マーケティングレビュー
Online ISSN : 2435-0443
査読論文
プロ野球ファンのロイヤルティ形成に関する因果モデルの構築
― 広島東洋カープ,横浜DeNAベイスターズ,読売ジャイアンツの比較事例研究 ―
田中 江里華
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2021 年 2 巻 1 号 p. 3-12

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Abstract

日本におけるスポーツビジネスの発展は重要な課題であり,野球単体で黒字化が難しいプロ野球業界では近年マーケティングの活用が進められてきた。一方で,広島東洋カープは12球団中唯一親会社を持たず45年間黒字を継続している。本研究は,その長期的競争優位の因果構造を,JCSIの枠組みを用いてロイヤルティ形成という視点から考察する。読売ジャイアンツ,横浜DeNAベイスターズを比較対象とし,因子分析と共分散構造分析で定量的に研究した。その結果,各ファンが評価する球場体験,球場サービスの便益の違いが浮き彫りになり,カープファンは観戦を通したファン同士の繋がりと自己実現を評価し,成績に左右されない顧客満足が実現できている事がわかった。さらに,三球団に共通して試合に関する要素が顧客満足やロイヤルティに強く影響する一方,試合と関連の低い球場体験は顧客満足に影響すると言いきれない事と,ロイヤルティが同化意向,協力的行動に影響している因果構造が明らかとなった。顧客の求める価値を理解し,主観的・客観的な便益を強化することが,企業と顧客の高次で長期的な関係性に寄与すると示唆された。

Translated Abstract

In this study, the causal structure of loyalty formation in sport relationship marketing was analyzed to gain insights into long-term competitive advantage. A Japanese professional baseball team, Hiroshima Toyo Carp, has been successful in establishing strong customer loyalty and profitability for 45 years independently without a parent company. Based on customer satisfaction index and service quality review approaches, a comparative quantitative survey was conducted for Hiroshima Toyo Carp and two other teams. First, a factor analysis indicated a difference in evaluation of service quality at each stadium and the value proposition for each team. Carp fans had an internal connection with other fans and self-actualization through watching a game, enabling strong customer satisfaction regardless of winning or losing. Second, a covariance structure analysis showed that, for all three teams, factors related to the game strongly affected customer satisfaction and loyalty, whereas stadium experience factors that were less related to the game did not necessarily affect these items. Furthermore, in the results for all teams, customer satisfaction and loyalty led to assimilation and cooperative intention. An implication of this study is that it is important to understand the value required by customers and strengthen subjective and objective benefits, which contribute to a deep and lasting relationship between companies and customers. We conclude by identifying future research based on fans of other teams or market segmentations.

I. はじめに

1. 問題意識と研究の背景

近年,日本におけるスポーツ産業は縮小傾向にあり,政府が2016年に策定した日本再興戦略において,2025年迄に現在の5兆円から3倍の15兆円市場に成長させるという目標が掲げられている1)。日本のスポーツビジネスが欧米のように発展してこなかった理由の一つに,マネジメントの違いがある。日本のプロ野球はオーナーシップ・スポンサーシップ・マネジメント一体型で運営されてきたが黒字化が難しく,親会社の支援を前提とした体質が2000年頃から問題視され,業界再編とマーケティング手法が積極的に取り入れられるようになった。一方で,アメリカの「4大プロスポーツ」では各機能が独立し(図1),チケットや会場のエンタテイメント性を高め高収益化への工夫が行われている。連盟全体が収益を管理し,地域別のチーム間格差を是正するために収益を分配することで,リーグ全体が繁栄する仕組みが整っている。

図1

球団マネジメント 日欧米の比較

出典:Fukuda(2011)をベースに筆者作成

本研究で着目した広島東洋カープ(以下,カープと称す)は,日本のプロ野球12球団中唯一親会社を持たない。2009年新設のスタジアムは動員に貢献しており,開場した年は売上が71億円から117億円となり,その後も右肩上がりに伸びている(図2)。2016年から3年連続でリーグ優勝を果たした事も動員の増加に寄与したと考えられる。2019年は四連覇を逃し,売上高は前年比減収となった2)が,黒字経営は変わらず45年間継続している。VIP個室やパーティー席,砂かぶり席,寝ころび席など観客のニーズに合わせた多様な観戦席をはじめ,段差の無いコンコースなどエンタテイメント性溢れる球場デザインや,独特の経営手法が参考にされている。

図2

広島東洋カープの過去12年の売上高

出典:Itou(2017)The Chugoku Shimbun(2020)をベースに筆者作成

2. 先行研究と本研究の意義

プロ野球ファンのロイヤルティに関する研究には,12球団のサービス品質,顧客満足度,ロイヤルティの因果関係を調査した研究(Suzuki, 2020)や,チームに対するロイヤルティと満足度に関する研究(Takahashi & Suzuki, 2005)がある。試合成績が満足度に非常に大きな影響を与える一方,球場サービスやアクセスの良さ,地域密着化が観客数の増加や安定した経営に有効と指摘している。一方で球場でのどのような主観的・客観的価値が満足度やロイヤルティに繋がるかは今後の調査課題となっている。本研究の価値は,プロ野球ビジネスの収益の柱であるスタジアム来場に伴う客観的な球場サービスや主観的な観戦の便益をファンがどう評価しているかを明らかにし,顧客満足とロイヤルティの因果モデルを構築する点にある。球場サービスに対する評価の考察については,サービス産業における企業ごとに異なる知覚品質の顧客評価を因子分析によって明らかにしたSuzuki and Miyata(2002)の研究を適用した。因果モデルの構築についてはSuzuki(2020)の先行研究をベースに,スタジアム来場時の客観的・主観的便益の項目を追加し考察している。学術的にはスポーツマーケティング,リレーションシップ・マーケティングへの考察,実務的にはスポーツビジネスのみならず,サービス産業に応用できる長期的顧客ロイヤルティと競争優位の確立という経営課題に貢献できるインプリケーションがあると考える。

II. 仮説の立案と検証方法

ロイヤルティ形成に関する因果モデルを構築するにあたり,調査対象は黒字経営を続けるカープに焦点を当てた。提示する仮説と考察は下記の通りである。

まず,新スタジアムのバラエティに溢れる観客席,球団グッズ,飲食サービス,コンコースでのファミリー向けイベントなどエンタテイメント性高い球場サービスが高く評価されているという予想から,カープファンは試合と関連の低い球場体験への評価が高い(H1)と考える。さらに試合周辺の球場サービスだけでなく,熱狂的な観戦を通して観戦体験に満足し,強いロイヤルティが形成されているという予想から,他の球団のファンと比べて,試合成績より観戦体験を重視し(H2),観戦体験から一体感の便益をより強く受けている(H3)のではないだろうか。観戦に欠かせない応援グッズの充実は経営側がコントロールできる変数として重点的に取り組んでいる事からカープファンは球団グッズを通して自己表現という便益をより強く感じている(H4)と考える。

以上のように,プロ野球のコアコンテンツである試合の勝敗や選手だけでなく,観戦体験,球場体験,グッズなど周辺サービスの評価まで総合的に顧客満足に影響しているためカープファンの顧客満足度は野球観戦に対する全体的な品質評価から影響を受けている(H5)と予想する。

さらに,近年話題となった「カープ女子」がユニフォームを着て応援する様子がInstagramやFacebookに投稿され,ファンコミュニティが広がっているという予想から,カープファンはソーシャルメディアへの関与度が高い(H6)と考える。最後に,相対的にファンのロイヤルティが高いという予想から,球団・ファンに対する協力的行動意向が高く(H7),チーム・ファン同士の同化意向が高い(H8)。つまり選手や球団,地域に対するコミットメントがより強い(H9)。そのロイヤルティの強さから,カープファンの試合評価は顧客満足度・ロイヤルティに因果関係の影響を与えない(H10)と考える。

H1は試合と関連の低い球場体験に関する客観的サービスに対する便益,H2, 3, 4は主観的な観戦体験の便益,H5は球場体験と観戦体験の総合的な便益,H6, 7, 8, 9, 10はロイヤルティに関する仮説である。書籍,記事,実地調査,先行研究から以上の仮説とそれらを検証するための因果モデル(図3)を設定し,質問票を5件法で作成した。質問項目はSuzuki(2020)のACSIに基づく顧客満足度アプローチとJCSIモデルをベースに,スタジアム来場時の客観的・主観的便益の項目を追加して作成した。独立変数は球団やチームに対する評価・認識に関する質問27項目,従属変数はロイヤルティの強さを測る質問34項目,合わせてファンクラブ加入状況,応援年数,観戦動機,WTP(willingness to pay:支払意志額)等属性に関する質問17項目を設定した。カープの競争優位性を明らかにするため,読売ジャイアンツ(以下,ジャイアンツ)と横浜DeNAベイスターズ(以下,ベイスターズ)を比較対象とし,年二回以上応援に行くロイヤルティの高いファンを調査対象とした。サーベイは楽天インサイト株式会社を通して2019年11月に実施し,全国から各球団200人,計600の有効回答数を得た。そして,IBM SPSS Statistics version26を用いた因子分析,AMOS version25を用いた共分散構造分析で品質評価とロイヤルティ形成の構造を分析した。

図3

検証する仮説モデルと各因子を構成する尺度の概要

III. 結果

1. 因子分析

(1) 三球団のファンが求める便益の違い

まず独立変数を使った探索的因子分析により,観戦前の期待,球場体験・観戦体験・選手・グッズ・試合などの全体的な品質評価,コストパフォーマンスに対するファンの評価を分析した結果,球団ごとにファンが評価している便益の種類が異なるという示唆を得た。カープはファン同士の一体感と自己実現(表1),ベイスターズは球場体験の総合的な満足感,ジャイアンツは選手と試合のクオリティが第一因子として確認できた。つまり各球団のファンが球団・球場のサービス品質をどのように評価しているかが明確になった。この結果を根拠に下記の仮説1~4を検証している。

表1

広島東洋カープの探索的因子分析結果

注)因子負荷量0.45以上のみ記載。

因子抽出法:最尤法

回転法:Kaiserの正規化を伴うプロマックス法

9回の反復で回転が収束しました。

(2) 仮説1~4の検証結果と解釈

因子分析の結果,試合以外の球場体験の要素の中でも,試合観戦と親和性の高い観客席や応援グッズで構成される「観戦と関連の高い周辺サービス」がカープファンの場合第二因子であった。それに対し,観戦と関連の低い飲食サービスや娯楽施設イベントの観測変数は因子負荷量が低く,観戦体験ほど強い影響を与えていないと解釈できる。一方で,ベイスターズファンの第一因子は,球場設備・店舗・応対に関連する「球場体験の総合的な満足感」である事が確認された。そのため試合と関連の低い周辺サービスに対する評価はカープファンより強いと推察できる(H1を棄却)。

次に「ファン同士の一体感と自己実現」がカープファンの球団に対する品質評価を構成する第一因子で,「応援歌や掛け声を通して,ファン同士の一体感を感じる」という変数の因子負荷量が最も高かった。その為試合成績より観戦体験から影響を受けている傾向にあり,一体感の便益はカープファンが一番評価していると言える。一方,ジャイアンツは「選手と試合のクオリティ」を構成する観測変数群が第一因子であったため,試合成績より観戦体験を重視しているとは言えないと解釈できる。ベイスターズは,第一因子が「球場体験の総合的な満足感」で,特に試合や設備,店舗,応対への品質対価格満足のコストパフォーマンスに関する尺度の因子負荷量が高く,観戦体験やファンの一体感より総合的な球場体験を重視していると解釈できる(H2,H3を支持)。

最後にカープファンの「球団グッズの所有を通して自己表現ができている」という観測変数は,第一因子「ファン同士の一体感と自己実現」を構成する尺度であり,因子負荷量も0.69という高さであったため,一番強い影響を与えていると解釈できる。それに対し,クッズを通した自己表現は,ジャイアンツは第二因子,ベイスターズは第三因子を構成する尺度であったため,カープファンが三球団のうち相対的に最も強く影響されていると解釈することが出来る(H4を支持)。

2. 共分散構造分析

(1) ロイヤルティ形成における因果モデルの検証

次に共分散構造分析を用いてロイヤルティ形成の因果関係を検証する。まず全球団のデータをもとに三球団統一モデルで検証した(図4)。適合度はGFIが0.9未満だが,本研究は観測変数が60個以上である為,説明力が無いとは判断できない事,さらにRMSEAは適合指標とされる0.05以下に近い事から,妥当な結果と判断した。

図4

顧客満足とロイヤルティの構造(三球団統一モデル)

適合度指標 n=600, GFI=.644, AGFI=.62, CFI=.739, RMSEA=.064

注)図中のパス係数は標準化係数を表す。

有意なパスのみ記載。*** 0.1%水準,** 1%水準,* 5%水準で有意。

観測変数,誤差変数は省略。

次に三球団別のデータを用いた分析結果を表2に示す。三球団に共通して,顧客期待から知覚品質,知覚品質から知覚価値,顧客満足からロイヤルティ,ロイヤルティから再購買意向,推奨意向,協力的行動,同化意向への影響があるという事が確認できた。しかし,知覚品質から顧客満足と知覚価値から顧客満足のパス係数は,5%水準で有意ではなく,野球観戦・球場体験の全体的な品質評価やチケット・球場サービスのコストパフォーマンスは顧客満足に影響を与えるとは言いきれない事がわかった。さらに,顧客満足やロイヤルティと顧客属性やWTPの有意な関係性は確認できなかった。球団による違いが鮮明に出たのは,カープの顧客期待は知覚価値と顧客満足への影響が有意で無かった一方,球場体験の総合的な満足感を評価しているベイスターズは顧客期待から知覚価値,顧客満足への影響が有意であった点,選手と試合のクオリティを重視しているジャイアンツファンは期待から満足への影響が高水準で有意であった事である。以上の共分散構造分析の結果をもとに,仮説5~10の検証結果を導いている。

表2

顧客満足とロイヤルティの構造モデル 三球団の比較

注)パス係数が空欄の箇所は5%水準で有意ではないことを表す。

*** 0.1%水準,** 1%水準,* 5%水準で有意。

(2) 仮説5~10の検証結果

まず共分散構造分析の結果,観戦体験・観戦以外の体験を含む全体的な品質評価から顧客満足へのパスは三チーム共通モデルでは1%水準で有意となったものの,チーム別の分析では全ての球団において5%水準で有意とならなかった(表2)ため,全てのチームにおいて全体的なサービス品質の評価は顧客満足に影響を与えているとは言い切れない事がわかった(H5を棄却)。

次にロイヤルティから推奨意向(対人口コミ・ソーシャルメディア)へのパス係数の有意確率は,ジャイアンツの0.1%水準に対し,カープは1%水準である(表2)事と,ソーシャルメディア(Facebook, Twitter, Instagram)に関する観測変数とロイヤルティの相関係数が,カープはベイスターズと共に有意ではなかった事を根拠とした。カープファンはインターネットより対人口コミ意向の方が平均値は高く(WOM4.16, e-WOM2.09),球場でのファン同士の一体感に価値を感じていると解釈できる(H6を棄却)。

ロイヤルティ因子から協力的行動因子,同化因子への関係は,全球団0.1%水準で有意を示した(表2)が,因子を構成する観測変数の平均はカープが最も高く(協力的行動:カープ3.56,ベイスターズ3.2,ジャイアンツ3.14,同化:カープ3.68,ベイスターズ3.26,ジャイアンツ3.21),t検定でこの差は0.1%水準で有意であった為,相対的にカープが最も高いと解釈した(H7,H8を支持)。

ロイヤルティ因子を構成する観測変数の平均はカープが最も高く(カープ4.22,ベイスターズ3.89,ジャイアンツ3.63),t検定でこの差は0.1%水準で有意であった為,相対的にカープが最も高いと解釈した。さらに共分散構造分析から得られたロイヤルティ因子の重相関係数の平方(決定係数)はカープ0.904,ジャイアンツ0.846,ベイスターズ0.838となり,カープが最も高くなった。そのため,ロイヤルティという内生変数が,選手や球団,地域に対するコミットメントの観測変数によって90%説明される事がわかり,その割合が相対的に高い傾向が明らかとなった(H9を支持)。

最後に,試合評価に関する三つの観測変数「観戦前の試合の勝敗への期待」「過去一年間の試合成績の評価」「過去一年間の観戦試合の内容への評価」を選択し,顧客満足とロイヤルティとの因果関係を明らかにするため,重回帰分析を行った。その結果,三球団とも勝敗への期待や試合の質は顧客満足とロイヤルティに影響するとわかった。決定係数R2が0.46~0.53である事からも,三球団に共通して試合の要素が顧客満足に強く影響すると明らかになった。しかし,カープのみ試合成績の評価は顧客満足とロイヤルティに影響するとは言いきれない結果となった(表3)。この結果からH10は一部支持で,カープは勝敗に左右されない経営戦略が実現できているといえる。

表3

試合評価と顧客満足度・ロイヤルティの重回帰分析結果

IV. 結論と考察

1. 総合的な結論

サービス品質評価に関する因子分析とロイヤルティ形成の因果モデルに関する共分散構造分析の仮説検証から以下5点を結論として挙げる。

(1) 顧客満足は経営側でコントロール出来ない試合からの影響を強く受けている

試合以外の球場体験を含む全体の品質評価から顧客満足への影響が三球団とも5%水準で有意でなかった一方,試合に関する観測変数(勝敗への期待,試合の質・試合成績への評価)から顧客満足の影響が,一部の例外を除き有意となった為である。この事から,プロ野球ビジネスのロイヤルティ形成において,経営側がコントロール出来る変数によって確実に顧客満足度を上げることが難しく,勝敗・試合の質といったコアプロダクトとしての試合自体の競争力を高めていく努力が必須であると言える。

(2) 試合以外の周辺サービスは観戦の便益を高めるための補助的な位置づけと考えるべき

試合以外の要素はコアプロダクトとしての野球の便益を相乗効果としてより強めるための位置付けとし,その便益を高める努力が必要であるといえる。試合と関連の高いサービス,試合と関連の低いサービス全てを含む知覚品質因子から顧客満足へのパスが,H5における球団別の分析では5%水準で有意ではなかった。しかし,探索的因子分析の結果を鑑みると,応援グッズや独自性のある座席など観戦と親和性の高い要素は,芯となる野球観戦の便益を高める効用をもつと考える。知覚品質は,試合の質,観戦体験,選手,グッズ,球場の設備や店舗・応対,飲食以外の娯楽施設,チケットの要素で構成される。試合の質,観戦体験,選手といったコアプロダクトだけでなく,試合と関連性の高い周辺サービスを強化する事は経営の安定に有効であるといえる。

(3) ファンのサービス品質評価はチームによって異なる

全体的なサービス品質評価を構成する観測変数の探索的因子分析からこの結果が得られた。この事から,同じスポーツビジネスでも,チームによって顧客の品質評価が全く異なると言える。三球団の違いとして,カープは「観戦体験を通してファンの一体感と自己実現が得られる」,ベイスターズは「球場体験の総合的な満足感がある」,ジャイアンツは「選手と試合のクオリティが高い」というファンの評価により,ロイヤルティが高められている。球団の経営戦略として,ファンが野球観戦とその周辺サービスからどのようなベネフィットを感じているか理解を深め,ロイヤルティを高める要因に効果的に影響するよう施策を計画する事が重要であると言える。

(4) ロイヤルティは協力的意向・同化意向に影響している

本研究では,球団と顧客との強固な関係性である協力的行動や同化意向はロイヤルティとの正の相関である関係性が0.1%水準で有意であった。この強い関係性を強化していくことが,チーム・球団の長期的な競争優位性に寄与するといえる。

(5) カープの競争優位の源泉は,観戦を通したファン同士の一体感と自己実現,試合成績の評価に左右されない顧客満足度にある

最後に,本研究で検証した広島カープの独自の競争優位性で明らかになった事は,観戦を通した一体感と自己実現の便益をファンが強く感じている事で,試合成績に左右されない顧客満足が実現できており,成功しているグッズ戦略がその実現をサポートしていると解釈できる。一方で,ソーシャルメディアを活用したマーケティングについては今後カープが取り組むべき課題と言える。

プロ野球ビジネスの顧客満足はコントロールできない試合に強く影響を受けており,客観的な周辺サービスだけで顧客満足を確実に高めることは難しい。チーム毎に異なるファンの求める価値を理解し,球団グッズや観戦席,飲食など試合と関連の高いサービスと観戦価値を組み合わせて主観的な観戦体験の便益を最大化するよう顧客体験をデザインすることが有益であり,チームとファンの長期的で高次な関係性や高い生産性に貢献すると考える。

2. 外的妥当性の検討,サービス産業へのインプリケーション

外的妥当性の検討として,プロ野球に限らず,特にスタジアム応援型のプロスポーツビジネスに本研究の結論は応用できると考える。スポーツビジネスおける重要なポイントは,「予測の出来ない勝敗」を提供する特殊な領域であり,顧客ロイヤルティを維持・向上させるためには,ファンの求める便益を理解した上で,観戦体験をより楽しませるための周辺サービスを充実させ,有形性と無形性のサービスを組み合わせたハイブリッドな顧客経験を提供することが必要であるといえる。スポーツビジネスに限らず,サービス産業においても,企業と顧客の強いファンコミュニティ醸成を通した長期的な競争優位性の確立という視点で,応用できるインプリケーションがあると考える。企業がロイヤルティの高い顧客を創造するために活用すべき経営資源は,図5の通りであると考える。

図5

企業が強化するべき経営資源としてのプロダクトの層

プロ野球でいう野球といったコアプロダクト(試合や選手といった野球コンテンツ,観戦体験)を強化することと,その周辺要素としてコアプロダクトとの親和性が高い周辺サービス(観戦席や応援グッズ),その次にコアプロダクトとの親和性が低いサービス(飲食サービスやコンコースでのイベント),さらに現在はまだ活用できていないが今後さらに活用するべき領域(ソーシャルメディア,デジタルコンテンツ)であると考える。その優先順位は,業界での競争ポジションと自社の顧客の便益を理解した上で,上記の順にその便益を強化していくべきである。顧客の求める価値を理解した上での主観的・客観的な便益の強化が,企業への協力活動,同化意向を伴う高次で長期的な関係性の構築に寄与する。そしてその強固な関係性の構築こそが企業の長期的な競争優位性に寄与すると言うことができる。

3. 本研究の限界と今後の課題

本研究はロイヤルティ形成のモデル構造を構築するために確認的・探索的因子分析,共分散構造分析を用いて検証してきた。最後に,本研究の限界と今後の研究課題を述べる。第一に分析対象が三球団に限定されている事。本研究の結論がプロ野球ファン全体で言えるか,他球団との違いを比較検証した際にどのような結果となるか,今後はより広範囲な球団を対象にした考察が必要である。第二に分析手法に関する限界である。カープファンを中心にチーム毎の違いを検証したが,共分散構造分析は異なる母集団の横比較が統計的な有意性という判断基準でしか明確に出来なかった。補足として本研究ではt検定や相関係数を用いたが,多母集団同時分析という方法を用いれば異なる母集団間のパス係数の違いを比較することができるため,最適な分析手法を用いてさらなる考察が有用であると言える。第三に,顧客属性による違いが考察出来ていない事。本研究では,顧客属性やWTPと顧客満足,ロイヤルティの有意な関係性は確認出来なかった。しかし,性別,年代,応援年数によるロイヤルティ形成構造の違いは少なからずあると思われる。顧客層をセグメンテーションしターゲットごとに戦略を実行するという実務へのインプリケーションを得るためにも,属性によるロイヤルティ構造の違いは今後明らかにしていく必要がある。

謝辞

本論文の作成にあたり,早稲田大学大学院経営管理研究科の内田和成教授,川上智子教授,菅野寛教授の御指導をいただきました。清水たくみ准教授,青山学院大学の黒岩健一郎教授,調査対象企業のご担当者様にも御助言をいただき深く感謝申し上げます。そしてマーケティングレビューのシニアエディターの皆様,マーケティングカンファレンス2020オーラルペーパー査読者の皆様からは改稿のための貴重な意見をいただきました。ここに記して感謝を申し上げます。

References
 
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