マーケティングレビュー
Online ISSN : 2435-0443
査読論文
フリーミアムのサービスを宣伝するテレビ広告が購買に与える影響
― 日本のマンガアプリの分析 ―
榎澤 祐一
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2024 年 5 巻 1 号 p. 30-37

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Abstract

基本利用料が無料のフリーミアムのプラットフォームでは,事業者が広告費用を負担せずにユーザー獲得できる利点があるとされる。しかし,日本の事業者は一般的に高額な費用を要するとされるテレビ広告を出稿することが多い。そこでフリーミアムのサービスにおける広告効果の実証を試みた。具体的にはフリーミアムのマンガアプリ2社の2時点でのテレビ広告視聴数と会員状況に関するシングルソースデータを基に,テレビ広告が無料会員か非会員のマンガ購買に与える影響を分析した。その結果,有料購買者に転換した週に視聴したテレビ広告の視聴回数と,その1~2週間前に視聴したテレビ広告の視聴回数との交互作用が購買に正の影響を与えていた。この結果は,ネットワーク効果が期待できるフリーミアムのプラットフォームであっても広告効果が認められ,ネットワーク効果と広告理論を統合したマーケティング戦略の理論構築の可能性と必要性を示唆するものである。

Translated Abstract

In freemium platforms where the basic usage fee is free, operators have the advantage of acquiring users without incurring advertising costs. However, Japanese operators often place TV advertisements, which are generally considered to be expensive. Therefore, an empirical study on the effectiveness of advertising in freemium services was conducted. Specifically, the impact of TV advertising on manga purchases of free members or non-members was analyzed, based on single source data for TV advertisement viewership and membership status at two time points for two freemium manga app companies. The results showed that the number of TV advertisements watched during the week when viewers converted to paying purchasers, and the interaction with the number of TV advertisements watched one to two weeks prior, had a positive impact on purchases. These results suggest that advertising is effective, even for freemium platforms where network effects can be expected. This indicates the possibility and need for development of marketing strategies that integrate network effects and advertising theories.

I. はじめに

プライシング(pricing)には価格決めの他,課金方式という側面がある(Moriguchi, 2012)。基本利用を無料としつつ,プレミアム機能を有償提供する課金方式であるフリーミアムは,インターネット・スタートアップを中心に普及している(Kumar, 2014)。フリーミアムを採用する企業は,広告などにかかる費用を負担せずにユーザー獲得できるメリットがあり(Kumar, 2014),実際に内外の実証研究によればプラットフォーム利用者のネットワーク効果は利用者数や収益に正の影響を与える(Boudreau, Jeppesen, & Miric, 2017; Tanaka, Yamaguchi, & Iyanaga, 2018; Voigt & Hinz, 2015)。ネットワーク効果とはプラットフォーム上におけるユーザー便益の増大に関する効果であり,例えばスマートフォンゲームでは,そのゲームのプレイ人口が多いほど,より有用なゲーム攻略情報を入手できるためユーザーの便益が向上する(Yamaguchi, 2014)。

しかし,エンタテインメントサービス(e.g., スマートフォンゲーム,マンガ)でフリーミアムを採用する日本の事業者はネットワーク効果があるにもかかわらず一般的に高額とされるテレビ広告を出稿している。そこで,本研究では,企業のテレビ広告出稿の理由のひとつとして広告効果を実証する。すなわち,フリーミアムのマンガアプリ2事業者のテレビ広告効果について,シングルソースデータを基に分析した。

消費者行動分野でのテレビ広告に関する研究は,テレビ広告のコンテンツ(e.g., コメディ),演出方法(e.g., 音楽),出演者の属性(e.g., 有名人)などを説明変数とし,購買意向を応答変数として分析した研究が多く,消費者のテレビ広告接触量が購買に与える影響を実証した研究は相対的に少ない。特に日本のフリーミアムサービスへの影響を示唆した研究は無い。

II. 先行研究レビュー

1. フリーミアムを採用する企業の課題

フリーミアムは無料利用が可能な部分と有償利用の部分に分別され,一般的に基本的な機能を無料部分とすることが多い。有償部分の課金方式は,月や年などの一定期間ごとに定額料金を課金する定額課金制(flat rate pricing)(Kumar, 2014)の他,1コンテンツの購買ごとに課金する個別課金制(per product pricing)があり,前者は機能的サービス(e.g., Googleドライブ)や音楽・映像配信(e.g., Spotify),後者は音楽・映像以外のコンテンツサービス(e.g., スマートフォンゲームのアイテム)で多く見受けられる。両者の課金方法を併用したサービスもある。日本企業の主要なフリーミアムのサービスは,個別課金制によりエンタテインメント分野のコンテンツを提供するアプリが中心である。

フリーミアムでは有償サービス利用者の増大がビジネス上の大きな課題になり,そのKPI(Key Performance Indicator)として全利用者に占める有償サービス利用者の割合である転換率(CVR: Conversion Rate)が重視される(Gu, Kannan, & Ma, 2018; Lim, 2015)。事業推進する上での妥当な転換率は,2~5%とされている(Kumar, 2014)。転換率が同水準未満であれば収益性が悪いが,逆に高すぎると無料ユーザーを十分に取り込めていないとみなされ,機会損失の恐れが懸念される(Kumar, 2014)。

フリーミアムにおけるKPIには転換率の他,その前段階でのサービス普及率がある(Lim, 2015)。サービス普及率は,対象市場に存在する消費者数に対するアプリ利用者数の割合である。サービス普及にあたっては,時勢に合わせてサービスのユーザー便益を一定水準に保持することが企業目標になる。ただし,消費者が無料で提供される便益として考える水準より高過ぎる価値を提供すると,ユーザーは有料購買する必要性を感じなくなり,転換率が下がるという戦略的ジレンマがある(Kumar, 2014; Ohsaki, 2020)。したがって,企業は無料サービスの妥当な便益水準を模索する必要がある。限界コストがゼロである(ゼロに近い)デジタル財のスタートアップは,この困難性を許容しながらもサービスの普及性のメリットを重視してフリーミアムを採用することが多い。ところが,同時にテレビ広告を出稿しているフリーミアム事業者も見受けられる。

2. 企業におけるテレビ広告出稿の理由

テレビ広告自体の効果は,一般消費財を対象とした社会実験による実証研究によると一定の条件を満たす場合を除いて総じて高くないという結果が出ており,一般的に企業がテレビ広告を出稿する理由は次の5点があると考えられる(Abe, 2003)。

1.広告効果のテストには費用と時間がかかりテストが不十分な段階で広告出稿するため

2.広告代理店の従業員に広告効果の向上と無関係なインセンティブ(e.g., より高額な広告出稿を促進し,広告料の歩合による手数料収入を増大させたい)があるから

3.競合企業との広告出稿量の対抗のため

4.広告予算を前年度売上の一定比率とする企業が多く,広告効果が考慮されないため

5.テレビ広告される商品は特売対象になりやすく,売上数量が増えても売上金額が増加しないため,広告費用の投資収益率(ROI: Return On Investment)が増加しないから

ただし,2023年現在の事業環境ではデジタル・マーケティングが普及し,費用と時間の両面で企業は広告効果のテストを低コストかつ迅速に実施できる。また,広告代理店のインセンティブの問題については,広告会社が事業多角化によりフリーミアムのゲーム事業を手掛けて,ゲーム専業の事業者と同様にテレビ広告を出稿している事例があり,問題の存在が定かではない。競合企業への対抗上の目的での広告出稿についてはスマートフォンゲーム業界,電子マンガ業界などで同業他社のアプリが無数にある中,テレビ広告の出稿量で明らかな競争優位に立つことは事実上困難である。さらに,前年の売上対比で広告予算を策定するとしても広告効果が低いと分かればテレビ広告予算を削減するはずであるので,経年により広告予算は最適化されていくだろう。最後の特売によるROI低下の問題については,一部のアプリではテレビ広告の大量出稿時期にクーポンなど事実上の値引き施策を併用することがあるが,そうでない事例も同様に多いため一般的な理由とは言い難い。そこで企業がテレビ広告を出稿する背景として,広告効果に焦点を当てた。

なお,デジタル・マーケティングが普及した現代ではテレビ広告に限らず広告による売上への影響は小さくなりつつある点を押さえておく必要がある。その影響を測定するための指標のひとつとして,売上に対する施策の弾性値がある。弾性値では各種プロモーション施策の量的指標が1%増加した際の売上金額の増加比率(パーセンテージ)で成果を表現する。近年のメタ解析研究によれば,オンラインでの口コミ(eWOM)の弾性値が0.24%(You, Vadakkepatt, & Joshi, 2015),企業のソーシャルメディア上での発言に対する感情価の弾性値が0.35%(Liadeli, Sotgiu, & Verlegh, 2023)に対し,広告出稿期間の弾性値は0.12%(Sethuraman, Tellis, & Briesch, 2011)に留まる。広告出稿期間の弾性値はテレビ広告のみを対象としてはいないが,総じていえば広告の売上への影響はオンラインでの消費者と企業間の相互作用による影響と比較して小さいと見て良いだろう。このような広告効果に関する認識がありつつも,フリーミアムのサービス事業者がテレビ広告の広告効果を期待して出稿している可能性は考えられる。

購買に着目した広告効果を研究する際の応答変数としては,主に購買そのものと購買意向があり,フリーミアムでの無料利用者数は購買意向をもつ者の数を代替し得る。また,実務上も無料会員数の獲得を目的とすることもある。しかし,無料会員の中には無料利用のみを目的として会員登録する人々が含まれ,この人々は有料購買者に転換する可能性が低いだろう。そこで,本研究はフリーミアムへのテレビ広告効果に関する初期的研究として有料購買者のみに着目し,購買を応答変数として研究を進める。

III. 仮説構築

1. 理論的背景

フリーミアムのサービスで生じるネットワーク効果は,直接ネットワーク効果と間接ネットワーク効果に分類される。

直接ネットワーク効果はユーザー間で生じるものである(Kawahama, Ohashi, & Tamada, 2010)。例えばゲームアプリではユーザーがネットワークを構築して攻略方法を共有したり,対戦プレイを実現したりすることでユーザー便益が高まる(Yamaguchi, 2014)。ただし,この効果はサービスにより異なっており,マンガアプリでのネットワーク効果による便益は,マンガの感想の共有を通じた共感などに限られるため,直接ネットワーク効果が低いサービスと言い得るだろう。

次に間接ネットワーク効果は異なるグループ間で生じるネットワーク効果であり(Kawahama et al., 2010),マンガアプリであればマンガを供給する出版社のネットワークとユーザーのネットワークの2者間の相互作用効果である。例えばマンガのラインナップが充実すればユーザーが増え,ユーザーが増えれば多くの出版者がマンガを供給するようになるだろう。

本研究の調査対象である2つのマンガアプリの場合,マンガのラインナップ,ユーザー数ともに日本有数であるため間接ネットワーク効果は生じているとみなせる。しかし,ゲームアプリと比較して,マンガの場合はユーザーが能動的に関与する場面が少ないため,直接ネットワーク効果は相対的に小さいだろう。そしてネットワーク効果が相対的に小さいと仮定されるため,企業は集客を目的として補完的に広告を出稿するものと考えられる。

ネットワーク効果と広告効果はデジタル財において集客という同一の目的をもち機能的代替性があるが,両者の補完性,シナジーまたはアナジーについてはマーケティングのプロモーションの観点から分析されてこなかった。本研究は,小さいネットワーク効果が想定されるサービスにおける広告効果の有無を明らかにすることで,ネットワーク効果と広告効果を統合したマーケティング戦略の理論の構築の可能性を探索する。

2. 仮説構築

フリーミアムのサービスでのテレビ広告効果に関する仮説を構築する。先行研究によるとテレビ広告を用いた社会実験では,テレビ広告の売上増加への影響は,新商品発売時や広告のクリエイティブ変更時を除いて有意ではない(Aaker & James, 1982; Lodish et al., 1995)。しかし,これらの調査対象は日用品であり,日本でのフリーミアムサービスの販売対象であるデジタル財ではない。また,マンガアプリでは日々マンガの新しい話や新作マンガが追加され,これらは新商品の同等物とみなすことができると考え,次の仮説を導出した。

仮説1 テレビ広告の視聴回数は購買に有意な影響を与える

接触対象への繰り返しの接触が対象への好意度を高める現象を単純接触効果という(Zajonc, 1968)。フリーミアムのサービスでは,無料での利用を通じてサービスに接触する人は未利用者と比較してサービスへの接触機会が多くなり,単純接触効果によりサービスへの好意度を高めるだろう。好意度はサービスへの関心を喚起するため,無料会員は広告への関心を高め,広告に接触した際の購買確率も非会員より高まるだろう。一方,無料会員には将来にわたり無料会員であり続け有料会員への転換を意図しない人もおり,それだけでは主効果を及ぼさないだろう。そこで次の仮説を設定した。

仮説2 無料会員であることは,テレビ広告の視聴回数とともに購買に交互作用を及ぼす

広告効果の継続期間に関する研究結果では,テレビ広告出稿を中止して1年を超えると売上減衰があることが明らかになっている(Ackoff & Emshoff, 1975)。そして,広告の持続的効果として残存効果(Ad Stock)という概念がある。残存効果に焦点を当てたシングルソースデータに基づく研究によれば,長期の残存効果は購買に影響を与えなかったが,7日間の短期的効果は広告接触直後の半分程度あったという(Abe, 2003)。テレビ広告の売上増加への影響が有意ではないという先行研究の知見(Aaker & James, 1982; Lodish et al., 1995)と短期の残存効果の存在を前提とすると,短期の広告出稿は主効果よりも,その残存効果と現時点での広告効果との交互作用が想定される。そこで次の仮説を設定した。

仮説3 テレビ広告の短期的な過去の視聴回数は,テレビ広告の現在の視聴回数とともに購買に交互作用を及ぼす

IV. 実証

1. 使用データ

仮説の経験的妥当性を検証するため,テレビ広告の出稿データと,テレビ番組視聴や様々な商品の購買に関するウェブ調査データを用いて分析した。これらのデータは株式会社野村総合研究所が提供している「マーケティング分析コンテスト2023」分析用データとして提供されたシングルソースデータである(株式会社野村総合研究所インサイトシグナルデータ)。調査協力者は関東1都6県在住の男女20~59歳であり,調査対象者は2,500人で性・年代別で関東地方の人口比に調整されている。

2. 分析方法

使用データはテレビ広告出稿データとウェブ調査データである。テレビ広告出稿データからは,2023年3月1日~3月30日までのフリーミアムのマンガアプリ事業者2社が出稿した番組名と放送日のデータを用いた。ウェブ調査データからは3月17日時点での2社に関するデータから有料購買者や会員属性が未回答のサンプルを除外した(n=4,752)。そして,テレビ広告出稿データと,ウェブ調査データにあるテレビ番組別・放送日別の調査協力者ごとの視聴実績データを紐づけることで,テレビ広告の視聴回数を算出した。

本研究はテレビ広告の購買への影響を分析することが目的であるが,プラットフォーム企業はデジタル・マーケティングを中心に消費者個別に最適化されたデジタル広告の出稿や値引き(e.g., クーポン,会員紹介制度)を実施している。このように調査協力者ごとに企業のプロモーション施策への接触状況が大きく異なることが予想されるため,分析手法は調査協力者別のランダム効果を考慮した一般化線形混合モデル(GLMM: Generalized Linear Mixed Model)を採用した。すなわち,応答変数は2時点期間中のマンガアプリの無料会員から有料購買者への転換状況(有料購買していない=0,有料購買している=1)の2値データであるが二項分布に従うと仮定し,リンク関数はロジット関数を用いた。3月17日~30日の有料購買確率qiを次のようにモデル化する。

  
logitqi=β1+β2xi1+β3xi2+β4xi3+β5xi4+β6xi5+β7xi6+β8xi7+ri

β1は切片,β2~β8は固定効果の係数である。xi1は性別ダミー(男性=0,女性=1),xi2は年齢,xi3は無料会員ダミー(MEt0:非会員=0,会員=1),xi4は3月1日~16日までのテレビ広告視聴回数(ADt0),xi5は3月17日~30日までのテレビ広告視聴回数(ADt1),xi6は3月17日時点での無料会員ダミーと3月17日~30日までのテレビ広告視聴回数の交互作用項(MEt0×ADt1),xi7は3月1日~16日までのテレビ広告視聴回数と3月17日~30日までのテレビ広告視聴回数の交互作用項(ADt0×ADt1),riはランダム効果である。また,ランダム効果は調査協力者に一意に付与されたID(Intercept)である。

数量データの記述統計は次の通りである。調査協力者の年齢は平均40.955歳(s=10.905),ADt0は平均3.836回(s=7.530),ADt1は平均4.913回(s=5.784)であった。カテゴリカルデータの記述統計は次の通りである。性別は男性2,477・女性2,275,MEt0は非会員4,599に対し会員153,BUt1は有料購買していないサンプルが4,445に対し有料購買が27であった。なお,BUt1の欠損値280の多くは,3月17日時点と3月30日時点に関する調査を順次異なる日に実施したものの,3月30日時点に関する調査の不参加者の存在によるものと考えられる。

3. 結果と考察

結果は表1の通りである。5%水準で有意であった固定効果は3月17日時点での無料会員ダミー(MEt0)及び,3月17日時点での無料会員ダミーと3月17日~30日までのテレビ広告視聴回数との交互作用項(MEt0×ADt1)であり,ランダム効果も有意であった。

表1

マンガアプリの有料購読におけるテレビ広告の影響

3月1日~16日までのテレビ広告視聴回数(ADt0)は有意では無かった(p=.711)ため仮説1は棄却された。仮説1の棄却理由として,既存のブランドの場合,テレビ広告の効果が小さいとされるが,分析対象の2サービスは調査時点で創業後16~17年が経過しており,テレビ広告の効果が現れにくかった恐れがある。さらにフリーミアムによるサービスはサービス開始直後よりも後に加入した人の転換率が低くなる傾向がある。フリーミアムではないが酒類でもロングセラー・ブランドのみで形成されたビールのカテゴリーでは,新商品が多いカテゴリーでテレビ広告効果が認められたのと対照的に広告効果が有意に現れなかったことが報告されている(Okuse, 2014)。

次に3月17日~30日までのテレビ広告視聴回数の影響は,3月17日時点で無料会員であっても交互作用(MEt0×ADt1)を有意に及ぼさなかったため(p=.654),仮説2は棄却された。仮説2が棄却された理由として,無料会員には会員登録時から非購買の意向をもって無料会員登録している人が相当数存在していることが,まず考えられた。調査開始時点での無料会員の内,購買しない意志を持っている人を除外すれば,調査結果が異なるものになった可能性がある。そこで,3月17日時点での無料会員に対して今後有料を前提としてマンガを読む意向について4件法で質問した設問(1=ぜひ読みたい,2=読みたい,3=分からない,4=読みたくない)の回答の内,「4.読みたくない」のみを除外したデータを抽出して再分析を試みた。しかし,意外なことに「4.読みたくない」を選択した人は4人に過ぎなかった。

一方,無料会員ダミー(MEt0)は有意ではあるが負の影響を及ぼしている(β=−9.205, p=<.05, 95% CI [−13.247, −5.163])。これより仮説2が棄却された理由としては無料サービスを享受している内に満足し,有料サービスに移行する必要性を喪失している可能性が考えられるだろう。ちなみに,実務上ではテレビ広告出稿の目的を無料会員獲得に置くこともあるが,3月17日時点での非会員が3月30日時点で無料会員に転換するにあたり,テレビ広告の有意な影響は無かった。

最後に3月1日~16日までのテレビ広告視聴回数は3月17日~30日までのテレビ広告視聴回数と交互作用(ADt0×ADt1)を及ぼしており(β=.003, p=<.05, 95% CI [0.001, 0.005]),仮説3は支持された。

V. 結論

本研究では,テレビ広告がフリーミアムでの購買に与える影響をシングルソースデータの分析により実証した。その結果,テレビ広告はフリーミアムの購買に直接の影響を与えないが,広告接触における短期的蓄積と交互作用を及ぼすことを明らかにした。このことは,フリーミアムのデジタル財でも短期的蓄積を前提とした戦略下において,テレビ広告が購買に影響を与えることを示唆する。一方,無料会員であること自体は広告効果の弾性値を有意に向上させず,購買に負の影響を与えることが示唆された。

1. 学術的示唆

本論の学術的示唆は以下の2つに集約される。

第一に従来,フリーミアムでの購買を増加させる方法については,企業戦略の観点からネットワーク効果によって利用者数や収益が増加しやすいことが理論的に説明され,かつ実証されてきた。しかし,日本のフリーミアム事業者は一般的に高額な費用を要するテレビ広告を出稿する企業が多く,その理由については先行研究で挙げられていた企業一般の広告出稿の理由からは十分に説明できなかった。本研究は直接ネットワーク効果が小さいと推定されるフリーミアムのサービスにおけるテレビ広告効果の存在を実証しており,広告出稿の理由として企業が広告効果を期待する合理性を示唆するものになるだろう。

第二にネットワーク効果と広告効果を統合した広告戦略理論の構築の可能性の示唆である。ネットワーク効果については,サービス間の効果の差異が想定されるが,マンガアプリのように効果が小さいと想定される場合,企業は補完戦略として広告出稿を選択している可能性がある。本研究ではネットワーク効果が小さいと想定されるフリーミアムのサービスにおいて広告効果を実証した。これによりネットワーク効果と広告理論を統合したマーケティング・コミュニケーション理論構築の可能性と必要性が示唆されるだろう。

2. 実務的示唆

直接ネットワーク効果が期待できるサービスであっても,その効果が小さい場合にテレビ広告は有効である。ただし,購買を促進するためには少なくとも2~3週間程度の短期での継続的な出稿が必要である。

そして,フリーミアムのコンテンツサービスの事業者は広告の出稿量をコンテンツ提供の誘因としてコンテンツホルダーに営業するが,コンテンツホルダーの視点としてはテレビ広告の出稿量だけでなく,出稿期間にも留意する必要がある。

さらに,このようなサービスにおいて無料会員は非会員よりも購買確率が低くなり,無料会員に向けたサービス維持のための経営資源の投下が非効率な恐れもある。非会員から無料会員への転換におけるテレビ広告の影響も有意ではなかった。非会員を直接,有料購買者に転換する方略の実行や,無料会員の便益の定期的な測定と調整も必要であるだろう。

3. 残された課題

本研究では小さいネットワーク効果が期待されるフリーミアムのサービスにおいてテレビ広告が購買に影響を与えることを明らかにした。しかし,残された課題もある。

第一に本研究は研究対象をサービス開始後16~17年が経過したマンガアプリとしたが,大きいネットワーク効果が期待できるゲームアプリとの比較や,サービス開始直後のアプリでの実証が成果の一般化のために必要であろう。

第二に本研究では広告効果の有無の測定を研究課題としたが,広告実務の観点からは広告費のデータを取得しROIを算出することで,より研究成果の重要性を高められるだろう。

References
 
© 2024 The Author(s).

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