抄録
【はじめに】
当院回復期リハビリテーション(以下リハ)において、脳梗塞発症後ADLに多介助を要す症例を担当した。今回、本症例の最も介助量の多い排泄動作に着目し、主に協調運動や動的バランスの向上を目的としたリハを提供した。これにより、若干の効果が得られた為、知見を交え報告する。
【症例紹介】
70歳代男性。診断は脳梗塞で既往に陳旧性脳梗塞・糖尿病・アルコール性精神病がある。Br.stage(右/左)は上肢4/6、手指4/6、下肢5/6。表在・深部感覚ともに中等度鈍麻。Berg Balance Scale(以下BBS)33点。失語あり、理解は日常の簡単な単語レベルのみ可能で、表出困難。ADLでは注意や運動企画の障害を認める。
【経過】
PT開始時、歩行・立位など姿勢保持に必要な筋力の低下と、重心移動に際したバランス反応が低下し、運動企画の問題から動作の非流暢さを認めた。これが、排泄時の方向転換や着座・起立動作、またドアの開閉において右側方や後方へふらつく要因となっていた。症例は、使い慣れた一部の単語しか理解できず、表出が困難な為、比較的理解しやすいプログラムを取り入れた。下肢の随意運動や中枢部の安定に必要な筋力強化と重心移動時の動的バランスの強化を重点的に実施した。結果、立位や歩行と方向転換におけるバランス能力が向上(BBS23点から33点)し、ふらつきも減少した。トイレ動作は全介助から見守りレベルにて可能となった。
【考察】
バランス反応の向上は、キャッチボール等立位で上肢操作を行う事で、安定した姿勢保持のもと体幹より遠位での操作に必要な動的バランスを促せた為と考える。また、感覚鈍麻による運動感覚のフィードバックが伝わりにくい状態の中で、両足底から度重ねて均等な荷重を促し、バランスを保つ事で四肢と体幹の協調的な筋活動が促せたと考える。ADL場面においても麻痺側への荷重場面が増え、各動作時の安定した姿勢変換が見られた。自転車エルゴメーターでは、麻痺側下肢の随意性を引き出すのと併せ、抗重力筋群の強化や体幹の安定した状況で下肢を使う練習を反復することで、一側の後方重心となりやすかった立位・歩行姿勢の改善に至り、遊脚側の膝から足部にかけての動きが向上したと考える。これら全般の改善が排泄動作に直接結びつき、方向転換や着座の際の転倒リスクを軽減し、下衣の着脱の介助量軽減に繋がったと言える。リハ全体を通じ、本人の理解が得易い動作の反復やデモンストレーションしたことで、理解の低下が見られる症例へ有効であったと考える。
【終わりに】
今回、ADLにおいて排泄動作時のバランス能力に焦点化してリハを提供し、問題点は残るが一定の改善が図れた。ただし、院内での見守りの中での排泄動作であって、退院後の自立に向けた取り組みを今後の課題としたい。