マーケティングレビュー
Online ISSN : 2435-0443
査読論文
狭小商圏型ドラッグストアにおけるID-POSによる顧客分析とISM構築
五島 光尾池 勇紀山下 貴子
著者情報
ジャーナル フリー HTML

2022 年 3 巻 1 号 p. 3-11

詳細
Abstract

本研究では,狭小商圏型ドラッグストアの顧客購買行動の特徴を明らかにし,重要度が高い顧客セグメントを特定したうえで,重要度の高いカテゴリーのシェアを拡大する方策について検討を行った。地域特定的なポジションを活かしたPB商品戦略を用い,テスト店舗でビジュアル・マーチャンダイジングに基づいた売場展開を行った場合と,そうでない場合の実績の差を明らかにし,当該戦略の実現可能性の高さを検証した。まず,顧客ID-POSデータを用いてRFM分析を行ったところ,特に来店頻度が高い顧客セグメントは「一次商圏内に住む」「男女65~89歳」「ベビー用品購入者」であることがわかり,これらのカテゴリーのシェアを獲得すると,来店頻度が向上し,顧客と従業員の接点が増えることでストア・ロイヤルティ向上が見込めるという結果を得た。次に,地域性を付加価値としたプレミアムPB商品戦略をISM(PB商品戦略とVMD)の考え方に当てはめてドラッグストアの店頭で実証実験を行った結果,来客数・販売個数・売上金額に対してチラシ・ポイントデー・気温・天候による影響は見られず,VMDの効果により販売個数と売上金額が増加したことが実証され,当該戦略の実現可能性の高さを認めることができた。狭小商圏型ドラックストアが顧客ロイヤルティを獲得するために経営資源を集中的に投下すべき顧客の特性と購入する傾向が強い商品カテゴリーを明らかにし,ISMを構築することで店舗イメージのコモディティ化から脱却し,競合他社から差別化できる可能性を見出した。

Translated Abstract

In this study, we examined the measures taken to expand the share of high sales volume items, after clarifying the features of customers’ purchase behaviors for narrow trade in drugstores, and we specified the customer segment with the highest amount of purchase. Using a private brand product strategy that capitalized on its locality, the differences between an embellished sales floor with visual merchandising in the test store and another without visual merchandising were examined, and the high feasibility of this strategy was verified. First, the results of RFM analysis using the customer ID-POS data showed that the customers who visited one of the drugstores very frequently were “residents in the primary trade area,” “males and females 65-89 years old,” and “purchasers of baby products.” Next, we conducted a demonstration experiment in a drugstore by applying the concept of ISM (PB product strategy and VMD) to a premium PB product strategy, emphasizing locality as an added value. The results showed that the number of customers, the number of items sold, and the sales amount were not affected by flyers, promotion events, temperature, or weather, but that the number of items sold and the sales amount increased due to the effect of VMD. This study clarified the traits of customers upon whom management resources should be invested intensively in order for drugstores for narrow trade areas to acquire customer loyalty, and identified categories in which customers purchased more products and the possibility that ISM practice would differentiate themselves from competitors by departure from the commoditization of the general impression of drugstores.

I. 問題意識

わが国のドラッグストアは薬局・薬店を起源とするものが多いが,近年,その業容は大きく変化してきている。広域型メガドラッグストアや,インバウンド型ドラッグストア,狭小商圏型ドラッグストアなど,顧客の特徴に適応しながらそれぞれ進化を続け,さらに品揃えを拡張することでスーパーやコンビニなど他の業態を巻き込んで競争が激化している。

中でも狭小商圏型ドラッグストアには(1)人口減少時代で客数が減少する中,過剰な出店競争により売上が減少し,(2)店舗がコモディティ化し他社との差別的優位性を構築できない,という2つの課題を抱えている。

そこで本研究では,狭小商圏型ドラッグストアが商圏内で消費者のストア・ロイヤルティを獲得していくためにはどのような戦略が必要であるかを検討し,地域性を付加価値としたプライベート・ブランド(Private Brand:以下PB1))戦略をインストア・マーチャンダイジング(In-store Merchandising:以下ISM)(PB商品戦略とビジュアル・マーチャンダイジング(Visual Merchandising:以下VMD)の組み合わせ)に当てはめて店頭で実証実験を行うことにより,店舗のコモディティ化から脱却し,競合他社から差別化するための戦略を提示する。

II. 先行研究

1. カスタマー・エンゲージメント

Kubota(2009)によると,カスタマー・エンゲージメントとは「ブランドに対するアイデンティフィケーション(同一化)の一種として理解すること」としている。ドラッグストアのカスタマー・エンゲージメントについては,Okutani(2018)がサッポロドラッグストアーを事例とした研究を行った。当該ケースでは,規模の経済で圧倒する競合と差別化するキーワードとして「地域」を挙げ,①強固なリージョナル・チェーンストアづくり,②品揃えの強化(冷凍食品・アパレル・日用消耗品),③核商品作り(自社PB開発商品)といった地域密着型を展開していくことを提唱した。ここで掲げられた「リージョナル・マーケティング」の戦略的枠組みは,本研究対象の狭小商圏型ドラッグストアに適用可能と考えた。

2. ストア・ロイヤルティ

顧客ロイヤルティの研究は幅広いが,小売店舗へのロイヤルティに焦点を絞り込んだのがストア・ロイヤルティの研究である。Mineo(2012)はストア・ロイヤルティ周辺の様々な条件を踏まえて,包括的な消費者の店舗選択モデルをまとめた態度的ストア・ロイヤルティの観測変数を買物満足度,業態への態度,今後の利用意図として顧客意識調査を行い,行動的ストア・ロイヤルティの観測変数を直近購買日(Recency),購買利用回数(Frequency),購買金額(Monetary)と設定してアプローチするRFM分析を行った。

Hondo(2019)はID-POS2)データの分析を行い,継続利用客と離反客との購買行動の違いから,行動的ロイヤルティを持つ顧客の特徴を検証し,顧客接点が離反率を著しく抑制する効果を示した。ここでの接点とは,商品説明,カウンセリング,レジ対応,クレーム対応,売場案内などを指しており,日々の店頭活動において多様なシーンが存在している。また,購入カテゴリー数増加は店舗を想起する機会が増え,来店動機を誘発し,顧客接点を増加させることで,来店頻度と購入金額(単価および購入点数)が増加するとした。そのため,顧客の購入カテゴリー数増加を目指して来店頻度を高めることで,顧客との接点が増え,ストア・ロイヤルティの向上につながる。一方で,購入カテゴリー数を広げていくためには,物理的な売場面積が必要になる。では,売場面積が広大な総合スーパーが最もロイヤルティが高いのかといえば,現在GMS3)チャネルは苦戦している。これについては,「最寄り型小売業態(コンビニ,ドラッグストア)が好調であり,「近さ」(距離抵抗の低さ)を追求した立地と品揃えのバランスが重要であると考えられる。

3. インストア・マーチャンダイジング

小売業のマーチャンダイジング(Merchandising:以下MD)の中でも商品陳列の部分は,店内で行うMDとしてインストア・マーチャンダイジング(ISM)と呼ばれている。ISMのなかでも店頭(売場)での価値伝達の部分にフォーカスしたのが,ビジュアル・マーチャンダイジング(VMD)である。「店舗のコモディティ化」を脱却するためには,独自の特徴が一瞬で理解できるようにVMDを効果的に演出する必要がある。狭小商圏型ドラッグストアにおいては一目で地域性が想起されるような重点商品の陳列を行うISM戦略が重要といえる。店舗内のレイアウトや品揃えがコモディティ化しているドラッグストアにおいて,他社にない独自性のある品揃えを実現していくための一つの手法がPB戦略である。その中でも,高付加価値型のプレミアムPB商品は,ナショナル・ブランド(National Brand:以下NB4))商品よりも高い価格を設定することで「客単価」を上げることが期待できる。プレミアムPB商品の愛用者を増やすことは,「客単価の増加」だけでなく,「仕入れ原価」を低減させ利幅の増加につながる。また,独自性の高いPBブランドのロイヤルティを獲得できると,顧客の囲い込みにもつながり,競合企業への離反による客数の減少を防ぐ効果もある。

III. 実証分析

1. ID-POSを用いた顧客セグメント分析

ストア・ロイヤルティを高めていくためには,従業員と顧客の接点が重要であり,接点を創出するためには顧客の来店頻度を高めていくことが重要である。また,顧客の来店頻度を高めるためには,顧客の購入カテゴリー数を増やしていく必要がある。全カテゴリーのシェアを獲得することが理想であるが,過去の研究も実務レベルにおいても獲得すべきカテゴリーの重みづけはなされてこなかった。本節では株式会社サンキュードラッグ5)をモデル企業としてID-POS分析を行い,来店頻度の高い顧客セグメントの買物内容にどのような特徴があるのかを,全体の顧客と比較して差異があるか分析した。

RFM分析を行った結果,全体顧客と比較したときに来店頻度の高い顧客セグメントが3つあることが示された(表1)。第一に一次商圏内6)に住んでいる,第二に男女65~89歳で,第三にベビー用品購入者である。

表1

来店頻度の高い顧客セグメントのRFM分析

出典:SOO ID-POS(データ対象店舗:サンキュードラッグ全店42店舗)

対象顧客:直近3年間以内(来店顧客4万6,889人・各年1万円以上購入者)より筆者作成

特にベビー用品購入者は,平均購入頻度,平均客単価,平均客単価粗利が他の顧客セグメントと比較しても高いため,ドラッグストアにおいては特に重要な顧客であるといえる。

これら3つの顧客セグメントは同じような傾向がある。全体と比較すると平均購入頻度が高く出ているため,他の顧客と比較して店へ足を運ぶ回数が多く,従業員との接点も多いと考えられる。平均客単価と粗利も高い傾向がある。来店頻度が高い分,客単価(一回)は下がるが,その分のついで買いが発生するため買上点数(一回)は全体と比較しても多い傾向がある。これらの顧客の購買シェアを重点的に獲得して購入カテゴリー数が増加し,ストア・ロイヤルティを向上させることができれば,売上の維持・向上が期待できる。

2. 来店頻度の高い顧客セグメントの購入カテゴリー分析

次に,全体の顧客と来店頻度の高い(1)一次商圏内の顧客,(2)男女65~89歳の顧客,(3)ベビー用品購入者に対して一次商圏の購入カテゴリーの差異を分析した。

(1) 一次商圏内に住んでいる顧客セグメント

1は,一次商圏内に住んでいる顧客と全体の顧客の買上率を比較したものである。縦軸は,全体の顧客の買上率10.0%以上を表している。横軸は全体の買上率から一次商圏の買上率を割った数値である。横軸で右に行くほど,全体よりも一次商圏で買われる割合が高くなるため,近隣で購買する傾向が強いカテゴリーであるといえる。全553カテゴリー中上位50カテゴリーをプロットした。一次商圏内に住む顧客は平均購入頻度が高いため,図中に表示されているカテゴリーを戦略的に獲得することで,対象とする顧客セグメントのストア・ロイヤルティの向上につながると考えられる。この顧客セグメントの特徴としては,米,リキュールなど重いものや,冷凍食品,アイスクリームなど溶けやすいもの,胃腸薬,鎮痛外用,解熱・鎮痛,消炎,風邪薬など体調不良や痛みなどを抑える薬も一次商圏で購入される傾向にある。他にも,和日配や飲料,菓子,生鮮など消費頻度が早い商材も,毎回遠くまで行って買い回るより,住まいの近隣で購入する傾向が確認できる。

図1

一次商圏内で購入されやすいカテゴリー

出典:SOO ID-POSデータ(データ対象店舗:サンキュードラッグ全店42店舗)

対象顧客:直近3年間以内(来店顧客4万6,889人・各年1万円以上購入者)より筆者作成

(2) 男女65~89歳顧客セグメント

(1)と同様に分析を行った結果,全553中上位53カテゴリーにおいてビタミン保健薬,大人用おむつ,酒などが全体と比較しても比率が高くなっていた。例えば,ビタミン保健薬は,一次商圏全体が169.7%であり,男女65~89歳顧客は184.0%である。いずれも全体買上率との対比である。食品では生鮮品との関連性が高い。これは,高頻度で消費するため,毎回遠くまで行くのは煩わしく,できるだけ近くの店で購入したいというニーズの表れであると推察できる。特に,米が一次商圏で買われる傾向にある。他の顧客セグメントにはない特徴的な傾向としては,軽衣料を最寄りのドラッグストアで購入することがわかった。看護・介護用品が顧客セグメント全体の買上率と比較して,一次商圏の買上率が2倍あるのも特徴的である。化粧品カテゴリーの特徴としては,ドクターズコスメが全体の顧客では買上率10.0%以下に対して,買上率11.0%あり,一次商圏で1.2倍買われる傾向にある。

(3) ベビー用品購入顧客セグメント

ドラッグストアの顧客セグメントの中でも,ベビー用品購入者は,全体的に買上率や来店頻度が高い傾向が見られる。その理由は子供が生まれることにより,おむつなど生活に必要な商品が多くなることで来店頻度が上がるからである。他の来店頻度の高い顧客セグメントと比較しても,全体的に一次商圏で購入する傾向が強い。これらの顧客は,少子高齢化が進むにつれて,縮小が予測されるセグメントである。しかし,初めてドラッグストアのメンバーカードを作る顧客を分類したとき,最も多い顧客セグメントがベビー用品購入者である。ビューティー全般が一次商圏で買われる傾向が見られた。文具は,一次商圏での購入が全体と比較して2.5倍以上あり,全体の顧客も男女65~89歳以上も高いが,特にベビー用品購入者層が高い。ベビー用品購入者は0~3歳を想定しているが,小学生のきょうだいがいる場合などで文具が上位に来ていると推察される。また,ヘルスケア部門での特徴的な数値はダイエット食品が全体と比較しても最寄りで買われる傾向が見られた。出産というライフイベントに付随する商品カテゴリーを,ID-POS分析を利用することで確認することができた。食品部門では,冷凍食品とアイスがベビー用品購入者全体と比較して一次商圏内に住んでいる顧客が2.2倍購入する傾向が判明した。すべての顧客,男女65~89歳の一次商圏在住者においても高い実績であるが,特にベビー用品購入者はその傾向が強いと言える。ここでも米が一次商圏で買われる傾向にある。

3. 店頭におけるISM実証実験

顧客セグメント別の購買カテゴリー分析を踏まえ,いかに狭小商圏型ドラッグストアが顧客に対して差別化を表現していくべきか,ストア・ロイヤルティの向上を目的にISMを実験展開し,顧客の購買行動を引き出せるか検証を行った。ここでは2つの検証課題を設定した。

①「客数減少」…プレミアムPB商品をVMD展開することで愛用者が拡大し,ストア・ロイヤルティの獲得につながり,競合他社への離反を防ぐことが期待できる。重要顧客セグメントの一次商圏内在住者が共通して購入する米のシェアを獲得することで,囲い込みができることは重要な意味を持つ。また,売上減少を防ぐために,客単価を上げることができれば,一つの解決策につながる。よって,プレミアムPB商品によってNB商品よりも客単価アップを見込むことができる。

②「店舗のコモディティ化」…プレミアムPB商品の特徴である「京都産」という地域ブランドをアピールしたVMDを実施することで,店頭のコモディティ化からの脱却を図る。

(1) 実験の概要

実験はドラッグひかり西賀茂店7)をモデル店として行った。「京ひかり」のVMD効果を検証するためにVMDの売場を2019年10月19日~2019年11月18日まで展開,VMDなしの期間(2018年10月19日~2018年11月18日)との比較を行った。

実験に使用したPB商品は,前項で実証した重要な顧客セグメントが共通して購入する「米」に着目し,重要顧客のストア・ロイヤルティを獲得するという考えから,プレミアムPB商品である「京ひかり」を選定した。米1品のみでは検証結果は限定的であるものの,NB商品よりも単価の高いプレミアムPB商品を販売することで,そのカテゴリーの客単価アップ,粗利益の改善につながることが期待できる。この実験結果が良好であれば,品目数を増やしてその効果を拡大することも検討できる。「京ひかり」は,他の米が1,500円前後に対して,2,000円を超える価格設定となっている。従来のPB商品にある価格競争に陥らないポジションで競争優位性を確保するために,より長期的な視野として独自のブランドを構築できるか検証する。

また「競合とのコモディティ化から脱却」する売場を設計した。VMDの意図は「店舗そのものや売場全体のイメージ訴求」であり,モデル店においては京都を連想させるための店の顔である。目的は「重点テーマ・重点商品の訴求」すなわち「京ひかり」の訴求である。陳列場所は店舗の入口正面のプロモーションスペースにディスプレイを行った。図2はVMDプレゼンテーション(以下VP)をモデル店のレイアウトに落とし込んだイメージである。実験で行うVPの売場は赤枠の囲いで示している。次に,PP(Point Presentation)はそれぞれのゴンドラ連結から独立して動線に対して売り場へ引き込む役割を果たす。IP(Item Presentation)は店内の定番売場であり,棚割りに従って陳列されている。

図2

モデル店におけるVPの実施場所

出典:筆者撮影・作成

(2) 分析結果

「京ひかり」のVMD効果を検証するために,VMDなしの期間(2018年10月19日~2018年11月18日)とVMDありの期間(2019年10月19日~2019年11月18日)のそれぞれ31日間の来客数・販売個数・売上金額を比較した(表2)。2019年10月1日より消費税が導入されたため来客数は減少しているが,販売個数,売上金額ともにVMDを実施した2019年のほうが有意に高い数値となった。この結果だけを見るとVMDの効果が有効であったことになる。

表2

2018年と2019年の来客数,販売個数,売上金額比較

* p<0.01,** p<0.001

出典:筆者作成

しかし,実際には消費税の影響のほか,天候や気温の影響,チラシの投入の有無,ポイントデーの日は,来客数・販売個数・売上金額のそれぞれにも影響があることが予想される。また,データは同じ店舗で2018年と2019年の2回測定されており,同じデータ内に2つのグループが存在するとみなすことができる。このような特定のグループ内で観測されたデータは似通ったものになり,データの独立性に違反するため,従来の回帰分析による分析をあてはめるのは不適切である(Ogawa, 2019)。そこでVMD効果を実証するためにマルチレベル分析を利用した。分析の結果を表3に示す。2つのグループ(2018年と2019年)における,来客数・販売個数・売上金額について4つの説明変数(チラシ・ポイントデー・気温・天候)ごとに回帰直線を引くと,来客数は消費税増税の影響で減っているが,「京ひかり」の販売個数・売上金額ともに,2019年のほうが大きい値となった。また傾きには大きな違いは見られなかった。ここでは2018年と2019年の差異,すなわちVMDの効果を知りたいため,違いがあまり見られなかった説明変数の回帰係数(傾き)の固定効果ではなく切片の変量効果に着目する。固定効果とは通常の回帰分析で得られる係数のことであり,変量効果とはグループ間の違いを分散(標準偏差)で表したものである8)。来客数・販売個数・売上金額の切片の変量効果(標準偏差)はすべて5%水準で有意であった。また4つの説明変数の固定効果はすべて5%水準で有意ではなかった。つまり,来客数・販売個数・売上金額に対してチラシ・ポイントデー・気温・天候による影響は見られず,グループの違いによる影響,すなわちVMDの有無によって違いがあることを示した。よって,来客数は消費税増税の影響で減少しているが,販売個数と売上金額についてはVMDの効果で増加したと言える。

表3

来客数・販売個数・売上金額に対する切片の変量効果と固定効果

出典:筆者作成

IV. 考察

本研究では,狭小商圏型ドラッグストアの顧客購買行動の特徴を明らかにし重要度が高い顧客セグメントを特定したうえで,重要度の高いカテゴリーのシェアを拡大する方策について検討を行った。顧客ID-POSデータを用いてRFM分析を行った結果からは,特に来店頻度が高い顧客セグメントは「一次商圏内に住む」「男女65~89歳」「ベビー用品購入者」であることがわかり,これらのカテゴリーのシェアを獲得すると,来店頻度が向上し,顧客と従業員の接点が増えることでストア・ロイヤルティ向上が見込めるという結果を得た。次に,地域性を付加価値としたプレミアムPB商品戦略をISM(PB商品戦略とVMD)の考え方に当てはめてドラッグストアの店頭で実証実験を行った結果,来客数・販売個数・売上金額に対してチラシ・ポイントデー・気温・天候による影響は見られず,VMDの効果により販売個数と売上金額が増加したことが実証され,当該戦略の実現可能性の高さを認めることができた。狭小商圏型ドラックストアが顧客ロイヤルティを獲得するために経営資源を集中的に投下すべき顧客の特性と購入する傾向が強い商品カテゴリーを明らかにし,ISMを構築することで店舗イメージのコモディティ化から脱却し,競合他社から差別化できる可能性を見出した。

V. 本研究の限界

最後に本稿の限界であるが,近隣での購買分析では株式会社サンキュードラッグのデータを活用したため,地域特性,立地特性,店舗面積や従業員能力の面で異なる点も多く,そのまま他地域の狭小商圏型戦略として活用できるか検討の余地がある。またID-POSでは検証できない「店舗イメージ」「営業時間」「店舗の清潔さ」など継続来店の主観的な判断項目までは明らかにできていない点も指摘できる。しかし,以上のような限界が残されているものの,ID-POSで一次商圏内顧客の実証分析を実施し,重要度の高い顧客セグメントに向けてストア・ロイヤルティを上げるため,プレミアムPB商品を用いたVMD(ISM)の店舗実験を実施した研究はまだ少なく,学術と実務を架橋する成果を上げることができた。今後も狭小商圏型ドラッグストアが地域に根差して発展していくために,さらなる研究が必要とされよう。

謝辞

本稿の執筆にあたり,匿名のレビュアーの先生からは懇切なご指導を賜りました。また,日本マーケティング学会カンファレンス2021 オーラルセッション(2021年10月17日)において,本稿の元になる研究報告を行った際には,コメンテーターの近藤公彦先生(小樽商科大学大学院)より有益なコメントを賜りました。この場をお借りして心より感謝申し上げます。

1)  プライベート・ブランド(PB)とは卸売業者または小売業者が自ら開発し,販売する独自商品ブランドをさす。ストア・ブランド,プライベート・ラベルもPBと同義である。

2)  ID-POSとは「顧客ID付きPOS」の略である。POS(Point of sales)の販売情報では日時,店舗,商品,数量,売価,金額などを記録しているが,そのPOSデータに顧客IDをひも付けたデータをさす。性・年代別にどの客層が購入しているのか,特定の商品のリピート率,住所からエリアの分析等が可能となる。

3)  GMSとはゼネラル・マーチャンダイズ・ストア(General merchandise store)の略で,総合スーパーに代表される日用的な食料品,衣料品,雑貨等を幅広く品揃えした大規模小売店・量販店をさす。

4)  ナショナル・ブランド(NB)とは,商品を製造する大手メーカーによるブランドで,商品の企画から製造までをメーカーが行うものをさす。

5)  1956年に創業した株式会社サンキュードラッグは福岡県北九州市地域において,ドラッグストアを42店舗,調剤薬局を31店舗展開している。従業員数は1,293名(2018年3月末当時),うち社員360名,嘱託・パート933名が在籍し,売上規模は228億9,465万円(2018年3月期当時)である。

6)  一次商圏とは,店舗から半径500 m以内の商圏を指す。

7)  売場面積:約180坪,住所:京都市北区西賀茂大道口町80-3,営業時間:10:00~22:00

8)  なお,Shimizu(2014)によると,マルチレベル分析を行う必要がある基準の1つとして「級内相関係数が0.1を越えている」ことがある。来客数・販売個数・売上金額の級内相関係数はそれぞれ0.21,0.23,0.27であったためマルチレベル分析を使用する妥当性があると判断した。一連の分析にはHAD(Shimizu, 2016)を用いた。

References
 
© 2022 The Author(s).

本稿はCC BY-NC-ND 4.0 の条件下で利用可能。
https://creativecommons.org/licenses/by-nc-nd/4.0/deed.ja
feedback
Top