【背景】
当院は、大腸肛門の専門病院として、大腸癌、特に下部直腸癌に対する肛門機能温存術が積極的に行われている。術後は、残存骨盤底筋群に対してバイオフィードバック療法(BF)を行い、通常術後3~6か月で一時的人工肛門を閉鎖する。今回、便を貯留させる耐容量の増大を目的として、新たに取り組み始めたバルーン留置訓練を実施した症例を以下に報告する。
【症例紹介】
H21年9月に直腸癌(Rb)StageIの診断でParital ISR(D3廓清、根治度A、AN3:右骨盤神経温存、J-pouch)、covering ileostomyを造設された症例A氏(60歳代女性)、人工肛門造設時のWexnerスコア2であり、術後6か月のDefecographyでは、肛門収縮時でも造影剤が漏れており、残存肛門機能の検査結果も併せて人工肛門閉鎖後の便失禁の可能性が高いことが懸念され、主治医より直腸肛門機能訓練を依頼された。
【治療経過】
術後1か月目からBFを開始した。術後6か月で安静臥位では残存括約筋の収縮は可能となっていたが、静止圧24.5cmH2O、随意圧72.1cmH2Oと肛門括約筋機能低下、耐容量40ml、体幹筋群との協調的な括約筋の収縮が困難であったため、バルーン留置訓練を開始した。
治療内容は、1)安静臥位でバルーンを挿入した状態での肛門括約筋収縮弛緩の学習、2)抵抗を加えて筋力強化、3)片脚拳上など腹圧上昇課題を与えて持続収縮力の強化、4)抗重力活動での持続力強化の順に進めた。4)では無意識のうちにバルーンが排出されていたが、訓練開始2か月後には、バルーンが自然排出することなく動作時も保持可能となった。静止圧44.9cmH2O、随意圧109.5cmH2Oと内圧上昇し、Defecographyでは収縮時の漏れが減少していた。その後2か月程度訓練を継続し、耐容量は85mlまで上昇。安静時の漏れも改善されてストーマ閉鎖となった。訓練時の空気の量は、最少感覚閾値の20mlから開始し40mlで行った。ストーマ閉鎖後は、本人も驚くほど排便コントロールされており、便失禁を気にせずに旅行にも行け、仕事にも復帰された。
【考察】
直腸癌術後の排泄機能訓練は確立されておらず、当院でも筋電図を用いたBFのみを行っていた。今までの人工肛門閉鎖症例の排便状況からは、「便意があったらトイレまで我慢できない。」などの訴えが多く、検査結果からは、静止圧の低下とともに耐容量も低値であったため、バルーンを留置しての運動療法を取り入れた。筋の収縮のみの静的訓練から歩行などの動的な訓練を行ったことで、残存括約筋と体幹筋群の協調的な収縮方法を学習でき、トイレまで我慢できる能力を獲得したことが術後の排便障害を軽減させた要因であると考えられる。