蝶と蛾
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日本産Adela属(鱗翅目,ヒゲナガガ科)の分類学的再検討
広渡 俊哉
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1997 年 48 巻 4 号 p. 271-290

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抄録

これまで,Adela属の種として日本からミドリヒゲナガA.reaumurella(Linnaeus)とケブカヒゲナガの2種のみが知られていた.今回,日本産Adela属の分類学的再検討を行った結果,A.nobilis Christophとされていたケブカヒゲナガは,独立種であることが明らかになり,A.praepilosa sp.nov.として記載した.さらに,2新種A.luteocilis sp.nov.(アトキケブカヒゲナガ:新称),A.luminaris sp.nov.(ムモンケブカヒゲナガ:新称)を見いだし,計4種が日本に分布することがわかった.なお,A.nobilis Christoph,1882は,基産地であるウラジオストク周辺のロシア沿海州などに分布し,おそらく日本には分布しない.Adela属は,♂の触角第8-9鞭節に特異な突起(hook-peg)を持つことによって特徴づけられる.日本産Adela属は,ミドリヒゲナガとそれ以外の3種にグルーピングできる.ミドリヒゲナガでは,transtilla側背面の突起がヘラ状で,ケブカヒゲナガを含む他の3種では,刺状.また,ケブカヒゲナガを含む3種では雌交尾器のvestibulumに顕著な板状の骨片(vestibular lamella)が存在するが,ミドリヒゲナガではこれを欠く.日本産の種はいずれも平地では4月下旬-5月上旬,山地などでは5月-6月に見られる.成虫はカエデ類の花などに集まる.Adela属では,♀に比べて♂の触角が長く複眼が大きいという性差が見られる,今回扱った種では,♂の複眼の大きさや触角の長さに種間差が認められた.複眼の大きさ,触角の長さは,それぞれhd/md(複眼の水平直径/複眼間の最短距離),al/fl(触角長/前翅長)で表した.Nielsen(1980)は,Adela属とNemophora属の種で,♂の複眼が大きいものはスウォーム(群飛)するものが多いとしている.実際,ケブカヒゲナガ.A.praepilosa sp.nov.の♂の複眼は大きく,スウォームすることが知られている.一方,アトキケブカヒゲナガA.luteocilis sp.nov.とムモンケブカヒゲナガA.luminaris sp.nov.では,♂の複眼は小さく,触角が長いが,これらの種がスウォームするかどうかは観察されていない.日本産のAdela属とNemophora属でスウォームしないとされているのは,現在のところクロハネシロヒゲナガNemophora albiantennella Issiki 1種のみである(Hirowatari&Yamanaka,1996).クロハネシロヒゲナガでは♂の触角が長く(al/fl:3.36±0.02),複眼の大きさに性差は認められない(hd/md:♂0.44±0.03,♀0.42±0.2).ヒゲナガガ科では,他個体の認識はすべて視覚によってなされていると考えられている.しかし,複眼が小さく,スウォームしないクロハネシロヒゲナガの♂は,単独で飛翔して♀を探索するが,この時視覚以外の感覚(嗅覚など)を用いていることも充分考えられる.今回,雄交尾器,特にvalva形態から,複眼が小さく触角の長いムモンケブカヒゲナガと,複眼が大きく触角の短いケブカヒゲナガがもっとも近縁であると推定された.従って,♂の複眼の大きさや触角の長さは,各種でおそらく配偶行動と密接に関係しながら独立に進化したと考えられる.さらに,これらの種では複眼が大きいと触角が短く,複眼が小さいと触角が長かった.ただし,ムモンケブカヒゲナガとアトキケブカヒガナガでは,複眼が小さいといっても♀よりは相対的に大きく,視覚で他個体を認識している可能性が高いが,その際,長い触角で嗅覚等,視覚以外の感覚を相補的に用いているのかもしれない.ヒゲナガガ科の配偶行動とそれに関わる形態の進化については,さらに多くの種で詳しく調べる必要がある.以下に日本産各種の形態的特徴と分布などを示す.A.reaumurella(Linnaeus,1758)ミドリヒゲナガ分布:北海道,本州,九州;ヨーロッパ.前後翅とも一様に暗緑色の金属光沢を有しており,日本では他種と混同されることはない.雄交尾器のtegumen後端の形態がヨーロッパ産のものに比べて異なっており(森内,1982),♂の複眼の大きさもヨーロッパ産のものよりやや小さいと思われるが,複眼の大きさは地理的変異があるという報告例もあるので(Kozlov&Robinson,1996),ここでは従来の扱いのままで保留した.A.luteocilis sp.nov.(新種)アトキケブカヒゲナガ(新称)分布:本州(長野県,岐阜県,滋賀県,和歌山県,奈良県[伯母子岳,大台ヶ原]).♂の複眼は小さく(hd/md:0.86±0.03),触角は長い(al/fl:3.33±0.14).♂の頭頂毛,触角間毛は黄色.♀の触角の基部約3分の1が黒色鱗で覆われる.雌雄とも後翅の中室端から前縁部にかけて淡色の斑紋がある.後翅の縁毛が黄色であることで,他種と区別できる.A.luminaris sp.nov.(新種)ムモンケブカヒゲナガ(新称)分布:本州(大山),九州(福岡県[英彦山,犬鳴山]).♂の複眼は小さく(hd/md:0.83±0.05),触角は長い(al/fl:3.63±0.21).♂の頭頂毛,触角間毛は黄色.♀の触角の基半部が黒色鱗で覆われる.雌雄ともに,後翅の中室端から前縁部にかけて淡色のパッチがなく,一様に茶褐色-黒紫色であることで,他種と区別できる.A.praepilosa sp.nov.(新種)ケブカヒゲナガ分布:本州,四国,九州.これまで,A.nobilisと混同されてきた.♂の下唇鬚は密に長毛で覆われる.♂の頭頂毛,触角間毛は黒色.♂の複眼は大きく(hd/md:1.87±0.17),触角は比較的短い(al/fl:2.27±0.16).♀の触角の基半部が黒色鱗で覆われる.雌雄とも後翅の中室端から前縁部にかけて淡色の斑紋がある.後翅の縁毛は茶褐色.雄交尾器,特にvalvaの形状から,ムモンケブカヒゲナガに近縁であると思われる.これまで混同されていたA.nobilisとは,valvaの形状の違いで区別できる.♂成虫はカエデ,コバノミツバツツジ,ユキヤナギの花の上でスウォームする.

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© 1997 日本鱗翅学会
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