マーケティングジャーナル
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特集論文 / 招待査読論文
リード・ユーザーとメーカーによる共創型製品開発
― フィギュアスケーターによるフィギュアスケーターのための製品イノベーション ―
水野 学小塚 崇彦
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2019 年 39 巻 2 号 p. 6-21

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Abstract

本稿の目的は,リード・ユーザーとメーカーの共創型製品開発について議論することである。ユーザーイノベーション理論の実務分野への応用は近年,ユーザー・コミュニティを活用した方法の研究が活発になっている一方,かつて主流であったリード・ユーザー法に関する研究はあまり進展が見られない。しかし高い革新性を持つ製品開発において,リード・ユーザー法はコミュニティ活用型よりも有効に機能する可能性がある。そこで本論文では,フィギュアスケートのトップクラスの選手による用具開発の事例を,リード・ユーザー論および情報の粘着性概念を手がかりに解釈することで,リード・ユーザーとメーカーによる共創型製品開発の意義と課題について明らかにする。

Translated Abstract

In this paper, we discuss co-innovation between Lead Users and Producers. To practically apply the user innovation theory to product development, two methods have been used: the lead user method and user-community based theory. Recently, community-based methods have become main stream in this field of research. On the other hand, the lead user method has been less noticed. In this paper, we show the significance and problems of the co-innovation between lead users and producers through interpreting a case of the development process of an innovative skating blade by a top figure skater from the two perspectives: lead user theory and the sticky information hypothesis.

I. はじめに

本稿の目的は,リード・ユーザーとメーカーの共創型製品開発について議論することである。かつてイノベーションや製品開発に関する学問領域では,メーカーがイノベーターであるという考え方が前提とされてきた(e.g. Arrow, 1962; Clark & Fujimoto, 1991; Tushman & Anderson, 1986)。しかし近年,製品の使い手であるユーザーもまたイノベーションの担い手となり得ることが,多くの研究によって明らかにされてきた。

ユーザーイノベーションと呼ばれるこれら一連の研究は,この30年間で大きく発展を遂げた。対象は製品開発にとどまらず,サービスや組織の問題にも広がり,またオープンイノベーションやシェアリング・エコノミーなど近接する研究領域との学際的な取り組みも進んでいる。同時に,ユーザーイノベーション理論の実務分野への応用に関する議論も活発に行われてきた。これまでの研究では,リード・ユーザーを活用した方法(von Hippel, Thomke, & Sonnack, 1999)と,ユーザー・コミュニティを活用した方法(e.g. Nishikawa, Schreier, & Ogawa, 2013)の2つが提唱されてきたが近年の研究動向をみると,リード・ユーザー法に関する研究がほとんど進んでいないのに対し,ユーザー・コミュニティによるイノベーション研究は,クラウドソーシンや共創型製品開発,クラウドファンディングなど理論と事例両面で活発な研究蓄積がおこなわれている。無印良品(Nishikawa & Honjo, 2011; Ogawa & Nishikawa, 2006),レゴ(Hienerth, Lettl, & Keinz, 2013)などはその代表的な事例である。

しかし,ユーザー・コミュニティの研究をみてみると,これまでユーザーイノベーション研究で明らかにしてきた重要な知見や仮説とはやや方向性が異なる部分も見受けられる。例えばユーザーの特徴である。本来ユーザーイノベーションとは,ある製品の使い手が,ニーズの発見と同時にその問題解決にも重要な役割を果たしている革新活動のことを指している。ところが近年のユーザー・コミュニティ研究では,コミュニティへの参加時点においてイノベーターである必要はない。たんなるニーズやアイディアの提供者,または他人のアイディアの評価者でもコミュニティのメンバーとなっている。その結果,提供されるアイディアが,当初のユーザーイノベーション研究が想定してきた,ユーザーの特殊な経験を源泉とするものではなく,通常の製品開発活動に見られるアイディア創造と大差ないものも少なくない。後に議論するように,もちろんこれらの研究成果には高い価値があるが,一方でユーザーイノベーションと伝統的な製品開発の違いをわかりにくくしている点も否定できない。同時に,現在は研究が停滞しているリード・ユーザー法についても,高い革新性を持った製品の開発という点では,ユーザー・コミュニティ活用型よりも有効性を発揮できる可能性を持つ。そこで本論文では,ユーザーイノベーション研究の原点である「リード・ユーザー」と「情報の粘着性」という2つの重要な概念の再検討から,リード・ユーザーとメーカーの共創型製品開発の意義と問題点について議論する。

以下ではまず,ユーザーイノベーション研究の発展過程のレビューを通じて,リード・ユーザーとメーカーの共創型イノベーションの必要性を確認する。そしてその問題を検討するために,フィギュアスケート五輪代表とメーカーの共創型製品開発の事例分析を行い,そこから得られた事実を再度理論的に検討する。

II. 先行研究レビュー

リード・ユーザーとメーカーとの共創型製品開発(以下,LU-M共創型製品開発)を議論することの意義を明確にするために,最初にユーザーイノベーション研究の進展過程を簡単に振り返っておきたい。初期のユーザーイノベーション研究は,①現象の発見,②動機,③リード・ユーザー論という3つの課題が議論されてきた。

1. イノベーションの主体

ユーザーイノベーション研究のはじまりは,その現象の発見である。これまでメーカーのみがイノベーションの担い手であると信じられていたイノベーション研究において,von Hippel(1976)は科学機器のイノベーションを対象として,ユーザーが支配的なイノベーションの担い手であることを示した。この研究を鏑矢として,まず産業財分野においてユーザーイノベーションの存在がつぎつぎに指摘されてきた(e.g. Shaw, 1986; von Hippel, 1977)。次いでスポーツやアウトドア製品を中心とした消費財分野でも,ユーザーがイノベーションの担い手となっていることも明らかにされてきた(e.g. Franke & Shah, 2003; Lüthje, Herstatt, & von Hippel, 2002)。

2. ユーザーイノベーションの動機研究

(1) 期待利益仮説

このようにユーザーがイノベーション活動に関与しているという現象が,決して特別なものではなく,幅広い産業や製品分野に広がっていることが明らかになると,つぎにユーザーがイノベーションに取り組む動機に研究関心が向けられた。本来は製品の使い手に過ぎないユーザーが,わざわざイノベーションをおこなう理由である。この問題に対し,まず提示されたのは「期待利益」仮説である(von Hippel, 1988)。期待利益とは,あるイノベーションを実現した際にイノベーターが得られる経済的なインセンティブのことで,ユーザーイノベーションに限らず,イノベーションの分布を説明する重要な動機とされてきた1)von Hippel(1988)は,この期待利益がメーカーよりもユーザーの方が大きい場合,ユーザーがイノベーションに取り組む動機になると考えた。例えばユーザーイノベーション研究ではペイシェント・イノベーションという領域が存在するが,そこでは難病や重篤なハンディキャップを持った患者が,メーカーよりも先にイノベーションをおこなう事例が多く報告されている(e.g. Oliveira, Zejnilovic, Canhão, & von Hippel, 2015)。患者数が少ない病気に向けた製品開発は,メーカーにとって経済的インセンティブに乏しいが,患者にとってみれば自分自身の生命や生活に関わる重要事項であるため,ユーザーによるイノベーションが起きやすいと言われている。この期待利益仮説については,いくつかの研究によって実証もされてきた(Shaw, 1986; von Hippel, 1986)。

(2) 情報の粘着性仮説

ところがこの期待利益仮説は,ユーザーイノベーションの動機を説明するために十分とは言えない。例えば大学や公的研究機関のように,はじめから利益を期待していない組織におけるイノベーションはこの仮説では説明できない(Takahashi, 2000)。またユーザーとメーカー,複数ユーザー間において,期待利益を同一基準で評価することは現実的に難しいという問題も指摘された(Ogawa, 2000; von Hippel, 1988)。

そこで,つぎに生まれたのが「情報の粘着性」仮説である(von Hippel, 1994)。情報の粘着性とは,あるプレーヤーが持っている情報を別のプレーヤーに移転させる際に生じるコストの大きさである。このコストが大きければ粘着性が高く,逆にこのコストが低ければ粘着性は低いとされる。ユーザーの持つニーズや問題解決に関する情報の粘着性が高い場合,ユーザー自身がイノベーションに取り組む誘因が大きくなる。例えば流通企業が日常業務の効率を高めるために必要となる機器に関するニーズは,一度も小売店の店頭に立ったことのないメーカーの担当者には理解しづらいものである。そのため自分たちのニーズに完全に適合した機器を手に入れたい場合,ユーザーである小売企業はメーカーに代わって自分自身で製品イノベーションに取り組まざるを得ないことになる(e.g. Mizuno, 2005; Ogawa, 2000)。この動機はユーザーイノベーションにおける独特の知見であると言えよう2)

3. リード・ユーザー論

ユーザーがイノベーションに取り組む動機に関する研究と並行して,ユーザーイノベーションに取り組むユーザーの条件の研究も進められた。どのようなユーザーがイノベーションに組むのか,その特徴を明らかにする研究である。この課題に対し「リード・ユーザー」という概念が提唱された。von Hippel(1988)によれば,イノベーションに取り組むユーザーは次の2つの特徴を持っているという。1つめは重要な市場動向の先端に位置し,他のユーザーがいずれ経験するであろう問題にいち早く直面していること,そしてもう1つはその問題を解決することによって比較的高い効用を得ることができる,すなわち先ほど触れた期待利益が大きいということである。例えば毎日のように高いレベルでプレーをしているメジャーリーガーは,野球用具に関する問題に早く気づく可能性が高い。さらにその問題を解決することで,よい成績を残したり,高い年俸や名声を獲得したりすることが期待できる。そのためこのような特徴をもったユーザーは,自分自身でイノベーションに取り組むことになるかもしれないという論理である。

ユーザーイノベーションに取り組みやすいユーザーの特徴がわかれば,つぎにそれをメーカーの製品活動に応用することができないかと考えるのは当然である。そこで登場したのが,リード・ユーザー理論を応用した「リード・ユーザー法」である。先に述べたようにリード・ユーザーは,先進性の高いニーズを保有すると同時に,その解決策まで獲得している可能性がある。そこでメーカーがこのリード・ユーザーを発見し,その解決策を学ぶことで革新的な製品開発を実現させようとするのがリード・ユーザー法である。この方法をもっとも組織的に実践した企業として知られているのが,米国3M社である。同社はこの手法により,既存の手法より高い新奇性や商業的成功をおさめる製品を開発したことが報告されている(Lilien, Morrison, Searls, Sonnack, & von Hippel, 2002; von Hippel et al., 1999)。このリード・ユーザー法は他の企業や製品でも導入され,一定の成果を上げたといわれている(Herstatt & von Hippel, 1992; Olson & Bakke, 2001; Urban & von Hippel, 1988)。

4. コミュニティとユーザー参加型製品開発

リード・ユーザー法の誕生により,ユーザーイノベーションとメーカーの製品開発活動の連動が可能となってきたが,そこには大きな問題が1つ存在した。それはリード・ユーザーを発見することの難しさである。製品分野により違いはあるものの,リード・ユーザーは全体の数パーセントほどしか存在しないと言われている(e.g. Lüthje, Herstatt, & von Hippel, 2005; Ogawa & Pongtanalert, 2011)。もし発見できたとしても,あるイノベーションを起こしたからと言って,それが継続的におこなわれたり,異分野でのイノベーションにつながったりするわけではない(Ogawa, 2013)。つまりユーザーイノベーターを個人という点でとらえた従来のリード・ユーザー法は,あまり効率的ではないことが明らかになったのである。

その問題に対処するために,紹介ネットワークを用いたピラミッティングという手法も開発・導入され,さらにはその有効性も検証されてきた(von Hippel, 2005; von Hippel et al., 1999)。しかしそれはあくまでもスクリーニングと呼ばれる全数調査法との比較であり,リード・ユーザー発見にかかるコストの問題は依然として残されていた。

そこでユーザー・コミュニティという概念が登場する。ユーザー個人を点ではなく,コミュニティという面でとらえることでユーザーイノベーションを特定したり,活用したりしやすくしようと考えたのである。

ちょうどそのころ,別の研究分野でも類似の考え方が広がりはじめていた。例えば経営学やサービス・マーケティングにおける価値共創というコンセプトである。例えばPrahalad and Ramaswamy(2004)は,企業は従来のような顧客の声を聞いて価値を創造するのではなく,「企業と消費者が様々な接点で共創する体験」から価値を生み出さなくてはならないという「co-creation」概念を提唱した。またVargo and Lusch(2004)はサービスドミナントロジックに関する議論の中で,同じく価値を生み出すのは企業と顧客が「様々な顧客接点や相互作用を通じて,双方向的な形で価値を共創する」ことの必要性を主張した。またGrönroos(2007)も顧客と企業をそれぞれ価値創造者,価値促進者とわけてとらえ,両者の直接的な相互作用関係の重要性を主張した。

さらに集合知に対する関心も,コミュニティを通じた問題解決に影響を与えた。多様な意見や知識を集め分析することで,より高度な知性を生み出すという考え方は,ユーザーをコミュニティとして組織化し問題を解決しようとするクラウドソーシングなどの理論的な裏付けとなっていた(e.g. Page, 2008; Sawyer, 2007)。このように企業と消費者が相互作用を通じて新しい価値を作っていくということの重要性と有効性は,広く社会で普及するようになった。

加えて,玩具メーカーのレゴ(Antorini, Muniz, & Askildsen, 2012)や生活雑貨ブランドの無印良品(Nishikawa et al., 2013; Ogawa & Nishikawa, 2006)といった,ユーザー・コミュニティを用いた製品開発の成功事例の報告が相次いだこともあり,ユーザーイノベーションの商業化研究は,その後ユーザー・コミュニティの方向に一気に進んでいく。

ユーザー・コミュニティを活用してイノベーションに取り組むことには以下のようなメリットが指摘されている。まず多様なアイディアを集め,利用する可能性である。コミュニティに参加するユーザーは,相互に協力し合いながらイノベーションに取り組む傾向があるという(Franke & Shah, 2003; Jeppesen, 2005)。その背後には,もともとユーザーイノベーターは,自分たちのイノベーションや重要な情報を他者に無償で公開,共有する傾向があることが指摘できる(Mizuno & Ogawa, 2004; Morrison, Roberts, & von Hippel, 2000; Schrader, 1991; von Hippel, 1987)。コミュニティのユーザーはさらにその傾向が強いという報告もあり(Ogawa & Pongtanalert, 2013),多様な知識や情報を活用したイノベーションが可能となる。

そのような知識共有の傾向は,イノベーションに多様性をもたらすとともに,さらに2つの効果を期待させる。1つめはイノベーションの速度を上げる効果である。Raymond(1999)は「数多くの目があれば,すべてのバグは深刻な問題ではない」と指摘したが,これは多くのイノベーターが,多様な視点によって問題解決に取り組むことで,解決の速度が上がることを意味する。

もう1つはイノベーションの普及促進である。あるコミュニティに属しているユーザーは,同じニーズや問題を抱えている。さらにその解決に共同で取り組むとすれば,そこから生み出された製品やアイディアを購入する可能性が高い。クラウドソーシングはそのメカニズムを製品の販売予測,予約として活用している(Ogawa, 2013)。

つぎに,リード・ユーザー法の利点を,ユーザー・コミュニティを活用したイノベーションとの比較で検討してみたいが,その前に両者で使われる「ユーザー」の違いについて指摘しておきたい。ユーザー・コミュニティ,とりわけクラウドソーシングに参加するユーザーは,必ずしもイノベーターとしての特性を備えているわけではない。集合知を生み出すために求められる,多様な意見やニーズの源泉としての役割を果たすのがユーザーであり,その多様性をうまくマネジメントすることがこの方法を活用するポイントとなる(Nishikawa & Honjo, 2011)。

これに対してリード・ユーザーは,先に概説したようにイノベーターそのものである。つまりニーズと同時にその解決策を持っているか,もしくは解決策を作り出すために主体的に関与する能力を備えたものがユーザーである(von Hippel, 2005)。

このユーザーの特性の違いから,リード・ユーザー法の持つ利点はつぎの2つである。1つめは粘着性の高い情報を対象としたイノベーションが可能という点である。リード・ユーザーのニーズは,一般のユーザーに比べて極端で特殊性の高い経験に基づいた情報である。それが結果的に一般ユーザーに対するニーズの時間的な先行性を生み出すことになり,そのアイディアの商業的な魅力にもつながることとなる。一方ユーザー・コミュニティを活用する場合,扱われる情報の粘着性は低いものにならざるを得ないと考えられる。ユーザー間で情報の理解が異なれば,共同で開発することが難しいからである3)

2つめはイノベーション活動に対するユーザーの強い関与が期待できるという点である。リード・ユーザーのニーズは,期待利益の大きさからユーザー自身にイノベーションに取り組む強い動機を与える。これはイノベーションを推進する上で,強力な原動力となる。これに対してコミュニティに参加するユーザーは,必ずしもそこまで強い動機を持たない。誤解を恐れずに言えば「あったらいいな」というものが中心となる4)

5. 小括

ここまでの議論をまとめると,ユーザーをメーカーのイノベーション活動に取り込んでいく方法としてリード・ユーザー法とコミュニティ・ベースの製品開発が存在するが,ユーザーの発見の問題から,コミュニティを用いたイノベーション活動により注目が集まってきた。しかし,操作性を重視するあまりユーザーの革新性や取り扱う情報の質という視点から考えた場合,ユーザーイノベーション固有の知見を生かし切れていない可能性がある。とりわけメーカーが気づかない(もしくは気づけない),ユーザーの特殊な経験に基づく先進性の高いニーズとその解決方法を見逃してしまっている可能性も否定できないのである。

そこで本稿では,近年研究が停滞しているリード・ユーザー論に関して,LU-M共創型製品開発の可能性について検討を試みる。メーカーとの共創という点に着目したのは,リード・ユーザー法が持つ根源的な課題を解消するためである。すでに議論したように,リード・ユーザーを発見することが難しい。これに加えリード・ユーザーの生み出すアイディアは,メーカーからみるとあまり価値のあるように思えないと問題がある(Olson & Bakke, 20015)

従来のリード・ユーザー論はメーカーが,ニーズの先進性と期待利益の大きさから,すでにイノベーションに取り組んでいるリード・ユーザーを発見し,そのイノベーションから学ぶことによって製品開発を推進しようとする考え方である。しかし,ユーザーはメーカーに比べて技術的な知識とスキルが不足している。Ogawa(2000)が指摘するように,イノベーションは,機能デザインと技術デザインという2つの問題解決である。機能デザインとは,問題(ニーズ)の発見とそれを機能要件に翻訳することである。これに対して技術デザインとは,その機能を実現させるために生産技術を含めた要素技術の組み合わせを創出することである。例えば都会の駐車場問題を解決するためにコンパクトに変形できる自動車をユーザーが考えたとする。このアイディアが機能デザインである。しかしそれを具体的に形にする技術デザインの能力に劣るユーザーは,ショッピングカートとエンジンを組み合わせた試作品の製作が限界である。これをみたメーカーの担当者は,価値があるアイディアだとは思わないだろう(Ogawa, 2013)。

従来のリード・ユーザー法は,機能デザインと技術デザインの両方をユーザーが担っているケースが想定されていたため,その両方を高いレベルで実現しているユーザーはますます発見が難しいことになる。しかしイノベーションは必ずしもあるイノベーター単独によるものである必要はなく,複数のイノベーターによる共同イノベーションも考慮されるべきである(Ogawa, 2000)。その場合,機能デザインはユーザー,技術デザインはメーカーという役割分担があっても構わないし,両方のデザインをユーザーとメーカー双方が共創的におこなうことも理論的には可能である。これまでもユーザーが企業の場合,メーカーとの共創型のイノベーションの事例は報告されているが(e.g. Mizuno, 2005; Ogawa, 2000),ユーザーが個人の場合についてはほとんど研究がみられない6)

III. 事例研究

以上の問題意識から,我々はリード・ユーザーの持つ先端のニーズと,それを具現化するメーカーとの共同イノベーション,すなわちメーカーとリード・ユーザーの共創的製品開発活動について,事例研究を通じてその意義と問題点について検討をおこなった。

1. 調査対象と方法

本研究が対象としたのは,「KOZUKA BLADES」というフィギュアスケートのブレード開発である。ブレードとは,スケートの靴につける金属製の刃のことである。以下で説明するように,この製品は男子フィギュアスケート五輪代表の小塚崇彦がリード・ユーザーとして,特殊金属加工メーカーである株式会社山一ハガネ(以下,山一ハガネ)と共創的に開発したものである。

図1

KOZUKA BLADES

写真提供 TST Japan

インタビュー対象者は次の通りである。まずリード・ユーザーである小塚崇彦および共同イノベーターである山一ハガネに対してインタビューを行っている7)。山一ハガネについては,寺西基治社長および実際に開発を担当した石川貴規氏,六車英高氏の2名の技術者を対象としている。さらにインタビュー内容を補足,確認するために,このブレード開発に関与した重要な関係者である小塚の父で小塚をはじめ多くの選手をコーチしてきた小塚嗣彦氏と,小塚と山一ハガネの橋渡しをおこなった太田直寛氏にもインタビューを行っている。

本研究のインタビューイーである小塚は,本稿の共著者でもある。そのためインタビューの方法および分析は次の配慮をおこなった。まず水野が小塚に対して3回にわたりインタビューを実施し,ブレード開発に関するリード・ユーザー側の取り組みについて情報を収集した。本研究はエスノグラフィではなく,あくまでも事例研究である。データの客観性を担保するため,分析は水野が実施した。

ついで山一ハガネおよび2名の関係者に対するインタビューは水野と小塚両名がおこなった。ただしインタビューイーの回答へのバイアスを避けるため,主たるインタビュアーは水野が担当し,小塚は彼らの記憶喚起のための情報提供および確認を担当した。また分析については両名で実施した。

2. 事例:KOZUKA BLADESの開発

(1) ブレードの抱える課題

フィギュアスケートにおいて,ブレードの性能は選手のパフォーマンスに大きな影響を与える重要な用具であるが,じつは長い間深刻な問題を抱えていた。

まず耐久性の問題である。現行のブレードは曲がったり,折れたりといった問題が生じやすいのである。1つ目の理由は,ブレードにかかる負荷の大きさである。フィギュアスケートはジャンプ,スピンなど,非常に激しい動きが多く,ブレードには体重とともに大きな衝撃が加わる。とくに近年は技のレベルが高度化し,男子選手は4回転,女子選手でもトリプル・アクセルなど高難度のジャンプをする選手が増えている。ジャンプの難易度が高まるほど,踏み切りや着地の際にブレードにかかる負担や衝撃も大きくなる。そのため破損や変型などブレードに不具合が生じてしまうのである。

さらに製品構造の問題もあった。従来のブレードは氷をとらえる刃と,それをスケート靴に固定する2つの台座という3つのパーツから構成され,それを溶接によって接合することで作られていた。そのため強い衝撃が加わると,その溶接部分に強い力が加わり破損や変型を引き起こしていたのである。

2つ目の問題は,製品品質のばらつきである。普通の工業製品であれば,同じ品番の商品を購入すれば,まったく同じものが手に入ると考えるはずだ。例えばトヨタが自動車に使うためのある品番のネジを下請け企業に発注すれば,その企業からは毎回同じサイズ,同じ溝の深さのネジが届くはずだ。ところがフィギュアスケートのブレードはそうではない。先ほど述べたように手作業で溶接を行うため,最終製品の仕上がりは,誤差と呼ぶにはあまりに大きすぎる違いが生じることも少なくないという8)。つまりブレードを交換するとは,毎回まったく別の製品を使うことになってしまうのである。詳細は後述するが,使われている素材もかなり低いレベルの金属であるため,先ほど述べた耐久性にも影響を与えていたのである。

このようなブレードの問題に対して,これまでは選手やスタッフのスキルによって調整,修正が行われてきた。最近,世界トップレベルの女子選手が,スケート靴をテープでぐるぐる巻きにした姿で演技に臨んだことがあった。これはシーズン途中で交換したスケート靴のサイズがあわず,これまで使っていた靴をテープで補強しながら使っていたのである。これはブレードではなくアッパー(靴の部分)の事例であるが,これはフィギュアスケート業界の現状を象徴している。

ブレードに関しても同じである。たとえばフィギュアスケートでは,ブレードの「研ぎ」という作業が非常に重要である。選手の体型やスケーティング技術に合わせて,コーチなど選手を支える人たちがブレードを研磨するこの作業は,使い込んで切れなくなった包丁を研ぐように,使い込んだブレードの切れ味を回復させるという意味だけではない。上記のようにブレードはもともと品質にズレがあるため,1つとして同じものがない。そのため選手に合わせて使える状態にするため,熟練の技術による調整作業が必要になるのである9)

いくら調整しても,以前とまったく同じ状態のものが手に入るわけではない。スケート靴を新調するたびに,微妙なズレが生じてしまう。またうまく調整できたとしても,練習や競技の途中でブレードがしばしば曲がる。このようなときは,そのブレードの変化に合わせて選手がスケーティング技術等で調整しなくてはならない。このような状況を小塚は以下のように述べている。

「道具が人に合わせるのではなく,人が道具に合わせるということです。シーズン前にその調整がうまくいかないとそこばかりに意識がいってしまい,肝心の演技に集中できずにバランスを崩してしまうこともあります。ひどいときにはシーズン中に靴を変えたり,怪我につながったりします。」(小塚)

ただこのように用具の不具合を,選手の努力で調整することはフィギュア業界の中では常識なことであったという。これは用具に対して不満をいうことは,自身の技術不足の言い訳であると指導者に叱られてしまうため,タブーにも近い状態になっていたからである。その結果,選手やコーチの間でもブレードの構造や素材そのものを見直すということを考えることもほとんどなかったのである。

小塚もまた以前から同じ問題に直面し,それを技術で補うことを強いられていた。ただ疑問は感じていたことから,機会があるたびに曲がったり壊れたりしないブレードを作れるメーカーはないのか探索はしていた。しかし当時,ブレード製作は欧米企業数社のほぼ独占状態であったことや,日本ではフィギュアスケート市場がそれほど大きくはなかったことから,なかなか相談にのってくれるところはなかったという10)

(2) 山一ハガネとの出会い

そのような状況のなか,まだ現役選手であった小塚は山一ハガネと偶然出会うことになる。2012年のことである。使っていたスケート靴を新調するために足型を測定する必要があったのだが,その当時は海外のメーカーまで出向いて測定しなければならなかったため,測定だけでも日本国内できる企業はないかと探していた。その話を聞いた小塚嗣彦氏の友人で,顧問税理士でもある太田氏が山一ハガネを紹介する。同社の経営に関して相談を受けた際,高精度の三次元測定装置を保有していることを知っていたからである11)

山一ハガネは小塚の足型を三次元データとして撮影し,次にそのデータをもとにアルミ素材を削り出して彼の足とまったく同じ形状の足型を作って見せた。その完成度と工場見学を通じて同社の金属加工技術の高さと設備を知った小塚は,次のように思ったという。

「このように精密に金属を削る技術があるのならば,レベルの高いブレードを作ることができるのではないだろうか」(小塚)

そして小塚は寺西社長に,そのとき持参していた使用中のブレードを見せながら問題点を相談したところ,同社から開発してみたいとの提案を受けた。このとき同社の寺西社長は,次のように感じたという。

「世界トップレベルの選手がこんなものを使っているのかと驚きました。私たちがスケート場で履いているスケート靴とほとんど変わりのないレベルだったからです。なので少なくとも,これよりは上のレベルのブレードを作ることはできるとはすぐに思いました。それほど金属の専門家から見たらひどいレベルのものだったということです」(寺西社長)

さっそく寺西社長は技術開発センターの責任者である藤井氏を呼び,現行品の分析にとりかかるように指示を与えた。機械加工部門の石川氏(技術担当)と六車氏(企画担当)を実際の担当者としてプロジェクトがスタートする。開発担当を命じられた際,2人の技術者はフィギュアスケートに関してはほとんど知識も興味もなかったという。

「トップスケーターの小塚さんの仕事といっても,とくに特別な感情はありませんでした。自動車部品のような通常やっている仕事の一つとして捉えていました」(石川氏)

(3) 山一ハガネによる技術デザイン

①削り出し法

現行のブレードを分析した結果,同社では2つの技術的な提案を行う。1つ目はこれまでのような複数のパーツを溶接するのではなく,大きな金属の塊から削り出してブレードを作る方法である。例えるならばプラモデルのように複数の部品を接着して1つのフィギュアを作るのではなく,氷の柱を削って1つのオブジェを作るようなものである。コンピュータ制御された加工機械で,約11.5キログラムの金属の塊から,約330グラムのまったく継ぎ目のないブレードが削り出される。

図2

ブレードの削り出し工法

写真提供:TST Japan

この方法でブレードを作るメリットは2つである。1つ目は溶接による接合部分がないので,これまでよりも強度が増すということである。前述のように衝撃が加わると接合された部分から破損することが多い。これに対して削り出し法は,ブレード全体が1つの金属の塊であるため簡単には折れたり,曲がったりしない。

2つめは,完成品の精度の高さである。従来品は,人の手で溶接するため品質にばらつきが生じてしまう。この品質のばらつきが,選手たちの大きな不安の種となっていた。選手たちはシーズンの始めにブレードとスケート靴を決め,それに合わせたスケーティング技術を調整するからだ。わずかな感覚のズレがパフォーマンスに影響を与えるフィギュアスケートでは,もし途中で別の靴,ブレードに履き替えることになってしまうと,これまで練習してきたスケーティング技術自体を見直して,新しいスケート靴の品質に合わせた技術の微調整に再度取り組まなくてはならないのだ。

これに対して山一ハガネの方法では,詳細なデータをコンピュータで制御した加工機によって,金属の塊からブレードをドリルで削り出すため,ほぼ同一に近い品質の製品を作り出すことができる。もし選手がシーズン中にブレードを交換したとしても,まったく同じ製品品質なのでこれまでのスケーティング技術がそのまま活かせるのである。

②素材の見直し

もう1つは素材の変更である。従来のブレードで使われていた金属素材は非常に安価なものであった。金属の専門家である山一ハガネからみれば「ドラム缶と同じような素材。これだと曲がるのは当たり前」(寺西社長)という,非常に低いレベルのものであった。

そこで同社は自社の特殊鋼に関する知識と加工技術を活かし,鉄ではない素材を探すことにした。このときに重視したのは,素材の靱性(じんせい)である。靱性とはこの業界では粘りとも表現されるが,素材がしなるような状態になることである。ブレードが曲がったり,折れたりしないようにするためには,一般的に「硬い」金属を選べばよいと考えるかもしれない。しかし実際に金属が衝撃に耐えるためには,素材の硬さだけでなく素材の粘り強さ,すなわち靱性が重要となる。例えるならば日本刀である。

「日本刀が西洋や中国の刀と違って闘いの中で折れづらいのはなぜか。それが靱性です。金属がしなることで衝撃を吸収するのです」(寺西社長)

素材となったのは鉄ではなく特殊鋼である。特殊鋼とは鉄にクロムやニッケルといったさまざまな材料を配合した合金のことである。山一ハガネはこの特殊鋼の切断や切削を得意とする企業であった。同社はフィギュアスケートの競技特性に適した素材を選ぶため,同社では20種類以上の特殊鋼を試してみたという。

(4) 試作品の開発と問題点

このような技術的特性を持つブレードの開発を,山一ハガネは従来品とまったく同じものを作ってみるところからスタートする。同社は金属の専門家ではあるが,これまでスケートのブレード開発の経験が全くなかった。そのため小塚が持参した現行品のブレードを細かく分析し,まずは前述の技術を使って再現するところからスタートしたのである。

最初の試作品を作ることは特別難しいものではなかった。もちろん未知の分野であり,素材の選択や加工方法など新しい工夫は必要であったが,これまでも顧客企業の難しい要求に対して,同様のアプローチで問題を解決してきた経験があったからである。素材の強さと靱性,そして削り出し加工というこれまでにない技術デザインを用いることで,従来品の3倍にまで強度が高まった試作品が完成した。これにより破損や変形のリスクが大幅に減るはずであった。

しかしこの試作品がそのまま完成品とはならなかった。実際に使い続けてみると,フィギュアスケートの実戦で求められるいくつかの改善要求が小塚から示されたのである。その要望は山一ハガネにとっては理解が難しい,極めて粘着性の高い情報であった。

① ふわっと跳べる軽さ

最初の要求は軽さであった。選手は個人の演技スタイルや体型によって,ブレードに対する自分好みの重さがある。小塚は軽いブレードを好んでいたが,この試作品では重すぎて演技に支障が出てしまう恐れがあった。そこで小塚は,山一ハガネに対してもう少し軽いブレードへの改良を依頼したのだが,そのときのやりとりは次のようなものであった。

まず山一ハガネは小塚に対して,具体的に何グラム削減したいのかを尋ねた。これは当然の問いかけである。ところが小塚からの返答は次のようなものであった。

「具体的なグラムはわかりません。感覚的に重いと感じているので。ドンと跳ぶのではなく,ふわっと跳ぶ感じになる重さにしてもらいたいのです」(小塚)

技術者ではないアスリートにとって,自分の理想とするブレードの重量を数値化して伝えることは難しい。あくまでも感覚としてしか伝えることができないのである。しかしこのような感覚的な要求に対して,石川氏と六車氏は正直困惑したという。山一ハガネの主要な顧客は自動車メーカーや航空機メーカーである。そのような企業に対して特注品を作る際には,相手企業の担当者とスペックといわれる具体的な数値を示しながら仕事を進めていくことが当たり前であったからだ。

さらに軽量化には技術的なハードルも存在した。軽量化を図るためには,ブレードをさらに削ることになるが,削りすぎると新しいブレードのもっとも重要な目的である強度が失われるという問題が生じてしまうのだ。スケートの経験のない2人には,ブレードのどの部分をどのくらい削れば演技にも強度にも影響がでないのかという知識がまったくなかった。もちろん小塚にもそのような知識があるわけはない。そこでまず,刃と台座両方の部分から設計上は強度に影響の生じないレベルまで削り出すことで,約60グラムの削減を実現させた。

ところがその1ヶ月後,練習中に台座の部分が曲がってしまうという問題が発生した。前述のように,数値上は強度が保てる設計となっていたはずだったが,山一ハガネがおこなった削り方では曲がってしまったのだ。そこで今度はデザインの変更に取り組む。刃の部分の中央内側を削りV字型にすることで,着地の際の衝撃を左右に逃がして強度と軽量を両立させる設計を考えたのである。この方法は成功し,2014年の全日本選手権において小塚はこのブレードを使って3位入賞を果たすことができた。

② スピンのときの音が違う

ひとまず「小塚専用」ブレードは完成したが,つぎにこれを他の選手も使えるよう商品化,量産化に向けた取り組みが開始される。量産化に向けて不可欠なことは,サイズのラインナップを増やすことである。じつはフィギュアスケートのブレードには形状や長さに関する規定はない。そのため選手は自分の体型や演技スタイルに合わせて,独自サイズのブレードを使用している。例えば体の小さな女子選手は,男子選手に比べて短いブレードを使う。また男子選手の中でも,小塚のような軽いタイプを好む選手もいれば,別の選手は重いブレードを好む。このようなニーズに応えていくためには,さまざまなサイズのブレードを用意しなくてはならない。そこで小塚と山一ハガネは,何人かの選手にブレードを提供し意見を聞くこととなった。

その中で生じた1つの問題が,このブレードを使うとスピンがうまくできなくなるというものであった。小塚嗣彦氏の教え子である女子中学生のスケーターが,この新しいブレードを使うとスピンがうまくできないと訴えてきたのだ。小塚専用ブレードのときにはこの問題は生じていなかったため,何が原因なのか開発チームはわからなかった。

ただこのときに,問題を解くための鍵となったのは音であった。この女子選手が言うには,「普段はスピンのときにシュルシュルという音がするのだが,このブレードを使ってスピンするとガリガリという音がする」というのである。石川氏と六車氏も現場でこの音を確認すると,通常とは違うガリガリという音がしていることがわかる。

開発チームはこの音の問題を手がかりとして,ブレードと氷が接する面が大きく,氷を多く削っているのではないかとの仮説を立てた。氷に接する面が大きくなれば,それだけ抵抗が増えてスピンもうまく回れなくなる。これを聞いた小塚は技術チームに対して,スピンにおいては使われるブレードの位置や使われ方を説明する。その情報をもとに技術チームが小塚用ブレードと女子選手のブレードを測定して比較してみると,女子選手のブレードは,スピンで使われるつま先部分のカーブが緩くなっていることがわかった。女子選手は男子選手に比べて短いブレードを使う。そこで小塚が使用していたブレードを前後に圧縮したような形状のブレードを提供していたのだが,その結果つま先部分のカーブが緩くなり,氷に触れる面が大きくなってしまっていたのである。わずか1ミリのことであったが,そこを削ってみると問題は解決された。

このように粘着性の高い問題が発生したが,そのたびに小塚と技術チームがコミュニケーションを取りながら,問題の解決に取り組んでいった12)。そして2018年4月,約6年の歳月をかけて「KOZUKA BLADES」が商品化されたが,そこに至るまでに作られた試作品は,じつに200本を超えたという。

IV. 考察

以上,リード・ユーザーとメーカーによるフィギュアスケート用ブレードの共創的製品開発活動の事例をみてきたが,あらためて本研究の課題であるLU-M共創型製品開発の意義と問題点を整理してみたい。

1. リード・ユーザーの再定義

1つめは,リード・ユーザーの再定義である。既存のリード・ユーザー論では,先端的なニーズとその解決方法の両方を発見しているユーザーをリード・ユーザーとして想定してきた。しかし,Ogawa(2000)が指摘するように,イノベーションは単独だけではなく,共同イノベーションも多数存在する。その共同イノベーションを視野にいれた場合,共創活動で重要な役割を果たすユーザーは,通常のユーザーとは明らかに異なる。

その前提に立てば,①先端的なニーズに気づいているが,②その解決方法を発見することができない。③しかし期待利益の大きさから,その方法を見つけるための努力をしているユーザーもまた,リード・ユーザーと呼ぶことができるとわれわれは考える。

2. イノベーションの起点と発見

つぎにイノベーションの起点が誰になるのか,という問題について考えてみる。先行研究によれば,リード・ユーザー法とコミュニティ活用法とでは,イノベーションの起点が異なると指摘されてきた。リード・ユーザー法はその成り立ちの経緯もあり,メーカーがユーザーに対して働きかけることを想定している。一方コミュニティ法は,ユーザーからの働きかけが起点となっている(Ogawa & Nishikawa, 2006)。

これに対して本稿のリード・ユーザーとメーカーの共創型イノベーションの事例は,起点はリード・ユーザーの場合もあり得るということを示している。KOZUKA BLADESの開発は,小塚崇彦というリード・ユーザーが,山一ハガネというメーカーを発見し,製品開発を働きかけることでスタートしている。この事実は,先ほど述べた新しいリード・ユーザー像の議論と合わせて考えると,リード・ユーザー法の最大の問題点であるユーザー発見の困難さを解決するかもしれない。

従来のリード・ユーザーは,ニーズと同時に問題解決もおこなっていたユーザーであるため,メーカーが探し出さない限り自分からメーカーにアプローチする誘因に乏しい。ところがまだ解決方法を見つけていないリード・ユーザーは,期待利益の大きさから問題解決のパートナーとなるメーカーを自分から探している可能性が高い。そうなるとメーカーが発見されやすい何かを用意しておけば,リード・ユーザーと巡り会える可能性が高まる。

たとえば工場見学の受け入れである。これには類似の事例がある。ユーザーによるマスキングテープの用途革新である。もともと工業用途であったマスキングテープは,ユーザーによって雑貨用途として用途革新され,新市場を生み出した。このときたんなる用途イノベーションが製品イノベーションにつながるきっかけとなったのが工場見学である。用途イノベーターである3人の女性が,カモ井加工紙という工業用マスキングテープメーカーに工場見学を申し込み,そこでの対話からユーザーとメーカーの共創型製品開発がスタートしたのである(Horiguchi, 2015)。

本稿の事例もマスキングテープのそれと類似している。足型測定という偶然性はあるものの,ユーザーが工場に直接訪れ,その後のコミュニケーションをとったことが共創型製品開発へとつながっている。

3. 情報の粘着性低減方法

最後に,リード・ユーザーが持つ粘着性の高い情報をいかにして取り扱うべきかという問題についても,本稿の事例はいくつかの示唆や仮説を提示している。先に述べたように,リード・ユーザーはコミュニティ活用法におけるユーザーに比べ,ユーザー自身の特殊な経験に基づいた先進性の高いニーズに気づいている。しかしこれは一方で,メーカーをはじめとする第三者になかなか理解できない,高い粘着性を持った情報でもある。そのためリード・ユーザーとメーカーの共創において,もっとも大きな課題は情報の粘着性の問題をいかにして乗り越えるかということである。

(1) 試作品を通じたフィードバック

この問題を解決する1つの方法として,山一ハガネが講じた工夫は試作品を多く作ることであった。山一ハガネでは小塚からのフィードバックやコミュニケーションをうけ,それを解決した試作品を用意し,それをふたたび試してもらうというやりとりを何度も繰り返した。

一般的に問題解決というものは,試行錯誤による学びのサイクルを通じて進んでいく(von Hippel, 2005)。従来の製品開発においても,メーカーとユーザーの間で試作品を通じたフィードバックを繰り返すことで,両者に存在するニーズと技術に関する情報の粘着性問題を解消しようとしてきた(Connell & Shafer, 1989)。近年はラピッドプロトタイピングと呼ばれる,設計,試作制作,評価,見直しのサイクルを低コストで,そのかわり高速で何度も回していくことの有効性が,デザインシンキング研究分野を中心に指摘されている(e.g. Thomke, 1998)。

それでもこの方法は多大な調整コストを生じてしまうため,ユーザーイノベーション研究では,ユーザーの技術デザイン能力不足を補うためのツールキットを用いた製品開発の有効性が指摘されてきた(e.g. Jeppesen, 2005)。

しかし今回のブレード開発では,ツールキットを使った役割分担は困難である。開発には素材選択や工法の変更がともなうため,アスリートである小塚にその役割をになうことは難しいからである。そこで小塚とメーカーは試作品を通じた従来型のコミュニケーションをおこなっていたが,その中で注目すべき工夫がいくつか発見された。1つめは試作品を作る際,変化点を1つに絞ったという点である。開発を担当した石川氏は次のように述べている。

「1つの試作品を作るとき,変化させるポイントをできるだけ1つに絞るようにしました。一度にいくつもの変化点を作ってしまうと,結局何が問題の原因であったのかが特定しにくいからです。1点だけ変化させて,そこで解決できなければ別の変化をつけて問題を解決するということを繰り返しました」(石川氏)

一般的に試作品を通じたコミュニケーションをおこなう場合,開発の速度をあげるために発生した問題をできるだけ一度に解決し,つぎの試作品を作ろうと考えてしまう。しかし粘着性の高い情報を取り扱う際,一度にいくつもの変更を加えてしまうとどれが問題の原因であったかを特定することが難しくなってしまう。そこでブレード開発では効率性を犠牲にしても,変化点を絞り込むようにしたのである。

もう1つは変化をつけるとき,あえて大きな変化をつけてみるということもした。例えばトウ・ピック(Toe-Pick)の変更である。トウ・ピックとはブレードの先端ののこぎりの歯のようになっているところで,ジャンプの踏み切りや着氷,スピンを行うときなどに使う大事な部分である。最初は通常のものよりもあえて大きく,特徴的な形にしてもらい,それによって生まれる効果をわかりやすくした。こうすることで,とくにユーザー側が技術的変化とそれによる機能的変化点がより明確に認識することができたという13)

(2) 比喩的表現の多用

言葉によるコミュニケーションも工夫している。製品の問題点や改良のポイントを相手に伝えやすくするために,比喩を使ったコミュニケーションが多く使われていた。例えば今回の製品において重要な意味を持つ「靱性」という概念である。先に述べたように,強度を確保するためには必ずしも金属が硬くある必要はない。むしろ靱性という粘り,しなりがある方が製品としての強度を高めることがある。しかし金属に関する基礎的な知識がない小塚にとっては,それをすぐに理解することは難しい。そこで山一ハガネでは日本刀の例を用いて,この「靱性」の特性を説明している。この靱性の理解は,このブレードの開発に重要な役割を果たしていた。

「この『靱性』の意味がわかるようになってからですね,新しいブレードの特性や問題点,滑るときのポイントなどがなんとなく理解できるようになってきたのは」(小塚)

一方,小塚も粘着性の高い情報を山一ハガネの技術陣に伝えるために,比喩となる表現を多用した。例えば「伸びるような滑り」を説明する際には,筆記用具の書き味の違いや,野球でよく使われる「ストレートが伸びる」メカニズムを使いながら伝えるように心がけてきた。

(3) 実際の体験

それでも理解できない点は,山一ハガネの技術陣が実際にスケートを体験することで解決を図った。開発に携わった石川氏,六車氏ともにスケートの経験はほぼなかったが,試作品を取り付けたスケート靴でスケートリンクを実際に滑り,さらにはジャンプすることでブレードの受ける衝撃を自ら体験した。またスピン問題のときは,女子選手が違和感を感じた瞬間の音やブレードの氷の削り方を見聞きしたりすることで,トップスケーター小塚の持つ粘着性の高い情報の理解に努めたのである。

V. さいごに

本稿では,リード・ユーザーとメーカーによる共創型製品開発の可能性を議論してきたが,今後の研究課題として,次のようなものがある。

1つめは,リード・ユーザーとなる条件である。先行研究が明らかにしたように,リード・ユーザーは自身の特殊な経験を通じて先進性の高いニーズに気づくと当時に,それを解決したときの期待利益の大きさから,自分自身でイノベーション活動に取り組もうとする。しかし,同じ状況におかれても,イノベーションに取り組むユーザーとそうでないユーザーが存在する。例えば本稿の事例で言えば,フィギュアスケートに取り組む選手の多くはブレードの問題点に気づいているはずだ。とくにトップクラスの選手になるとブレードの使用頻度や使用状況が一般選手よりも過酷であるため,より早く,そして深刻に問題点をとらえることができるはずだ。さらにこのブレードが抱える問題を解決すれば,期待利益も非常に大きなものになる。それにも関わらず,これまでブレードのイノベーションに挑戦してきた選手はほとんどいない。なぜ小塚だけがイノベーションに挑戦し,他の選手は問題点の多い既存ブレードを使い続けようとしたのか。今後の重要な研究課題である。

2つめは,リード・ユーザーとメーカーのマッチングである。今回取り上げた小塚と山一ハガネの出会いは,共通の知人による橋渡しがあったものの偶然性が高いものであった。工場見学など,両者が出会うための方策を仮説的に提示したが,今後さらに検討が必要である。

3つめは,共創におけるリード・ユーザーとメーカーの情報や知識の移転問題である。本稿ではユーザーイノベーションの枠組みで議論したため,情報の粘着性概念を使って両者の情報移転の問題を扱った。しかしSzulanski(1996)が指摘するように,情報移転の問題は粘着性だけでなく,情報移転の困難さ(difficulty)の問題まで考慮する必要がある。たとえば情報の受け手のモチベーションである。いくら小塚が新しいブレード開発の必要性や具体的な問題点を訴えても,山一ハガネにその情報を受け取るモチベーションがなければ,情報移転はスムーズには進まない。今回の事例では,同社の寺西社長のリーダーシップによってこのモチベーションのことは問題とならなかったが,完成品の市場性やメディアへの露出効果などモチベーションを高めるための具体的な方策についても議論が必要であろう。

謝辞

お忙しい中,インタビューにご協力いただいた株式会社山一ハガネ 寺西基治氏,石川貴規氏,六車英高氏および,小塚嗣彦氏,太田直寛氏には深く感謝申し上げる。もちろん,本稿においてありうべき誤謬はすべて筆者の責に帰すものである。

なお本研究はJSPS科研費 基盤研究(C)(課題番号:19K01969)の助成を受けている。

1)  イノベーションの流出問題(Porter, 1985)や専有可能性(Levin et al., 1987)の議論などは,イノベーションから得られる利益をいかに最大化させるかという問題に焦点があてられている。

2)  知識創造論における暗黙知の議論など,情報の粘着性に類似の研究はあるが,それがイノベーション主体の変化へ影響を与える,すなわちメーカーではなくユーザーがイノベーターになるという研究はユーザーイノベーション研究独自のものである。

3)  コミュニティを用いた製品開発は,販売実績やアイディアの新規性,顧客便益の点で従来の手法よりも成果があがっているとの研究報告もある(e.g. Nishikawa et al., 2013; Poetz & Schreier, 2012)。ただニーズの質については,製品を見る限り高い粘着性の情報に基づくものではないと推測される。

4)  例えば無印良品の事例で登場するクッションや飾り棚,持ち運びできる明かりなどは,生活の質を向上させるものであるが,それがないからといって特別困るとか,それを手に入れることで生活上の問題が劇的に変化するようなものではない。

5)  ITシステムインテグレーターのCinetはリード・ユーザー法による製品開発に取り組んだが,それは継続せずに従来型のシーズ中心に戻ってしまった。OlsonとBakkeはその理由として,技術用語を多用する同社の製品開発陣にとってリード・ユーザーの提示するコンセプトは曖昧で単純すぎるため,価値が高くないと判断されたからではないかと指摘している。

6)  Ogawa(2000)は,セブンイレブンの発注端末の開発事例を通じて,メーカーとリード・ユーザーの共同イノベーションを議論している。またMizuno(2005)は食品スーパーである関西スーパーのバックヤード関連機器の開発に関して,同社と専門機器メーカーと共同イノベーションのメカニズムを報告している。

7)  小塚崇彦をリード・ユーザーとして判断したのは①フィギュアスケート競技において,世界選手権2位,グランプリファイナル2位,3位,全日本選手権1位,バンクーバー五輪日本代表など,日本のみならず世界レベルでもトップスケーターとして活躍していること,②フィギュアスケートの基礎技術を判定するバッジテストにおいて最高位である8級を獲得するなど,高い技術も備えていることから,一般のスケーターが後に経験するであろうニーズにいち早く気づく立場にあること,および問題を解決することで高い効用を得ることが期待できるからである。

8)  たとえば同じ品番であっても,ブレードがセッティングされている位置が以前のものより1.5ミリずれていたり,エッジの角度が1.5度以上もずれがあったりしたという。

9)  コーチである小塚嗣彦氏は次のように証言している。「ある選手が研いで下さいと新しい靴を何足か持ってくるのですが,どれも形が違う。それを横に並べてそり具合や曲がり具合をまず確認します。それでズレ具合が近いものを組み合わせて,さらに研いでいくという作業をします」

10)  小塚は過去に,日本の大手総合スポーツメーカーA社にブレード開発について相談したことがある。しかし市場規模が小さいことから断られている。

11)  太田氏によれば,同社は新しい設備の導入に積極的で,まだ用途を決めないうちから設備を購入し,その設備を使って新しい製品や事業分野を開拓できないかと発想するような企業であったという。

12)  競技に関すること以外でも,メーカーではわからない問題が指摘された。例えばメンテナンスン作業であるブレードの「研ぎ」に関するものである。通常のブレードでは研磨を行うとブレードから火花が散るのだが,その火花の出方が削り具合の目安となっていた。しかし新しいブレードでは火花が発生していないため,本当に削れているのかという不安が漏れてきたのである。

13)  このトウ・ピックについては,最終的には従来の大きさに戻ることになったのだが,小塚は「一度あえて大きくすることで何が問題で,それをどのように改善すれば,どのような効果が起きるのかがはっきりわかるようになった」という。

水野 学(みずの まなぶ)

2005年 神戸大学大学院経営学研究科修了。博士(経営学)(神戸大)。日本マーケティング研究所,流通科学研究所,阪南大学を経て,2018年より現職。専門はユーザー・イノベーション論,ビジネスモデル論

小塚 崇彦(こづか たかひこ)

2010年バンクーバー冬季五輪(総合8位,)11年世界選手権(2位)出場。現在トヨタ自動車に所属しスポーツ全般の普及活動に取り組むとともに,スケートの用具開発やJOCオリンピックムーブメントアンバサダーとしても活動。

References
 
© 2019 The Author(s).
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