蝶と蛾
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クロツバメシジミ幼虫の好蟻性器官とアリとの関連性(シジミチョウ科:ヒメシジミ族)
Ekgachai JERATTHITIKULNaratip CHANTARASAWAT矢後 勝也疋田 努
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2013 年 64 巻 4 号 p. 132-139

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抄録

シジミチョウ科の幼虫は,アリと単なる共存から片利共生,相利共生,また共生の中でも特定のアリとしか結び付かない絶対的共生から多くの種のアリと関係する任意的共生,さらには寄生(アリ幼虫の捕食)に至るまでの広範な関係を持つことが知られる.一部ではアリと共生する半翅目を捕食したり,その分泌物を食して成育するものもいる.これらのアリに襲われずに共生等の関係を続けられる性質は好蟻性(myrmecophily)と呼ばれる.そしてアリとの相互関係を維持できる基盤には,アリの制御を可能とする化学的,音響的あるいは視覚的信号をつかさどる好蟻性器官(myrmecophilous ograns)の存在が重要となる.シジミチョウ科ヒメシジミ族に属するクロツバメシジミは,国内では東北地方を除く本州から四国,九州にかけて局地的に分布するシジミチョウ科の一種である.本種の幼虫もアリとの関連性がすでに知られているが,その好蟻性や好蟻性器官に関する詳しい情報はこれまであまり知られていない.2009年から2011年にかけて,筆者らは九州地方の9カ所において本種の調査を行い,幼生期を含む本種を観察,採集した他,幼虫の好蟻性や随伴するアリ類などに関するいくつかの知見も得た.採集した幼虫の体表に見られる好蟻性器官に関してSEMを用いて調べたところ,一般的な共生関係が知られるシジミチョウ科幼虫が持つ基本的な3つの好蟻性器官,すなわち蜜腺(DNO=dorsal nectary organ),伸縮突起(TOs=tentacle organs),PCOs(Pore cupola organs)が認められた.蜜腺は腹部第7節の背中域に見られる横長に開口した大きな器官で,ここからアリが好むアミノ酸や糖類を含む分泌物を多量に放出することが知られる.伸縮突起は腹部第8節の背側域に備える一対の伸縮可能な筒状器官で,本種では先端部周辺に20前後の羽毛状の突起を備えていた.この器官からアリの行動を制御する揮発性物質が放出されるとも言われるが,単に物理的(あるいは視覚的)に刺激をアリに与える器官かもしれず,詳しい機能は不明である.PCOsはドーム形または多少凹んだレンズ状の上部を備えた円柱形の微小器官で,体表全体に散在するが,特に本種では蜜腺と気門の周囲に多く見られた.本種のPCOsは側面上部に4〜8つの三角状の短い突起を有し,特にこの形状はツバメシジミ類の近縁種Cupido minimusと酷似し(Baylis and Kitching,1988),その類縁性がうかがえる.この器官の表面からアリの体表物質に類似した組成の炭化水素やアミノ酸などが検出されるために分泌器官の一つとされる.その他の好蟻性器官として樹状突起(dendritic setae)が認められた.樹状突起はDNOの周辺や気門の周囲,前胸背楯板上などによく生じるが,本種ではDNOの両側の周囲のみに限られていた.DNOやTOsを持たない好蟻性の種の体表上にも散見されることや,物理的な刺激に対する受容器として機能することなどから,アリを感知する重要な感覚毛とされる.好蟻性器官以外の注目すべき構造として,体表全体に散在する剌毛が通常の針状の他にやや扁平なしゃもじ状となるものも少なからず見られた.この形状は好蟻性との関連性によるものと考えられる.また,ソケットの多くは星形をしていたが,これはヒメシジミ族に広く見られる形状である.さらに今回の調査では,幼虫に随伴するアリとしてルリアリ,ヒゲナガケアリ,ハダカアリ,ツヤシリアゲアリ,ミナミオオズアリ,オオシワアリ,トビイロシワアリの7種を記録した.このうちトビイロシワアリを除く6種は,本種の共生アリとして初記録の可能性がある.このように複数種のアリ類との関連が確認された結果から,おそらくクロツバメシジミの好蟻性"任意的共生関係"と考えられるが,今後は九州以外の本州から四国にかけての他地域での好蟻性や共生アリなどの調査も必要であろう.

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© 2013 日本鱗翅学会
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