抄録
【はじめに】
今回,右人工膝関節全置換術(以下,TKA)後,短期間で左TKA施行となった症例を担当した.術前歩行にて,右荷重応答期から立脚中期にかけては骨盤動作戦略が行えているのに対し,左荷重応答期から立脚中期にかけては頭部・上肢・体幹の動作を用いた戦略(以下,HAT:Head,Arm,Trunk)と下腿傾斜を利用した戦略を行っていた.術後において,既往歴である腰椎固定術を考慮し,体幹‐骨盤帯‐股関節に対してアプローチを行った結果,動作戦略に改善がみられたため以下に報告する.
【症例紹介】
80歳代女性,診断名は左変形性膝関節症(Kellgren-Lawrence分類gradeIV,FTA185°).現病歴は両膝OAあり右TKA後,歩行時の左膝痛増悪した為,2011年3月左TKA施行.既往歴は1988年腰椎辷り症固定術,2010年10月右TKA施行.
【術前評価】
疼痛は荷重時に左膝関節内側にVisual Analog Scaleで50mm.ROM(右/左)は,膝関節屈曲125°/135°,伸展-10°/-5°,股関節伸展5°/0°.MMTは,膝関節屈曲4,伸展4,股関節伸展3,外転3,内転3であり左右差なし.歩行は左立脚期において,左股関節内転による骨盤左側方移動が低下し,体幹‐骨盤帯を一塊にしたまま左傾斜させ,左股関節外転・外旋,下腿外旋・外側傾斜での荷重対応を行っていた.
【術後理学療法アプローチ】
1膝関節機能再構築練習,2股関節機能改善練習,3体幹‐骨盤機能改善練習,4立脚期の重心移動再学習
【最終評価】(術後4週)
荷重時痛は消失.ROM(右/左)は,膝関節屈曲125°/130°,伸展-5°/0°,股関節伸展10°/10°.MMTは,股関節外転4,内転4と左右ともに改善あり.歩行は,体幹‐骨盤帯‐股関節機能改善から上半身重心正中化・骨盤水平保持の獲得により,荷重応答期に骨盤動作戦略が出現した.
【考察】
本症例は下位腰椎の固定術の影響により腰椎の分節的な運動が制限されることで安定性が低下し,体幹‐骨盤帯の正中位保持が動作戦略の中で困難であると推察した.その為,術前歩行時のHAT動作戦略による重心移動が術後歩行においても残存していた.理学療法では,歩行時の荷重応答期から立脚中期を想定し,動的場面での体幹の安定化・股関節内外転の筋機能改善に着目し展開した.その結果,体幹を安定させ重力に対して筋活動を発揮して行う骨盤動作戦略が可能となり,歩容改善に至ったと推察した.TKA術後のアプローチは,膝関節機能の再構築に加え,体幹‐骨盤帯‐股関節の連携した運動を引き出し,新たな下肢アライメントに適した動作戦略を再学習させる必要がある.これは,歩容改善だけでなく,腰椎固定部・人工関節への持続的なストレスによる,インストルメントやインプラントの耐久性低下や破綻を考慮した治療にも繋がると考える.