.5%)であり、うち既往症である脳卒中片麻痺も当院で入院リハビリをしていたのは21名(全頸部骨折総数の12.6%)であった。この中で認知症のために訓練に協力が得られなかった、病変が両側大脳半球にあったなどの理由から計7名を除外し、起立訓練を自主的に200回/日以上行えた計14名を対象とした。
【方法】
当院にて脳卒中後のリハビリを行い、その退院時に測定した膝伸展筋力を基準値(100%)とし、頸部骨折術後の当院入院時、退院時の膝伸展筋力とそれぞれ比較した。膝伸展筋力は座位でisoforce GT-300(OG技研)を用いて3回測定し、平均値を算出した。基準値と入院時の筋力差から急性期加療期間における変化を、基準値と退院時の筋力差から頸部骨折が脳卒中片麻痺の身体へ及ぼした変化を推測した(ただし、麻痺側の筋力が0kgであった1肢を除外)。また、歩行状態やBarthel index(以下BI)も調査した。理学療法は起立訓練を中心に行い、免荷指示がある期間は受傷側へ体重をかけずに起立するよう指導した。なお、統計学的解析にはWilcoxon signed-rank testを用い、5%未満を有意とした。
【結果】
脳梗塞6名、脳出血8名、男2名、女12名、平均年齢73.4±8.8歳、脳卒中発症から頸部骨折受傷までは39.7±40.3カ月、麻痺側のBrunnstrom stageは2.9±1.7であり、全例が麻痺側に骨折を受傷していた。術式は大腿骨頭置換術が5名、骨接合術が9名、受傷から手術までは4.4±2.9日、手術から当院入院までは12.8±4.2日であり、他院における頸部骨折の急性期加療期間は17.1±4.8日であった。この期間に非麻痺側は骨折前と比較して69.3±13.5%、麻痺側は24.2±20.2%へ低下したが、その後の75.6±32.8日間の当院入院リハビリにより、非麻痺側は101.1±19.8%、麻痺側は104.7±44.6%まで改善し骨折前の筋力と比べ有意差はなくなった(p>0.05)。骨折前の歩行状態は、屋外自立2名、屋内自立4名、監視5名、介助3名であったが、退院時には屋内自立3名、監視5名、介助6名となり、不変であったのは8名(57.1%)だった。BIは、骨折前の78.2±16.9点から退院時には73.2±17.6点へと悪化した(p=0.047)。
【考察】
脳卒中後に発生した頸部骨折では、平均17日間の急性期加療期間中に非麻痺側で7割、麻痺側で2割5分程度まで筋力は低下したが、少なくとも200回/日の起立訓練を行うと、歩行状態やADLは悪化しても下肢筋力は骨折前の状態にまで回復し得ることが示唆された。筋力以外の要因が身体能力低下に関与している可能性もあり、急性期加療期間を短縮する対策が望まれる。