抄録
【はじめに】
右手に「道具の強迫的使用」(以下強迫使用)を認めた症例を経験した。アプローチとして、振動刺激と物品操作を実施し若干の知見を得たので報告する。
【症例】
症例:73歳、右利き女性。既往歴:特記なし。現病歴:2011年2月8日右下肢脱力あり、X病院入院。3月15日当院入院。神経学的所見:意識清明。ブルンストロームリカバリーステージ上肢・手指V、下肢II。STEF:右82点、左87点。右上肢は多動、把握反射、本態性把握が観察された。画像所見(頭部MRI):左脳梁膝部と帯状回前部、補足運動野に高信号。神経心理学的所見:FAB10/18点。HDS-R28点。SLTA聴理解良好。語想起、短文音読、短文レベル以上の読解で低下。強迫使用:櫛、瓶と栓抜き、ティッシュペーパー、歯磨き動作で認めた。強迫使用は、具体的イメージ、場面設定、パントマイム動作の提示などで容易に出現した。内観は、「動いちゃうね」「邪魔をする」などだった。また、視覚下で把握反射が抑制しやすい、対象を離しやすい、視覚除去場面、振動刺激実施し把握反射減少後も、強迫使用継続した。また動作抑制の際「手がもぞもぞする」と訴えあり。
【アプローチと検査場面での経過】
本邦では現在、強迫使用の系統だったアプローチはみられない。今回、強迫使用、本態性把握に対するアプローチを参考にし、両手の系列動作を意図した物品操作、振動刺激後に物品操作を設定し経過に合わせ変更した。週7日、1日15分、3週間実施し効果判定はビデオ撮影にて行った。
3月29日:右手を机に押しつけるようにし、身体を右回旋させ抑制した。4月5日:抑制可能。しかし、時間経過で右手の多動がみられた。4月12日:強迫使用抑制について本例から「大丈夫」と聞かれたが、「使ってしまう」との発言とともに出現。しかし、以前よりも不快感は認めない。
【考察】
強迫使用について森は、右手に必ず把握反射、本態性把握が伴うとしている。報告されるアプローチを参考に実施したが改善は認めなかった。野間は振動刺激が本態性把握減弱のメカニズムを振動刺激による触覚への感受性低下、補足運動野の賦活、また脊髄レベルでの抑制をあげている。本例で、把握反射は減弱したが、本態性把握・強迫使用は継続した。
本例の特徴は、随意的な目的動作は良好。抑制時知覚を訴える。さまざまな感覚モダリティ-で出現。対象を使いやすい環境に提示することで反応が強化される。意思と関係しないことが挙げられる。
高杉は視覚の提示条件で反応が強化される例を報告し、本例の強迫使用も感覚や運動の問題のみならず、対象の提示条件により知覚惹起や動作の解放がなされていたのではと考えられた。今後対象認知や提示条件などを考慮しアプローチを検討していくことが必要ではないかと考えられた。