抄録
【はじめに】
自己意識(self awareness)とは、意識を3階層に分類したモデルで最も上位層にあたる(苧坂)。「自分がしていることを自分でわかっている状態」で、メタ認知が出来、学習と深く関わる。自己意識の概念を治療に絡める必要性を、症例の言語記述より検討してみたい。
【症例概要】
疾患名:脳梗塞(左角回)、障害名:ウェルニッケ失語。
SLTA重症度:音読・読解が中等度~重度、聴理解・発話・復唱・書字が重度障がい。錯誤、新造語が著明。
現在:スポーツチーム監督業へ復帰。SLTA重症度において聴理解中等度、その他軽度障がいに回復している。
【作業療法支援】
1.意味的治療、2.音韻治療、3.書記治療、4.リハ内容の日記作成、5.家族指導などを行なった。
【作業療法士の関わりの視点】
内面(内部観察)への関わりを重視し、記述を記録した。
【自己意識と関わる言語記述の変容】
~言語について語り始めた時期~
「言葉‥出た‥びっくりして‥はーっと思った。」など。
~言語の課題点に気付いた時期~
「頭の中では正解している‥出る言葉が違う。」など。
~言語に対して希望の言葉が出始めた時期~
「頭の中で、違う事がパッと出てきて、そこが無くなったら良いと思う。」など。
~具体的な問題解決行動を見出した時期~
「長い電話がかかると、お母さん(妻)に代わる。」など。
【言語記述を振り返って】
症例が語った「自己意識」は、それ自体が内言語による言語ワーキングメモリ(以下、WM)であり、言語を用いた高次WMによる自己意識、自己制御となる。その、主な中枢は前頭連合野や言語野となるため、「自己意識」を語ること自体が、言語野の再組織化を促す活動となる。
症例の言語記述と照合してみたい。初期は、「語り始め」で、「現在の自分の状態を省察し始め」の時期であった。「課題に気づいた時期」や「希望の言葉の時期」は、「問題の表象」や「目的志向的情報の表出」の時期であった。そして「問題解決行動を語る」時期となり、「判断・推論・意思決定」のWMモデルの中央実行系の働きの表出であったと推論しても過分ではないだろう。症例の記述は言語機能を自己意識の過程に沿った語りであったと考える。
【結語】
「音韻ループが言語の習得や獲得の心的機構であり、その習得は自己意識機能の効率的達成と深く関わる」とされている。症例のように、自己意識を語ることが言語機能の改善を導いたとするならば、自己意識と言語機能の相互関係を意識し、失語症患者に向き合うことが、回復を導くキーワードでないかと考えられる。