本研究の目的は,西洋的な近代合理主義から捨象された幸福やウェルビーイングの側面および消費の側面を取り入れた新たな主観的ウェルビーイングの測定尺度を開発することにある。本研究では,はじめにブリコラージュ,エンジニアリング,セレンディピティ,リーンの4つの観点からなる概念モデルを提案した。次にこの概念モデルに基づき尺度項目の開発を行った。開発された尺度には「消費における主観的ウェルビーイング4類型尺度(SWB-QSIC)」と名付けた。最後に,SWB-QSICと主要な既存の主観的ウェルビーイング尺度であるDiener, Emmons, Larsen, and Griffin(1985)の開発した人生満足度尺度(SWLS)との関連,ならびに,実際の消費者行動として余暇活動の頻度との関連を吟味した。これにより,北米を中心とした主観的ウェルビーイング研究を翻訳して使用することの多い我が国のマーケティング研究の流れに対して,新たな視座を提供した。
The purpose of this study is to develop a new way of measuring subjective well-being, incorporating 1) aspects of happiness and well-being that have been discarded in the West due to development of modern rationalism, and 2) aspects of consumption. After defining a conceptual model consisting of four perspectives: bricolage, engineering, serendipity, and lean, we developed the Subjective Well-Being Quaternary Scale in Consumption (SWB-QSIC), based on the model. We then examined the relationship between the SWB-QSIC and a major subjective well-being scale, the Satisfaction With Life Scale (SWLS), developed by Diener, Emmons, Larsen and Griffin (1985). We also examined the relationship between the SWB-QSIC and the frequency of leisure time activities, as an actual consumer behavior. Our results may provide a different perspective to the current trend of marketing studies in Japan, which often follow the trends of subjective well-being studies in North America.
近年,マーケティングにおいて,幸福やウェルビーイング(well-being:以下,WBと表記)への関心が高まっている(e.g., Devezer, Sprott, Spangenberg, & Czellar, 2014)。我が国でマーケティングの研究や実務に幸福やWBを取り入れようとする際,北米を中心とした心理学や消費者行動研究の「科学的知見」を翻訳して利用する場合が多いのではないだろうか。
しかしながら,実際には近代合理主義に基づく科学的アプローチから捨象されてきたWBの側面も存在する。例えば東洋では,孔子の説く五常(仁,義,礼,智,信)に示される関係的調和性,仏陀の説く解脱,無我に示される平穏な心性が幸福な人の特徴とされてきた(Horige, 2019)。西洋的な近代合理主義に基づく尺度を翻訳してWBを測定する限りにおいて,近代合理主義からこぼれ落ちるWBの側面を把握するのには,限界が生じるものと考えられる。
当然,「近代化」された社会に生活している以上,我々は近代合理主義の枠組みからは逃れられない。しかしその枠組みの中にあることを自覚しつつも,本研究では,近代合理主義から捨象されたWBの側面とその側面に関わる消費の側面を取り入れた新たなWBの測定尺度を提案する。これにより,我が国のマーケティングにおけるWB把握への新たな視座を提供することを目指す。
本研究では,幸福感を主観的に評価する主観的ウェルビーイング(subjective-well-being:以下,SWBと表記)の視点から尺度開発を行う。心理学において,SWBは「ある時点で,または長期にわたり,自分の人生をどのように評価するか」(Diener, Oishi, & Lucas, 2003)を意味する。心理学では,SWBの視点から尺度開発が行われ,SWBの測定可能性が実証されてきた。しかしそのほとんどが北米など西洋圏での研究であり,日本におけるWB研究は,その尺度を翻訳したものが多い。
こうした既存のSWB尺度を使用して,同一の経済的水準をもつ先進諸国と比較すると,日本は一貫してSWBが低い場合が多いという(Uchida & Ogihara, 2012)。「欧米で策定された物差しで日本の幸福度を測り,単純に平均値を比較して日本の幸福度が低いと結論づけることは,日本人の幸福感に寄与する指摘として十分たり得ない」(Uchida & Ogihara, 2012)のである。Kitayama(2012)は,「現在の欧米,特にアメリカのスタンダードは,とにかくポジティブで,誤解を承知の上で喩えをだせば「ドーパミンが増えていればそれがよし」といわんばかりのものであるが,まず,これを見直す作業から始める必要がある」と指摘する。Oishi and Komiya(2012)は,特定の文化で主観的幸福感と関連しない測定項目も含めて全体を一絡げに比較してしまうことは,不当にSWBの「文化差を“見出して”しまうばかりか,そのデータの意味するところを解釈する機会も逸してしまうのではないか」と批判する。
2. 作為的志向性と自然(じねん)的志向性近代合理主義の特徴として挙げられるのは,理性を信奉し,分析的,客観的,量的に事象を把握せしむる思考や態度であろう。これは,いわば複雑な自然(nature)や環境を複雑なままとらえるのではなく,計量可能なモデルによって,「分かりやすく」とらえる行為の様式であるともいえる。我々の住む「近代」的な社会において,計量可能なモデルからこぼれ落ちる複雑なものは,黙殺されがちである。実際,明治維新以降,我が国は西洋的な近代化の道を辿ってきたため,こうした西洋的な近代合理主義的な思考は馴染みの深いものだろう。しかしながら,近代合理主義的な思考からこぼれ落ちる側面に価値を置く志向性が,同時に我が国には残存していると考えることはできないだろうか。
例えば仏教用語には,自然(じねん)という言葉がある。「仏教では,自然を〈じねん〉と訓じて「自ら然る」という意味に解する。人間の作為のない「そのまま」の在り方が自然である」(Kimura, n.d.)。Kimura(n.d.)は,自然(nature)と自然(じねん)を比較して以下のように指摘する。「明治以降,西洋語のネイチャー(nature)の翻訳語として「自然」が用いられる。この自然は人間と対置するものとされる。しかし仏教が説いているように,人間は自然を超えた存在ではなく自然の一部である。その人間が思い上がって科学技術を駆使して自然を破壊する。一方で,意匠を凝らした盆栽や日本庭園に人工の自然を見いだそうとしているのは,何と考えたらよいのだろうか」(Kimura, n.d.)。近代的な合理的思考は自然(nature)に手を加え,便利かつ心地良いかたちへと作為的に作り変えるが,その反面,作り変えられる前の状態に憧憬の念を覚えるのが人間のもつ複雑さでもある。
仏教の見方を手がかりにすれば,西洋の近代合理主義的な見方に反する,もしくはそこからこぼれ落ちる,我が国におけるWBの志向性として,「自然(じねん)的志向性」とでも呼べる心理傾向が残存している可能性が指摘できる。しかしそれと同時に,明治維新以降我が国においても近代合理主義的な価値観が移入されているため,合理的思考・科学的思考に基づく「作為的志向性」とでも呼べるWBの心理傾向が並存すると考えられる。
本研究では,作為的志向性を「条件や結果などを操作できるという前提に立ち,目標設定された予測可能な価値を意図的に獲得する志向性」と定義する。また自然的志向性を「条件や結果を操作できないという前提に立ち,予測不可能な価値を,運や偶然にゆだねて獲得する志向性」と定義して使用する。
3. 快楽的志向性と苦楽的志向性消費とSWBとの関係を探る上では,マーケティングにおける満足概念が手がかりになる。Kawaguchi(2018)は,満足をプロテスタント的満足と快楽的満足とに対置し,識別している。プロテスタント的満足は,「忍耐,努力,労力のいずれかを必要とする行為または活動において非即時的に促される深い満足として」,快楽的満足は,「忍耐,努力,労力のいずれも必要としない行為または活動において即時的に促される浅い満足として」,とらえることができる(Kawaguchi, 2018)。
こうした概念装置からKawaguchi(2018)は,これまで消費者行動研究において快楽的とみなされてきた消費の再分類を試みている。例えば,理想的に消費するために専門知識や経験を必要とする芸術鑑賞,また車をモータースポーツとして使用する場合などはプロテスタント的消費に,寒い日の一杯の温かい飲み物や温泉で癒されること,そして車をドライブとして利用する場合は快楽的消費に選別できる(Kawaguchi, 2018)。
ここでいうプロテスタント的消費とは,「プロテスタントの信徒らが実践した天職や世俗内的禁欲の宗教的ないし歴史的文脈から切り離された人間行動一般の忍耐または努力,もしくは労力をともなう消費を指している」(Kawaguchi, 2018)。プロテスタント的消費がもたらす「非即時的な深い満足」は,便利で心地の良い「即時的な満足を容認する社会」(Kawaguchi, 2018)が進展するにつれ,日本も含む西洋近代の価値観をもつ消費社会が取りこぼしつつある満足としてとらえることができる。
本研究では,Kawaguchi(2018)の概念装置を手がかりとして,快楽的消費による即時的な浅い満足を志向する心理傾向を「快楽的志向性」,プロテスタント的消費による非即時的な深い満足を志向する心理傾向を「苦楽的志向性」として援用する。ここで「苦楽的」としたのは,忍耐・努力・労力などの「苦」を通じて便益(「楽」)が得られる側面に注目したからである。快楽的志向性とは,「時間や労力をかけず即時的に便益を獲得する志向性」,苦楽的志向性とは,「忍耐・努力・労力を通じて,非即時的に便益を獲得する志向性」とそれぞれ定義する。
4. 概念モデルの設定概念モデルの設定にあたり,西洋近代合理主義的なる「作為的志向性」と西洋近代合理主義からこぼれ落ちる「自然(じねん)的志向性」を両極においたヨコ軸を設定する。さらに,タテ軸には,快楽的消費にいざなわれる「快楽的志向性」とプロテスタント的消費にいざなわれる「苦楽的志向性」を両極に導入することで,図1のようなマトリクスが描ける。
消費における主観的ウェルビーイング(SWB)の4類型モデル
出典:筆者作成
図1に示したとおり,作為的-快楽的の象限をリーン的WB,作為的-苦楽的の象限をエンジニアリング的WB,自然的-快楽的の象限をセレンディピティ的WB,自然的-苦楽的の象限をブリコラージュ的WBとそれぞれ名付ける。以下に,4つの象限についての定義を行う。
(1) リーン的ウェルビーイング(WB)Womack and Jones(2005)は,価値提供システムの効率化を通じ,買いやすく,使いやすくすることでコストを引き下げ,時間を節約する企業が増えていると指摘する。これにより消費者は,消費プロセスの効率化という便益が得られる。Womack and Jones(2005)は,このような消費のあり方を「リーン消費」と呼ぶ。リーン消費の具体例として,例えば,Amazonの顧客体験価値が挙げられる。Kosuge(2020)によれば,Amazonは,購買や閲覧データに基づく精度の高いレコメンドにより,消費者個々の消費を最適化し消費を自動化する。Amazonの顧客体験価値は,予想した流れの中で物事が進み,その結果も予想通りである,という予定調和である点が特筆される(Kosuge, 2020)。リーン消費に象徴される顧客価値のあり様は,作為的な即時性によって特徴づけられるといえる。図1の快楽的-作為的の象限には,こうしたリーン消費の見方を援用し,リーン的WBと名付けた。リーン的WBとは,「運や偶然の要素を極力排して,目標設定された予測可能な価値を,即時的に獲得した状態こそがWBであるとする主観的な評価」と定義する。
(2) エンジニアリング的ウェルビーイング(WB)図1の作為的-苦楽的の象限におけるWBのあり方は,西洋近代合理主義にもとづき作為的でありながらも,非即時的満足の方向,つまり苦楽的でもある。目標に向かって計画を立て,課題をひとつひとつ地道に克服していく姿を想定し,この象限には,エンジニアリング的WBと名付ける。文化人類学者レヴィ=ストロースが西洋近代的思考をエンジニアの仕事に例えている(Lévi-Strauss, 1962/1976, pp. 23–26)ことからも,こうした名付け方には妥当性があると考えられる。エンジニアリング的WBとは,「目標設定された予測可能な価値を,忍耐・努力・労力を通じて非即時的に,かつ意図的に獲得するプロセスや獲得した状態こそがWBであるとする主観的な評価」と定義する。
(3) セレンディピティ的ウェルビーイング(WB)図1の自然的-快楽的の象限におけるWBのあり方は,作為のないありのままの状態や人間を自然の一部ととらえる仏教用語でいうところの自然(じねん)を志向しつつも,快楽的消費による即時的満足の方向,つまり快楽志向的でもある。条件・結果は操作できないという自然(じねん)的認識を前提に,運や偶然の要素を容認して予測不可能な価値獲得が志向される。それに加えて,時間や労苦を要せずに得られる「良い状態」を志向するのがこの象限のWBのあり方である。こうしたあり方は,セレンディピティ的であるといえる。Kosuge(2020)は,「予期せぬプロダクトやブランドとの出会いという買い物のひとつの体験価値,すなわち醍醐味」を便益とする「偶然出くわしたプロダクトやブランドがきっかけで新しい未来が展開していく」ような消費をセレンディピティ消費と呼んでいる。自然的-快楽的の象限のWBには,セレンディピティ的WBと名付け,「運や偶然にゆだねて,予測不可能な価値を即時的に獲得した状態こそがWBであるとする主観的な評価」と定義する。
(4) ブリコラージュ的ウェルビーイング(WB)図1の自然的-苦楽的の象限におけるWBのあり方は,自然(じねん)を志向しつつも,プロテスタント的消費による非即時的満足の方向,つまり苦楽志向的でもある。こうした側面を理解する補助線となるのが文化人類学者レヴィ=ストロースのブリコラージュ(bricolage)概念である。
レヴィ=ストロースは,東洋など西洋圏以外にみられる非近代的な思考は,実は,西洋近代社会に生きる「文明人」の知的作業や芸術活動にも重要な役割を果たしていると考え,これを「野生の思考」と呼んだ(Lévi-Strauss, 1962/1976, pp. 29–38, p. 262)。「野生の思考」に対置される「科学的思考」は,特定の目的を効率的に達成する「栽培思考」である(Lévi-Strauss, 1962/1976, pp. 262)。「野生の思考」の活動形態を説明するために用いられた用語が「ブリコラージュ」である。レヴィ=ストロースによれば,ブリコラージュとは計画性ではなく偶発性にもとづき,ありあわせの道具や材料を用いて自分の手でものを作ることである(Lévi-Strauss, 1962/1976, pp. 22–28)。
ブリコラージュ的な消費の例として家庭での食事準備が挙げられる。手元の食材や調理器具に応じて調理をしたり,遭遇した食材に応じて事後的に献立が決まったりするのがブリコラージュである(Norimoto, 2013)。一方で,学校や病院での給食準備はブリコラージュではない。食材や資材の種類,単価,単位量あたりの栄養素量や熱量,支出可能な予算額,調理に要する時間などが目的合理的に検討されるからである(Norimoto, 2013)。他にも,生け花や部屋の模様替えなどにもブリコラージュの側面がみられる(Norimoto, 2013)。
ブリコラージュの見方によれば,あらかじめ緻密に計画することや予定を組んで備えることの必然性はない。むしろ計画や予定に縛られず,一つひとつの取り組みを丁寧に積み重ねることこそが,ひいては上質な残りものを蓄えることになり,いざというときの即興に役立つ良き素材を提供することになる。また,そのような有り物の中で創意工夫するというリユースの労力が,美的価値と喜びを生み出すといえる。
図1の自然的-苦楽的の象限は,以上のようにブリコラージュ的であるとみなせる。そこで,この象限をブリコラージュ的WBと名付け,「運や偶然の要素を認めて,予測不可能な価値を,忍耐・努力・労力を通じて非即時的に獲得するプロセスや獲得した状態こそがWBであるとする主観的な評価」と定義する。
尺度項目の作成に先立ち,市場調査会社である株式会社リサーチ・アンド・ディベロプメントのリサーチャー10名に協力してもらい,2019年7月24日,8月20日,9月3日と3回にわたってワークショップを開催した。具体的には,WBと関連があると考えられる消費の具体例を付箋に書き出していき,最終的にKJ法でまとめる,という作業を行った。得られたKJ法の結果は,図1のモデルをベースに分類しなおし,測定尺度項目作成の参考とした。
測定尺度は24項目(1:全く当てはまらない~5:非常に当てはまる,5段階評定尺度)が作成され,2020年6月にプレ調査を行った(インターネット調査,全国の20歳から69歳,男性:937名,女性936名)。プレ調査で得られたデータを因子分析により吟味し,項目を修正した上,最終的には測定尺度を20項目に絞り込み,再度,同年6月に本調査を実施した(インターネット調査,全国の20歳から69歳,男性:926名,女性:885名)。本調査では,作成されたWB尺度における外部妥当性を確認するため,心理学分野で使用されているSWB尺度,および「趣味としての読書」「ゲーム」「スポーツ」といった余暇活動の頻度についても測定された。インターネット調査では,株式会社クロス・マーケティングのアンケート・パネルを利用した。
2. 分析結果 (1) 因子的妥当性本調査から得られたデータを使用し,因子分析(主因子法,プロマックス回転)を行った結果,図1の概念モデルで仮定した4因子構造が表1のとおり確認され,因子的妥当性が認められた(分析には,SPSS Statistics ver. 25を使用)。表1における第1因子(f1)はリーン的WBを,第2因子(f2)はエンジニアリング的WBを,第3因子(f3)はブリコラージュ的WBを,第4因子(f4)はセレンディピティ的WBを示している。各尺度の信頼性係数(クロンバックのα係数)は,それぞれ,α=.904,α=.867,α=.857,α=.897であった。表1に示した測定尺度には「消費における主観的ウェルビーイング4類型尺度」(Subjective Well-Being Quaternary Scale in Consumption: SWB-QSIC)と名付けた。
因子分析の結果(因子負荷量):消費における主観的ウェルビーイング4類型尺度(SWB-QSIC)
次に,収束妥当性および弁別妥当性を測定尺度ごとに検討した。収束妥当性の検討には平均分散抽出度(AVE)を用いた。AVEに関しては0.5以上が望ましいとされるが(Fornell & Lacker, 1981),全ての項目で0.54以上の値であったため,十分な収束妥当性が確認されたと判断した(表2)。弁別妥当性に関しては,因子間相関係数の平方とAVEの正の平方根を比較してAVEの方が大きいことが条件となる(Fornell & Lacker, 1981)。分析の結果,全てのAVEの平方根が因子間の相関係数の平方を上回ったため,弁別妥当性が確認されたものと判断した(表3)。
平均分散抽出度(AVE)
因子間相関係数の平方とAVEの正の平方根
対角線上の値:AVEの正の平方根 その他の値:因子間相関係数の平方
(3) 既存の主観的ウェルビーイング(SWB)尺度との関係尺度の外的な妥当性を検討するため,心理学分野で広く使用されているSWB尺度と表‐1で得られた4つの因子との間の関連を確認した。具体的には,Diener et al.(1985)の人生満足度尺度(SWLS)を使用して相関分析を行った。SWLSは,西洋圏で開発された尺度であり,学術論文への引用数が最も多いSWB尺度の一つである(Shimai, 2015, pp. 16–18)。
分析の結果,SWLSとの相関係数は,ブリコラージュ的WB r=.341,エンジニアリング的WB r=.387,セレンディピティ的WB r=.229,リーン的WB r=.209であった(0.1%水準ですべて有意)。この結果から,図1における快楽的志向性の象限(リーン,セレンディピティ)よりも,苦楽的志向性の象限(エンジニアリング,ブリコラージュ)の方がSWLSとの高い相関を示していることが分かる。これによりSWLSは,即時的な満足を志向する快楽的志向性よりも非即時的な満足を志向する苦楽的志向性との関連を強く持つ尺度であるといえる。これはSWLSが人生経験の累積的な結果(非即時的な結果)としての満足を測定した尺度である点から妥当な結果であると解釈できる。また,相対的にSWLSとの相関が高かった苦楽的志向性の象限のWBでは,エンジニアリング的WBの方がブリコラージュ的WBよりもSWLSと高い相関を示している。これによりSWLSは,近代合理主義的な作為的志向性の象限に位置付けられるエンジニアリング的WBの側面を最も強く反映する尺度であるといえる。このためSWLSによる測定では,エンジニアリング的WB以外の側面を取りこぼしてしまう可能性が否定できない。以上の分析結果により,SWBが近代合理主義的な側面(作為的志向性)とだけ関わっているのではないという可能性を可視化できたものと考えられる。
(4) 余暇活動との相関分析結果最後に,尺度と消費との関連を吟味するため,余暇活動の実施頻度(1:最近1年やっていない~9:ほぼ毎日,9段階評定尺度)と,表1の4因子との間で相関分析を行った(表4)。なお,表4に示されている余暇活動の項目は,Tachibanaki and Takamatsu(2018)を参考に作成した。
余暇活動の実施頻度との相関分析結果
**: 1%水準で有意,*: 5%水準で有意。
リーン的WBは,「園芸・庭いじり・ガーデニング・日曜大工」「趣味としての料理・菓子作り」「美術鑑賞」といった時間や労力がかかる活動において,他のWBと比較して相関が低い傾向がみられた。即時的な満足が得られる「ゲーム」とリーン的WBとでは,苦楽志向的なエンジニアリング的WBやブリコラージュ的WBと比べ,相関が高い傾向がみられた。
エンジニアリング的WBは,「趣味としての読書」や「スポーツ」といった目標設定された中での忍耐や労力を要する活動との相関が他のWBと比較して高い傾向がみられた。一方で,即時的な満足が得られる「ゲーム」は,エンジニアリング的WBとの相関がもっとも低い傾向がみられた。
セレンディピティ的WBは,「ゲーム」「音楽鑑賞」「映画鑑賞」が他のWBと比較して相関が高い傾向がみられた。これは,これらの活動から予測不可能な価値を即時的に獲得できるからだと解釈できる。また,「スポーツ」や「美術鑑賞」といった事前に努力や学習を要する活動との相関が低い傾向もみられる。「コーラス・声楽」と「舞踊(邦舞,洋舞)」は,セレンディピティ的WBとだけ有意な負の相関がある。これはいわゆる“型”があるものとの親和性の低さを示していると解釈できる。
ブリコラージュ的WBは,多くの余暇活動と関連する傾向がみられる。その中でも特筆できるのは,「演芸・演劇・舞踊鑑賞」においてブリコラージュとの相関だけが有意に確認された点である。これは,教養を身につけるという「忍耐・努力・労力」を通じて初めて,予期せぬ物語展開を楽しむことができる性質が「演芸・演劇・舞踊鑑賞」にあるためと考えられる。
以上のように4つのWBの側面は,余暇行動という消費側面との多様な関連性を示していることが分かる。この点から,本研究の提案した尺度によって消費をより多面的に分析する上での有用性が示されたといえる。
本研究では,西洋的な近代合理主義から捨象されたWBの側面とその側面に関わる消費の側面を取り入れた新たなWB尺度を提案することを目的としていた。ブリコラージュ,エンジニアリング,セレンディピティ,リーンの4つのコンセプトからなる概念モデルを提案した上で測定尺度の開発を行い,「消費における主観的ウェルビーイングの4類型尺度(SWB-QSIC)」と名付けた。当然,我々日本人が「近代化」された社会に生活している以上,その消費の在り方も近代合理主義的な思考の枠組みから自由ではない。これは,近代合理主義的なるものとそうではないものとを厳密に弁別することの困難さを意味する。そうした前提を踏まえながらも,本研究では,自然(じねん)的視点から非近代合理主義的なWBの側面を把握するべく検討を行った。北米を中心とする西欧圏で検討されたWB測定尺度が主流を占める中,非西洋近代合理主義的な要素も含んだ消費側面におけるWB尺度を提案した点において,本研究では,マーケティングと幸福に関わる研究に新たな視座を提供できたものと考えられる。
また,本研究で開発された尺度を実務的に活用することも可能である。我が国の消費とWBの関連について,既存のWB尺度では把握できなかった新たな発見を提供できる可能性がある。例えば,自社製品の顧客価値がいかなるタイプのWB側面と関連しているのかを把握することができるだろう。一方で,開発された尺度と消費との関連においては,一般的な余暇活動の実施頻度との関連において吟味したに過ぎない。今後は,より具体的な消費の側面との関連を確認し,検証事例を経験的に積み上げていく必要がある。
本稿の執筆にあたり,匿名のレビュアーの先生からは懇切なご指導を賜りました。また,日本マーケティング学会カンファレンス2020オーラルセッション(2020年10月18日,於法政大学,オンライン開催)において,本稿の元になる研究報告を行った際には,コメンテーターの新倉貴士先生(法政大学)より有益なコメントを賜りました。この場をお借りして心より感謝申し上げます。