マーケティングジャーナル
Online ISSN : 2188-1669
Print ISSN : 0389-7265
マーケティングケース
応援消費おねがいプロジェクト
― 能登半島地震における石川県の取り組み ―
會澤 裕貴, 中塚 健也, 水越 康介
著者情報
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2025 年 45 巻 4 号 p. 342-352

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Abstract

本稿では,2024年1月1日に起きた令和6年能登半島地震を受けて,石川県が展開した応援消費に関する取り組みを紹介する。この取り組みでは,消費を通じて被災地を支援しようとする気持ちを喚起し,人々が一丸となって復興を推し進めることができるように,震災直後から継続的に様々な取り組みが進められてきた。この取り組みは,フェーズ1からフェーズ3の段階を経て,県内外の企業や自治体などのステークホルダーとの連携や,関係人口の拡大に寄与している。フェーズ1では,応援消費の象徴となるロゴマークが制定され,その利用と活用を通じて,主に石川県内での協力体制の構築が始まった。フェーズ2では,国の被災地支援策である「北陸応援割」の開始とともに,東京のアンテナショップ「八重洲いしかわテラス」が開店し,県外でも応援消費が活性化した。フェーズ3では,動画の制作・展開をはじめ,さらなるステークホルダーとの協業が進んだ。その後の令和6年奥能登豪雨による複合災害を経験して,継続的にプロジェクトは拡大した。本事例は,大災害からの復興において公共組織が果たす役割を明らかにするとともに,応援消費の重要性や有効性を提示している。

Translated Abstract

This paper introduces the aid consumption (Ōen consumption) initiative implemented by the Ishikawa Prefectural Government following the Noto Peninsula Earthquake on January 1, 2024. This initiative aimed to foster solidarity and mobilize recovery support through consumption-based actions. The initiative was developed in three phases to facilitate collaboration among diverse stakeholders, including local businesses, municipalities, and external partners. In Phase 1, a symbolic logo representing support consumption was introduced, establishing a foundation for cooperation mainly within Ishikawa. Phase 2 coincided with the launch of the national “Hokuriku Support Discount” program and the opening of the “Yaesu Ishikawa Terrace” antenna shop in Tokyo, which helped to activate consumption-driven support beyond the prefecture. In Phase 3, deeper collaboration was pursued through the production and dissemination of promotional videos and other media content. After the additional torrential rains that struck the Okunoto region, the project continued to grow and adapt. This case illustrates the pivotal role of public institutions in disaster recovery and highlights the potential of aid consumption as an effective and sustainable strategy for engaging society in reconstruction efforts.

応援消費お願いプロジェクトのロゴマーク

出典:石川県提供

I. イントロダクション

誰かを助けたり支援するために,寄付やボランティア活動が行われる。その多くは利他的であり無償で行われるが,お礼や感謝が伝えられることもある。返礼品を受け取ることや,チャリティセールのように,一般的な消費行動を通じて,誰かを助けたり支援することもある。大災害が起きた地域の商品を積極的に購入することや,その地域を観光で訪れて食事をし,宿泊すること,現地の様子を写真に撮ってSNSで情報を発信することなどを通じた支援もあるだろう。

消費行動と結びついた支援の方法は,今日では応援消費(Ōen consumption, aid consumption: Mizukoshi & Hidaka, 2020)と呼ばれるようになっている。応援消費とは,消費を通じて,被災地や困っている組織を支援,応援しようという人々の行動である(Mizukoshi, 2022)。寄付やボランティアに比べ,人々は日常生活の中でより手軽に支援できる。これに合わせ,寄付付き商品やコーズリレーティッド・マーケティング,あるいは復興セールのような活動がこれまでもよく実施されてきた。

この言葉が広く知られるようになったきっかけの一つは,2011年の東日本大震災であった。当時,震災によって岩手県や宮城県,福島県の水産業や農業,伝統工芸品の生産は大きな被害を受け,地域の再建が急務となった。寄付やボランティアの輪も広がったが,同時に,被災地の商品を買うことが支援につながるという意識も広がった。東北の食材を食べて応援しようというキャンペーンが展開され,大手スーパーや飲食チェーンはもとより,政府も積極的に支援に乗り出した。

その後も,2016年の熊本地震や2018年の西日本豪雨などの災害時に応援消費の動きは継続された。2020年のコロナ禍では,全国的に応援消費という言葉が用いられるようになり,日経MJヒット番付の東の大関にまで選出されることになった。今では,被災地に限らず,様々な形で困っている地域や人々を,消費行動を通じて支援する試みとして,応援消費という言葉が用いられるようになっている。

本稿では,こうした応援消費に関する活動として,2024年に起きた能登半島地震における石川県の取り組みを紹介する。企業や自治体にとって,応援消費はソーシャル・マーケティングの具体的な実践としても理解できるだろう。

II. 能登半島地震と奥能登豪雨

1. 被害状況

2024年1月1日に能登半島地震が発生した。石川県能登地方を震源とするマグニチュード7.6,最大震度7(志賀町,輪島市)の大規模な地震であり,石川県の奥能登地域を中心に甚大な被害をもたらした。負傷者は1,200名以上,死者は災害関連死を含め600名を超えた。石川県内だけで最大400ヶ所を超える避難所が開設され,約34,000人が避難した。

建物被害は,一部破損を含めて11万棟を上回り,特に奥能登地域では建物の倒壊や土砂災害が相次ぎ,集落の孤立が多数発生した。ライフラインや交通インフラも大きな打撃を受けた。断水は一時的に約11万戸に及び,奥能登地域では2024年末まで一部断水が続いた。道路は,のと里山海道や国道249号などの幹線道路で寸断,法面崩壊,トンネル損傷などが確認され,一部通行止めが長期化した。輪島港など複数の港では岸壁が隆起し使用困難となった。

第一次産業や観光業に依存する地域経済もまた深刻な打撃を受けた。能登地域の伝統工芸品である輪島塗や珠洲焼も多くの工房が倒壊・焼失した。全国的な観光地として知られる輪島市の朝市通りも地震と火災によって200棟以上が倒壊・焼失し,壊滅的な被害を受けた。観光施設は石川県内だけで88件が全壊または半壊の被害を受けた。和倉温泉では地震により主要な宿泊施設が大規模な被害を受け,一部施設では営業再開まで数年間かかる見通しである。

そして,能登半島地震からの懸命な復旧作業が進んでいる最中,2024年9月21日に,奥能登豪雨が輪島市を中心とした奥能登を襲った。死者17名,負傷者は約50名に上り,1.800棟余りの住家被害が発生した。特に,河川の氾濫により,大量の土砂,流木がいたるところに堆積し,被災地は再び壊滅的な被害を受け,未曾有の複合災害となった。

2. 支援状況

能登半島地震では,発生直後には奥能登への幹線道路が寸断され,救援・復旧作業は困難を極めた。自衛隊や消防などによる救出活動や救援物資の輸送が最優先され,一般車両の通行は大きく制限されたが,緊急車両だけでも金沢から輪島市や珠洲市に行くには10時間以上かかる状況であった。これに対応するため,発災直後から,高齢者などケアが必要な被災者に対して,金沢以南の地域への広域避難を呼びかけるとともに,県からも「能登への不要・不急の往来は控えて欲しい」という情報が発信され,「能登には来ないで」というメッセージとして拡散された。このため,専門的な知識・経験を持つNPOやNGO以外のボランティアの現地入りも困難な状況となり,その後のボランティア不足に影響があったとも言われている。SNS上でも,「迷惑」「渋滞」「道路」といったキーワードが多く含まれるとともに,「寄付」や「情報」といった間接的な支援の言葉がみられた(Miyamae, 2024)。

被災地域のボランティアの受け入れは,2024年1月中旬以降,段階的に開始された。ただし,多くの自治体では「市内または県内在住者に限定」するなど,安全確保と被災状況に応じた条件付きの受け入れに留まり,広域的な支援受け入れの本格化にはひきつづき時間を要した。石川県のまとめによれば,2024年3月19日時点で災害ボランティアの登録者数は約3万3,000人にのぼったが,一日当たりの活動人員は被災6市町で約370人にとどまった。1月27日以降の累計活動延べ人数も約1万720人と,登録者全体の3割程度であった。

災害支援の専門的な知識・経験を持つNPOやNGOなどは,発災直後から柔軟かつ専門的な支援活動を展開していた。特定非営利活動法人全国災害ボランティア支援団体ネットワーク(JVOAD)の調査によれば,2024年3月13日時点で延べ159団体が能登地域で支援活動を行っていた。これらの団体は自前で宿泊設備や物資を確保し,炊き出し,避難所支援,重機を使った作業など,専門性を活かした支援を展開した。

寄付もさまざまなルートから集められた。日本生活協同組合連合会は,義援金として6月に10億円,さら2025年1月に4億6,500万円を寄付した。特にふるさと納税の代理寄付を用いた仕組みは,返礼品なしにも関わらず50億円が寄付された。この仕組みは,2016年の熊本地震の際にも活用され,熊本城の復旧支援として集まった58億円のうち,4億円がふるさと納税からであった。氷見市では,ふるさと納税した人に市内の買い物で使える地域共通券が配られている。発行業務を行う宮城県石巻市の会社が経費を全額負担しているという。

民間の寄付プラットフォームを通じた市民による寄付も活発に行われた。日本財団はYahoo!ネット募金を通じて5.7億円を超える寄付を集め,LINEヤフー株式会社はYahoo!基金を通じて総額17億円を超える寄付を集めた。国際社会からも多くの支援が寄せられた。台湾政府からは計1億2,000万円の寄付がなされ,台湾赤十字組織等を通じて設置された特別支援口座には市民からの義援金が集まり,その総額は日本円にして約25億6,000万円相当に達した。韓国からは,政府からの約4億3,500万円の人道支援をはじめ,複数の公的・民間組織を通じて支援が提供された。

災害時の寄付行為として最も一般的な義援金についても,石川県が1月4日に受付窓口を開設してから1月末までに約170億円が集まった。これらは能登半島地震への関心の高さを表した。

III. 応援消費おねがいプロジェクト

1. フェーズ1(2月上旬-)

震災直後,石川県庁の戦略広報課は有事の危機対応に追われた。戦略広報課は2023年に知事直下に新たに設置された組織である。被災地の被害状況の把握や支援体制の構築はもちろん,日本だけではなく世界中から報道陣が集まり,その対応にも追われることとなった。石川県の馳知事は毎日のように会見を行い,会見の回数はぶら下がり会見を含めると1月だけでも43回に上った。ソーシャルメディアでの情報発信についても,メインで活用したSNSのX(旧Twitter)では1月に390件の投稿を行った。フォロワーも震災前の9,240人から38,485人(2024年1月末)に増え,県庁を挙げた対応が続いた(Nakatsuka & Noguchi, 2024)。

戦略広報課をサポートするため,大手広告代理店の博報堂からは専門家によるプロボノチームが県庁に派遣された。博報堂は東日本大震災においても同様に広報対応をサポートした経験があった。

震災対応に追われる一方で,戦略広報課では地震発生直後より,ある課題を認識していた。3月16日に予定されていた北陸新幹線の敦賀までの延伸である。石川県としては県内全線開通となるため,県外からの観光客を呼び込む企画が前年から進められていた。幸い金沢以南のエリアは被害が比較的少なく,新幹線の開通は予定通り行われる。それまでの間には,県外から県内へ観光客を呼び込む情報発信を開始する必要があった。

この課題に対応するため,戦略広報課はプロボノチームとともに,メッセージの内容,時期,展開方法などの検討を進めた。3月の北陸新幹線開通の時点では,能登半島の被災地は復旧の只中であることが想定されたため,被災者の心情を害さずに,かつ前向きな希望の持てるメッセージを,世の中の状況を見ながら出していく必要があった。検討の方向性は,石川県への来訪なども含めた消費行動そのものが被災地への支援につながるという応援消費の考えをベースに,基本コンセプトとして,①「石川県に来る」=「応援消費」と位置づけ,復旧・復興への応援をメインのメッセージとして掲げ,②石川県への来訪だけでなく,購買行動も含めた幅広い行動を対象とすることにより,誰もが気軽に参加できるようにすることとした(Nakatsuka, 2025)。

こうした中,石川県では比較的被害の少なかった金沢市以南の地域でも,震災直後から過度の自粛ムードが広がり,新年会やイベントの中止が相次いでいた。このため,1月中旬から下旬になると,観光業や飲食業から悲鳴が上がり,経済界やマスメディア,県議会などから,県内の経済活動の著しい停滞が懸念されるようになった。県として,被災地の支援と県内の経済活動の活性化を同時に進めていく必要に迫られた。

石川県は検討中であった応援消費促進のプロジェクトを前倒しで開始することを決定し,馳知事が2024年2月1日に記者会見で「応援消費おねがいプロジェクト」を発表した(Nakatsuka, 2025)。名称に関して,行政が「おねがい」という言葉を使うべきかどうかも議論されたが,メッセージとしての強さを確保するために,ソーシャルメディア上でも使われていた言葉として,あえてストレートなプロジェクト名を採用した。

より効果を高めるためのブランド戦略として,ハート型の漆器をイメージした「JAPAN HEART」というロゴマークを制作し,県のホームページから無料でダウンロードできるようにした。ハートの赤色は漆器の赤を意味し,中に描かれた石川県地図は金箔をイメージして金色で表現されている。輪島塗や山中塗という有名な漆器の産地であるとともに,金箔の全国生産のほぼ100%を占めるという,石川県のユニークな要素を織り交ぜながら,被災地を思う人々の温かい気持ちを表現したマークとなった。戦略広報課はプロボノチームとともに作業を進めていたが,原案の作成は2月1日の発表直前まで行われ,前日になってようやく最終案が確定した。

このロゴマークは,石川県産品を取り扱う飲食店や販売店などで活用されることを想定しており,特に発表当初は県内の消費喚起を意図していた。「買って応援」「食べて応援」「飲んで応援」「このお店は能登を応援しています」など,店舗向けの販促ツールとして使用できる複数のフレーズが用意され,その後様々なフレーズが提供されていった。

県は,マスメディアやソーシャルメディアを通じたPRだけではなく,展開力のある企業などへ直接の協力依頼も行った。石川県の玄関口である,金沢駅の商店街「金沢百番街」に協力を依頼し,テナントに対して積極的に働きかけを行ってもらい,ほとんどの店舗においてロゴマークが掲示された。その他,県内の主要な商業施設にも協力を要請し,ロゴマークの掲出・活用を依頼した。金沢市に本社があり,全国展開する金沢カレーの「ゴーゴーカレー」では,全国の店舗でこのロゴマークを展開してくれることになった。著名なパティシエとして知られる辻口博啓氏もまた,実家が七尾で和菓子屋をやっていたことや,プロデュースしている洋菓子店の本店が能登にあることから,自らのアイデンティティとしてこのプロジェクトに協力した。

図1

フェーズごとの応援消費ロゴマークの展開

出典:石川県提供

一般市民にも広く利用してもらうため,SNSのアイコン画像やSNS上で応援を呼びかけるために適した「#能登のために」などのハッシュタグ付きのパターンも提供された。2月2日には馳知事が,2月3日には岸田首相(当時)が,Xの個人アカウントで,ロゴを活用して応援をして欲しいという旨のポストを,応援消費プロジェクトのロゴとともに投稿している。

ロゴマーク利用の反響は県内だけではなく全国各地からあった。具体的な利用方法やルール,費用など,実際に活用するための問い合わせが多かった。このプロジェクトは,一人でも多くの人が手軽に参加できるという趣旨に基づき,原則,ロゴマークの利用は自由で,使用料などの費用もかからないこととしていた。ただし,アイコンとしてのブランド訴求が希薄化しないように,ハートのロゴマークの上に別の文字や表現を加えることはしないようルールを定め,利用者に理解を求めた。

北海道から沖縄県まで,各地で応援消費は広がった。特に東京の京王百貨店新宿店では,「石川・福井 物産と観光展」が開催され,「がんばろう北陸」の文字が掲げられた。ただし,輪島塗や水産加工品など能登の4店は被災のため出店できなかった。杉並区でも2月には「能登半島応援フェア」として能登地域の道の駅で売れ残った商品の買い取り販売を区役所内で始めた。物産品店で販売する際には価格を1,2割上乗せし,余剰分を被災自治体に寄付する。企画した区文化・交流課の担当者は,南相馬市の職員で大学生の時に家族が東日本大震災を経験していた。

イカの加工品を主に製造している和平商店は,2月に生産を再開できたが売る場所がないという現実に直面した。売上の3割を占めていた観光施設「イカの駅つくモール」は津波被害で休業,道の駅も閉まった。そこで全国の百貨店などで開かれる物産展に活路を見出した。売り場では励ましの言葉をかけてくれる客も多かったという。2024年の売上は前年比1.2倍の5,400万円となった。生産がストップしていた一方でオンラインショップにも注文が殺到し,一部の商品について受注を見合わせることにもなった。

2. フェーズ2(2月下旬-)

その後,2月26日には,政府による被災地への支援キャンペーンである「北陸応援割」が,3月16日の北陸新幹線敦賀延伸に合わせて開始されることがアナウンスされた。「北陸応援割」は,(能登地域を除く)石川県・新潟県・富山県・福井県の4県で実施され,1人1泊あたり2万円を上限に宿泊料金の最大50%を国が補助する取り組みである。これに合わせて,県ではロゴマークに「行って応援」「旅して応援」「泊まって応援」といった県外を含むエリアからの来訪を促すパターンを追加した。このロゴマークは政府広報室の「北陸応援割」のホームページにも掲載された。

推計では,能登半島地震後,県内で約30万件の宿泊がキャンセルされたが,観光振興策によって持ち直した。JTB総合研究所は,観光面で地震による悪影響はそこまで出ていないと指摘している。ただし被害の甚大な能登地域は観光客の受け入れができる状態ではなかったため,この時の「北陸応援割」の対象外となった。その代わりに,奥能登の観光地が復興し観光客の受け入れが可能となった後に,改めて最大70%還元の観光振興策を実施するという政府の方針が発表された。またこの時期には,奥能登の被災地から加賀温泉などに広域避難している人々もおり,受け入れをするホテル・旅館との交渉や広域避難者への配慮も,県の観光部局が中心となって同時に進められた。

3月9日には,石川県のアンテナショップ「八重洲いしかわテラス」が東京でオープンした。オープン記念式典では,岸田首相(当時)や馳知事,石川県観光大使のプロレスラー武藤敬司氏などがテープカットに臨み,全国のメディアの注目が集まった。石川県の東京アンテナショップは以前銀座にあったが,北陸新幹線敦賀延伸に合わせて東京駅近の八重洲に移転することが決定し,能登半島地震以前からオープンに向けた準備が進められていた。

地震の発生を受けて,当初は予定されていなかった特設エリアとして,応援消費コーナーが急遽設置され,応援消費のロゴマークが掲出された。能登の復興を後押ししようと,輪島塗の製品や名産の塩を使ったクラフトビールなども揃えられたが,地震の影響で生産や出荷ができないものも多く,能登地方の商品は全体の10%ほどであった。移転前は全体の25%が能登地方の商品だったことから比べると少ないが,徐々に取り扱う能登地方の商品が増えることで,復興のバロメーターにもなると考えられた。オープンした週末は,開店前から多くの人々が店頭に並び,入場整理券を求める列が何重にもなった。

図2

八重洲いしかわテラスに掲出された応援消費のロゴマーク

出典:石川県提供

八重洲いしかわテラスはもとより,石川県の県産品で人気がある商品の一つはお酒である。奥能登でも元々多くの日本酒が作られていたが,震災によってほとんどの酒蔵が損壊し,酒造りができなくなった。この事態を受け,金沢以南の酒蔵が「石川の酒を守る」との思いから立ち上がり,奥能登の崩壊した酒蔵から救出した酒米を使用して金沢以南の酒蔵で醸造するという「共同醸造」が始まった。例えば,酒蔵,店舗,住居が全壊した能登町の鶴野酒造店は金沢市の福光屋の酒蔵で醸造を行い,両社の蔵人の全員が協働で作業にあたった。この共同醸造の取組みは県外の酒蔵にも広がった。能登町の松波酒造は,酒米3トンを運び出した。その一部を生酛(きもと)造りを得意とする群馬県川場村の土田酒造に持ち込み,一緒に醸した。このような「共同醸造酒」が応援消費の強力なブランド商品として人気を博した。

その他,震災前には予定されていなかった八重洲いしかわテラスでの企画の一つに,グレートマジンガー像の設置がある。この像は,輪島市にあった永井豪記念館に展示されていたものである。永井豪記念館は地震による火災で焼失してしまったものの,このグレートマジンガー像は奇跡的に火災の被害を免れた。能登の復興の象徴として,八重洲いしかわテラスに設置することとなった。テープカットには,輪島市出身で石川県の観光大使である永井豪氏も参加した。

3. フェーズ3(4月–)

4月以降,石川県はプロジェクトの幅を広げ県外にも浸透させるために,3つのアクションで更なる展開を図った。一つ目はPR動画の制作である。石川県出身の元プロ野球選手である松井秀喜氏,女子レスリング金メダリストの金城梨沙子氏,恒村友香子氏など石川県にゆかりのある7名の著名人を起用した15秒のショート動画が制作された。これら著名人への出演は,県の関係部署から依頼をし,無償での協力を得ることができた。この動画は,メディアや企業などの協力を得て,県内外のデジタルサイネージで放映され,全国ネットのTV広告枠やローカル枠でも放映された。また,東京ドームで4月29日に行われた「がんばろう石川デー(巨人-ヤクルト戦)」のバックスクリーンでの放映など,様々な復興関連イベントにおいても盛んに放映された。

二つ目はキャンペーンツールの充実である。イベントなどで使用できるロゴマークのポスターや,6つのロゴマークが並んだシールを数種類制作し,県が関係するイベントなどで配布したり,希望する団体や企業に提供することで,認知度の向上を図った。ポスターは,多くの企業マルシェや復興フェアで活用された。また,馳知事や多くの職員が,応援消費ロゴマークを名刺に印刷し,行く先々でプロジェクトをPRした。名刺交換した際の話題提供にもなるため,石川県庁以外でも,名刺にロゴマークを印刷する企業や組織も現れた。

三つ目は企業などとのコラボレーションである。応援消費おねがいプロジェクトは県の予算だけでは浸透に限りがあるため,開始当初からプロジェクトに共感してくれた組織や人々の力を借りて拡大するという戦略であった。様々な組織から,コラボレーションのオファーがあり,県はこれに柔軟に対応した。コラボレーションの内容に合わせて,ロゴマークの中のフレーズを修正できるという方針も整備し,新たなロゴマークも追加された。

7月には,歌手のMISIAの呼びかけで大物アーティストが多数出演するライブコンサートPeaceful Park 2024 for Notoが金沢で開催された。スポンサーとなったNTTドコモは応援消費おねがいプロジェクトに賛同し,会場前の大きなスペースで「応援消費マルシェ」を開催し,被災した輪島の事業者に呼びかけ,無償で出店スペースを提供した。プレスリリースなどでも応援消費おねがいプロジェクトが紹介され,会場内でもメインの看板などでロゴが掲出された。ドコモブースへの参加者には,このイベントのロゴと応援消費のロゴのフェイスペイントが行われ大好評だった。このコンサートの収益金の一部やDVDの売り上げから,3,500万円余りの義援金が石川県に寄付された。

日本郵便北陸支社も応援消費おねがいプロジェクトに積極的に参画した。中能登のかほく市以南から全国に発送するゆうパックにロゴマークのシールを貼るとともに,かほく市以南の郵便ポストにもこのシールを貼った。その後,11月には「#能登のために」のロゴをあしらった切手が入ったオリジナルフレーム切手も発売され,金沢駅周辺では2日間にわたり復興支援イベントが開催された。県ではこれらの動きに合わせ,「書いて応援」のロゴマークを新たに作成し,イベントなどで広く活用された。また,2025年の年賀状では,能登地区,宝達志水町以北の郵便局で年賀はがきを購入した人々に「能登応援ありがとうシール」がプレゼントされ,年賀状に貼って送ることで,能登への支援への感謝を伝える活動を展開した。

図3

「#能登のために」のロゴをあしらった切手

出典:石川県提供

メーカーや飲食店とのコラボレーションも活発化した。オイシックス・ラ・大地は被災を免れた調味料を使った炊き込みご飯の素を発売し,石川県のソウルフードとも言われる「8番ラーメン」を展開するハチバンは,蒸し能登かきの売上の一部を寄付した。キリンビバレッジは生茶のパッケージに応援消費のロゴマークのプリントを行い,中部圏で販売し1本当たり1円を寄付した。サントリーは応援消費のロゴマークが入った能登復興応援のビール6缶パックを北陸3県を中心に発売し,売上の一部を寄付した。同様に,高島屋や松屋,セブンイレブン・ジャパンといった小売店では,石川県にちなんだおせち料理を提供し,これらも売上の一部は寄付された。

首都圏のショッピングモールなどでの応援イベントも実施され,全国的な復興支援の機運を高めることに貢献した。ルミネでは9月にニュウマン新宿エキナカと新宿サザンテラスで,石川・能登の県産品を販売する復興支援フェアを開催した。このフェアには石川県も後援し,被災地の状況を伝える写真展も同時に開催された。東京都庁の食堂では,8月上旬から石川産のガスエビや鰤を使った「能登海鮮重」が提供された。来庁者や職員の行列ができていたという。東京都から石川県には事前に連絡があり,食堂には応援消費のロゴマークも掲出された。また,小池知事は馳知事とは衆議院議員時代から旧知の仲であり,関東地方知事会議においても「応援消費おねがいプロジェクト」や「八重洲いしかわテラス」のPRを行った。大阪では,KITTE大阪で復興フェアが行われ,能登棚田米のおにぎりが無料配布された。

農水省も漁業などの再開に向けて,隆起した海底の土砂を掘り下げるしゅんせつ工事や,船底が海底についた漁船を移送する作業を進めていった。輪島港は被災により漁ができなくなっており,サザエやアワビにも被害が出た。1月から4月の漁獲量は県全域で前年同期比24%減,能登の北部5市町で39%減となっていた。

さらにイタリアの客船大手コスタクルーズが提供する日本海周遊クルーズに合わせ,被災地の事業者が船内に乗り込み,被災当時の様子や復興情報を紹介するとともに,金沢港クルーズターミナルで商品を販売した。金沢港は日本海側で最もクルーズ船が寄港する港であり,クルーズ船の来航に合わせ,地酒や伝統工芸をアピールした。来シーズンは「今行ける能登」の旅行商品の造成を船会社や旅行会社に働きかけるという。海外に向けては,上川外相(当時)も各国の要人との会談に際して輪島塗を土産として贈った。

こうした様々な活動を踏まえつつ,石川県は,6月補正予算案に応援消費拡大に向けたイベントの開催費用などを盛り込んだ。県議会などでも引き続き応援消費の機運を醸成していくことが確認された。生鮮,加工品などの食品は,消費者向けと小売・飲食店向けの2本柱で県内外にPRする。輪島塗や珠洲焼などの伝統工芸品に特化した催しも開催する。さらに再建に長期間を要する被災事業者の資金繰り支援には融資枠50億円が設定された。この時期,七尾以北6市町の宿泊施設約300ヶ所のうち100ヶ所が営業を再開していた。復旧支援者やボランティアが主な利用者であった。

4. 能登半島地震から一年後

2025年の元日は,能登半島地震の発生から一年の節目であり,輪島市で開催された追悼式典には石破首相,岸田前首相も参列し,マスメディアの能登に対する注目が再び高まった。年末年始には,TV各局で特集が組まれ,新聞紙上でも復旧・復興の様子が大きく取り上げられた。戦略広報課では,注目が高まるこの時期を,全国に向けた発信に適したタイミングであると同時に,それまでの1年間の能登への支援に対する感謝の気持ちを発信するタイミングであると認識し,全国紙での15段広告を企画した。県の予算では実現は困難であったが,読売新聞,博報堂の他,趣旨に協賛してくれた企業の協力を得て,2月4日に読売新聞において,「応援消費おねがいプロジェクトの開始から1年」と題して,県民からの感謝の声を掲載したカラー15段広告を出稿した。

プロジェクト開始から2025年1月までの1年間で,応援消費ロゴマークの直接的なダウンロード数は38,058件に達した。徐々に減ってはいったものの,9月に発生した奥能登豪雨後に再び増加した。当初から自由に活用してもらうことで活動を広げるという方針であったことから,実際にどれだけロゴマークなどが掲出されたかは把握していない。

図4

応援消費ロゴマークのダウンロード数の推移

出典:石川県提供

ロゴマークのフレーズも,コラボレーション企画に合わせて増やし,日本郵便の「書いて応援」の他にも,2025年6月に日本で初めて開催される世界最高峰のトレイルランニングレースUTMBシリーズの大会では「走って応援」,講談社のチャリティ企画小説では「読んで応援」などの新たなロゴが作成された。

「読んで応援」に関連して,講談社は独自に能登半島地震支援の物語集「あえのがたり」を製作して販売した。今村翔吾,小川哲,加藤シゲアキの3名が呼びかけ人となり,朝井リョウ,麻布競馬場,荒木あかねなど,計10名の人気作家が参加する企画であった。制作過程を追ったドキュメンタリー「かたりごと―Document of『あえのがたり』」も,発売日から講談社のYouTubeチャンネルで配信され,話題となった。著者の印税相当額と出版社の売上利益相当額は能登の復興支援のために寄付された。講談社は書店でのPOPツールとして,「読んで応援」のロゴマークを配布し,全国の書店で使用された。

国内の外国人や海外向けのロゴマークのリクエストにも応え,「Shop to Support」というフレーズのロゴマークも作成した。この英語版ロゴはシンガポールなどの海外の復興応援フェアなどでも活用された他,その後,更に派生して「Ship to Support」というフレーズで海上自衛隊護衛艦「かが」でも掲出されることになった。

実際の活用実態は把握されていないため,このプロジェクトの経済効果や広告効果は算出することができないが,様々なメディアや企業の協力により実現した広告媒体での露出だけでも,令和6年度までに広告換算額で2億円以上に上る。前述の石川県の令和6年度の同プロジェクトの広報予算は800万円であった。

定量的な効果測定の代替として,戦略広報課では2024年8月に,応援消費おねがいプロジェクトに協力した企業98社を対象としたアンケート調査を実施した。この調査結果として,「ロゴマークに関心を持つ客がいた」との回答が36%,「ロゴマークについて客と会話したことがある」が13%,「来店客数に影響があった」が20%であった。「ロゴを掲示した商品の売上が増えた」「能登の商品だから応援したい」といったコメントも寄せられており,消費行動に影響を与えていたことが確認できる。同時に,そこで働く販売員の士気向上にも貢献したとも言うことができる。

開業から1年が経った八重洲いしかわテラスは,銀座にあった旧店舗と比べて,売上高が増加した。1日平均の売上高は2.5倍の130万円,1日当たりの来場者数は1.9倍の1,250人となった。1年間で売上高が4億5千万円に達し,44万人が来場した。能登の商品の割合も,開店当時の10%から30%程度まで上昇し,人気となっている。

応援消費は単なる一時的な支援ではなく,長期的な産業復興の基盤となり得る手法である。応援消費という言葉も一般に浸透している。とはいえ,震災から時間が経つにつれ,ロゴマークの利用やメディアの露出は徐々に減少していくことが予想される。前述の通り,2024年の年末から2025年の年始には能登に関する報道が集中したが,東日本大震災でさえも発災から数年が経つと,関連報道の減少と年に一度だけ3月に報道集中傾向が見られた。この現象は3月ジャーナリズムと呼ばれる。能登半島地震でも,今後は,毎年1月に報道が集中し,報道量自体は減少することが予想されるため,メディアや国民の関心レベルを維持するための風化防止対策が最大の課題となる。石川県では,応援消費おねがいプロジェクトの対象を,更に幅広い支援行動に広げ,引き続き支援活動を呼びかけていく。

IV. 今後の展開と応援消費の可能性

被災地支援として応援消費をいつまでも求め続けることはできない。今後の目標の一つは,これまで石川県に関わってくれた人々とのつながりを継続的に強めていくことである。いわゆる関係人口の拡大がその鍵を握る。関係人口は,移住や定住に至らないものの,地域と多様なかたちで継続的な関わりを持つ人々を指す。応援消費はその一つの入り口として捉えられた。ブランド総合研究所が公表した「関係人口の意識調査2024」によると,石川県の関係人口は前年比で約20倍増の1,831万人に達し,47都道府県の中で最も多い。2位の北海道の591万人と比較しても突出した数字であり,能登半島地震がもたらした社会的影響の大きさを示している。この調査における関係人口は,各都道府県の出身者(非居住者)と応援者(居住者および出身者を除いた都道府県で「応援したい」と思っている人)の両方が含まれており,能登半島地震をきっかけにボランティアやふるさと納税,観光などの応援消費によって増加した関係人口が顕在化したものであると考えられる。特に関東圏からの応援意欲が高く,都市部と地方を結ぶ新しい関係が形成されつつある。

石川県は全国に先駆けて,「関係人口登録システム」を構築すると発表し,2025年度の当初予算案に2千万円を計上,2025年度中に稼働させる予定である。応援消費を通じて一時的に増加した関係人口を,定期的な産品購入やリピート訪問,さらには地域での副業・ボランティア・2拠点居住など,多様な形の中長期的な関わりに発展させられるかが試されている。

震災を通じて,戦略広報課の重要性は大きくなっている。冒頭に述べたように,石川県の戦略広報課は,2023年に新たに設置された部局である。それまで,広報やプロモーションを統合的に取り扱う部署は存在していなかった。その取り組みは容易ではなかったが,徐々に文字通り戦略的な広報ができるようになりつつある。応援消費おねがいプロジェクトは,震災を契機とした施策ではあるが,その戦略的な運用とメディア展開により,応援消費そのものを「ブランド化」した全国初の公共事例であり,ソーシャル・マーケティングの成果と位置付けることもできる。特に視覚的に訴求力のあるロゴマークの制作と活用は,発災後の情報発信のフェーズに応じて柔軟に拡張され,応援消費の認知を高める上で中心的な役割を果たした。当初は県外からの人の受け入れが難しい状況にあったため,「買って応援」「食べて応援」「飲んで応援」と県産品の消費喚起が主だったものが,県外からの人の受け入れが始まるタイミングに合わせて,「行って応援」「旅して応援」「泊まって応援」と主に観光による消費喚起に移行し,その後は「走って応援」「読んで応援」などコラボレーション企画に応じたフレーズが追加された。こうした展開により,ロゴマークは対象や媒体に応じて多様な応援を可能にするプラットフォームとして機能した。応援消費お願いプロジェクトの一連のロゴマークは,公共組織による危機対応から復興までの戦略的な広報の中核を担うシンボルであったと言える。

災害復興における応援消費は,人々に消費する正当性を与えるという点で重要な役割を担っている。特に災害発生直後には,社会全体に自粛ムードが広がり,人々が娯楽や旅行,外食などの支出を控える傾向が顕著になる。その結果,被災地域の経済活動の停滞を引き起こすだけでなく,被災地との関わりの機会そのものを遠ざけてしまう。実際,石川県では震災後,比較的被害の少なかった地域においてもイベント中止や旅行のキャンセルが相次ぎ,地域経済に深刻な影響を及ぼした。こうした状況において,行政が「消費が被災地支援になる」「被災地を旅することが応援になる」というメッセージを発信することは,人々の消費に対する罪悪感をやわらげ,「消費することが社会貢献である」という新しい規範意識を作り出し,人々の消費行動を促すと考えられる。つまり応援消費は,災害発生後の消費行動に倫理的・社会的な意義を付与する枠組みとして機能し,人々の消費を通じた被災地経済の回復を後押しする一つの手段となりうる。

日本は世界有数の災害多発国であり,今後も発災後の地域社会における早期の復興が求められる。本稿で考察した応援消費おねがいプロジェクトは,災害復興過程において公共組織が主導する応援消費が,いかにして市民の自発的な消費行動と社会的な応援を促進するかを示す一事例である。応援消費を通じて生み出される,人々の被災地との新たな関係性は,関係人口論とも接続しさらなる発展可能性を持っている。応援消費は,今後の復興政策においてますます重要になるだろう。

References

會澤 裕貴(あいざわ ゆたか)

株式会社PoliPoliの寄付基金Policy Fundディレクター。修士(経営学,工学)。新潟大学大学院自然科学研究科,東京都立大学大学院経営学研究科経営学プログラム(MBA)修了。NPO法人のファンドレイザー等を経て,現職。

中塚 健也(なかつか けんや)

石川県 戦略広報監。東京大学法学部卒業。The Fuqua School of Business, Duke University, MBA。NTT America, Inc, Senior Vice President,(株)NTTアド取締役を経て現職。

水越 康介(みずこし こうすけ)

東京都立大学経済経営学部教授。神戸大学経営学部卒業。神戸大学大学院経営学研究科修了,博士(商学)。専門はデジタル・マーケティングやソーシャル・マーケティングなど。

 
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