抄録
【緒言】
高齢社会に伴い,看護・介護業務における腰痛が問題となっており,介護者の80%以上が腰痛を経験しているといわれている.移乗介助に関する研究では介助用具や,介助動作が腰部負荷に与える影響を検討した報告が多くみられるが,被介助者の機能障害と移乗介助の関連性については報告が少ない.本研究では股関節屈曲制限や脳血管障害による伸展共同運動パターンの影響で体幹の前方移動が困難な症例に対する立ち上がり介助において,介助者の手の位置が介助者の腰部負担に与える影響を検討した.
【対象】
対象は本研究に関する説明を行い,同意が得られた腰痛の既往のない16名の若年健常男性とした.対象者15名(平均身長173.0±5.2cm,平均体重65.0±6.3kg,平均年齢23±2歳)を介助者とし,1名を被介助者(身長180cm,体重74kg,年齢23歳)とした.なお本研究は鹿児島大学医学部倫理委員会の承認を得たものである(承認番号第140号).
【方法】
測定には赤外線カメラ7台で構成される三次元動作解析装置と床反力計3枚を用い,立ち上がり介助の際の腰部・股関節・膝関節モーメントの最大値を算出した.装具にて被介助者の両股関節の屈曲を制限した(90°,60°).介助方法は介助者の手の位置が両上肢とも骨盤帯を把持する介助,左上肢で骨盤帯を把持し,右上肢で被介助者の肩甲帯を支持する介助の2条件とした.計測中は被介助者の下肢荷重率を介助者に視覚的にフィードバックし,被介助者の体重の30%を介助するように指示した.統計学的分析は介助方法と制限角度を2要因として反復測定の二元配置分散分析を行い,介助者への負荷を比較した.有意水準は5%とした.
【結果】
腰部後屈・回旋・側屈モーメント,股関節伸展モーメントにおいて右上肢で被介助者の肩甲帯を支持した介助の方が,両上肢で骨盤帯を把持した介助より有意に低い値を示した.また腰部側屈,股関節伸展モーメントでは被介助者の股関節の屈曲制限の増大に伴い有意に高い値を示した.
腰部モーメントが最大値を示した際の,被介護者の荷重率の比較では手の位置により有意な差を認め,右上肢で肩甲帯を支持した介助で有意に高い値を示した.
【考察・結論】
股関節屈曲制限や脳血管障害による伸展共同運動パターンの出現する症例では体幹の前方移動が困難となる.右上肢で肩甲帯を支持した介助では,体幹の前方移動を促しやすく,被介助者の重心との距離が小さくなるために,腰部負荷が減少したと考える.
また,被介助者の股関節屈曲制限が60°の場合は被介助者の骨盤が後傾した状態であるため,重心を十分に支持基底面内に移動することができず,被介助者の重心との距離が大きくなるために腰部負荷が高値を示したと考える.今回の結果では介助方法により介助率に差が認められ,今後さらに検討が必要と考える.