中東レビュー
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論稿
UAE財政と付加価値税導入の影響
齋藤 純
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2018 年 5 巻 p. 121-133

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抄録

This study aims to investigate the effect of introducing the value-added tax (VAT), which is expected to be implemented in January 2018, on the economy and government finance of the UAE in the future. For this purpose, we use previous studies on the introduction of VAT in the developing countries as a reference. Analysing the experience of the developing countries in which VAT was already phased in will be beneficial to anticipate the future of the UAE economy after the new tax introduction. At the same time, characteristics such as the dependence of government finance on oil revenue, the fiscal structure which consists of seven emirates and the federal government, and Abu Dhabi’s grip on the other emirates, will make the impact more complicated.

As a result of consideration, we first conclude that even if new taxes such as VAT are introduced in the UAE, tax revenue share is expected to be low in the UAE fiscal structure; thus, a significant increase in tax revenue will not be immediately expected. Second, if government revenues increase due to the new tax introduction, government expenditure may be easily expanded. Third, the introduction of VAT can cause inflation in the UAE, unless the government provides tax exemption for basic necessities. Finally, the introduction of new taxes will help to allocate a budget to the education and social welfare sectors in the less developed northern Emirates to eliminate regional income inequalities.

はじめに

本稿は、アラブ首長国連邦(以下UAE)の近年の財政政策と財政構造の変化について整理し、付加価値税の導入が企業部門や家計部門にどう影響するか、またどのような財政資源の再分配が可能かについて考察を試みる。新税導入がマクロ経済および家計部門や企業部門にどのような影響を与えるかを計量的に分析することは、実際に新税導入が実施されてからある程度の期間が経ってから行う以外にはないが、本稿は今後の分析の準備として、一般に付加価値税導入が発展途上国経済にどのようなインパクトを与えるかに関する先行研究の知見を整理し、さらにUAEのマクロ経済データと財政データからどのような変化が起こりうるかを考察することとする。

まず第1節で、石油価格が低迷する昨今のUAE経済の見通しと付加価値税導入の経緯について概説する。続く第2節では、先行研究から発展途上国における付加価値税導入について評価を行う。第3節では、UAEにおいて付加価値税が導入された場合、マクロ経済および家計や企業にどのような影響を及ぼしうるかデータと各種報道から考察を試みる。最後に、付加価値税導入後のUAE経済と財政の課題についてまとめを行う。

1. 石油価格の低迷と付加価値税導入

(1) UAEの経済見通しと経済改革

近年の原油価格の低迷と周辺地域の不安定は、MENAP地域1経済の将来見通しに依然として暗い影を落としている。MENAPの2016年の実質GDP成長率は3.4%と緩やかであり2017年に入っても大きな改善が見込まれていない。原油価格の低迷は、石油輸入国(エジプト・ヨルダン・レバノンなど)の資源調達コストを引き下げることを通じて石油輸入国経済をサポートするものであるが、これは他面ではGCC諸国など石油輸出国からの労働者送金の伸び悩みが原油価格低迷のメリットを相殺している[IMF,2016a]。GCC諸国などの石油輸出国にとって、近年の低い原油価格が経済成長に深刻な影響を与えていることは言うまでもない。国際通貨基金(以下IMF)の経済見通しによると、2016年のMENAP諸国の成長率成長率は3.4%と予測されているのに対して、GCC諸国平均は1.7%であり、MENAP諸国の中でも経済回復の遅れが目立つ(表1)。このGCC諸国の経済見通しの暗さは、2017年も継続すると見られている。

表1 MENAPとGCC諸国の経済見通し(2011-2017年)

(出所)IMF[2016a]より筆者作成

こうした中、現在GCC諸国は経済構造の変革に取り組んでいる。もとより石油依存経済からの脱却や国内の若年労働者に対する雇用問題は、GCC諸国にとって長年取り組み続けてきた課題である。しかし、2008年の原油価格急落に前後して、GCC諸国政府は相次いで経済変革計画を発表し、これまでの変革方針を基本的に踏襲しつつ、他面では新たな方針を織り交ぜて国内外に経済改革の重要性を訴えかけた2。UAEでも連邦政府だけでなく首長国ごとに経済多角化と非石油収入の確保を中心的課題とする経済改革計画を策定してきた。アブダビ首長国では「経済ビジョン2030(2008年11月発表)」、ドバイ首長国では「計画2021(2014年12月発表)」と「産業戦略2030(2016年6月)」が現在実施中である。石油価格低迷後に悪化したGCC諸国経済の中では、UAEの経済見通しは相対的に良好なものであり、これら一連の経済開発計画が一定の効果を上げているとの評価も多い。

(2) 財政赤字問題と再建計画、付加価値税導入

GCC諸国において、経済全体に占める財政部門の寄与は発展途上国の中でも特に大きい。発展途上国のGDPに占める政府収入の割合は平均で28%、政府支出は30.5%(いずれも2014年)を占めるのに対して、GCC諸国平均では政府収入がGDPの44.2%、政府支出は38.0%を構成している(図1)。GCC諸国政府が政府収入の多くを石油収入に頼っていることと、大きな公共部門を抱え国民向けに手厚い公共サービスを提供していることがこうした財政構造の特徴となって表れている。

図1 GCC諸国の財政収支の比較(対GDP比、2014年、単位:%)

(出所)IMF, World Economic Outlook databaseより筆者作成。

この財政部門の寄与度の大きさは、財政収支の変動が経済全体の変動に影響しやすいということを意味する。GCC諸国は石油価格が高値で推移し安定している局面においては、安定的かつ豊富な石油収入を背景に、潤沢な財政資金を確保できる。余力のある政府財源は国内外への投資を可能にするため、結果的に経済発展の重要な推進剤として機能することができた。しかし、近年のように石油価格が低迷し財政余力に限界がある局面においては、GCC諸国は非産油国以上に財政及び経済運営が困難になる。

2016年10月に発表されたIMFの経済見通しにおいても、UAEの財政収支が回復するまでには時間を要すると見られている(表2)。UAEの財政収支は、2015年に対GDP比で2.1%の赤字に転換した。この時期にUAE政府は、各種補助金の削減や非石油収入の確保に向けての取り組みを新たに開始した。例えば、2015年8月には、それまで補助金により国内向けに安価で提供してきたガソリン価格を、国際価格と連動させることに変更した。その結果、この価格制度変更によって国内ガソリン価格は25%値上げされた。同様に、アブダビ首長国では、2015年1月に水道と電気料金の値上げを行った結果、水道電気料金として2016年1月に14~17%の増収があったと報告された。アブダビ政府は、引き続きこれら燃料・電気水道料金に対する段階的値上げを検討している。また、国内ホテルに宿泊する旅行者を対象としてツーリズム・ディルハム(宿泊手数料)を導入し(ドバイでは2014年、アブダビでは2016年に導入)、ドバイでは主要道路の各所にゲートを設けて通行料を徴収するなど政府収入の確保に努めてきた。さらに2016年3月には、ドバイで新たに空港税の徴収を定めた執行評議会決議が可決された[畑中2016]。これらの政策努力が結実するのであれば、UAE財政の見通しは、他のGCC諸国と比較して相対的に明るいという評価もできよう(表2)。

表2 GCC諸国の財政収支と見通し(2011-2017年)

(出所)IMF[2016a]より筆者作成

加えて、UAE政府の赤字財政を改善し将来にわたる非石油収入の源として強く期待されているのが、付加価値税の導入である3。GCC諸国共通の付加価値税導入に関する議論は長年行われてきたが、2015年3月の経済財務省次官会議で基本的枠組みの合意が得られてから実現に向けての軌道に乗りつつある。実現時期や税率についての議論の末、2016年2月にターイル財政担当国務相はIMFのラガルド専務理事との共同会見で、UAEが2018年1月1日から税率5%の付加価値税を導入することを発表、これ以降UAE政府は導入のための調整を本格化させた。

IMFの推計によると、個人消費の90%を付加価値税の課税ベースとした場合、付加価値税による収入の対GDP比率は、UAEで2.1%、バハレーン2.2%、クウェート2.1%、オマーン1.7%、カタール1.0%、サウジアラビア1.8%と報告されており[IMF2016b]、UAEでは相対的に多くの税収が期待できる。Townsend [2017]は、UAEにおいて税収が高く見込まれる理由として、国内の消費基盤が大きい点と観光客による消費の寄与を挙げている。UAEでは2018年1月の付加価値税本格導入に向けて、課税の減免措置や徴収システムの準備を急いでいる。

2. 発展途上国における課税政策

UAE財政にとって大きな期待が寄せられている付加価値税の導入であるが、導入のための問題や導入後のマクロ経済や企業経営に与える影響などについて危惧がないとは言えない。第一に、付加価値税導入により消費財が実質的に値上げされることへの懸念が指摘される[畑中2016]。ただし、予定されているUAEの付加価値税の税率5%は国際的にみても低税率であり(図2)、低所得者層の消費に影響しうるような食料品などの生活必需品に対しては免税措置がされるとの見通しから物価への影響は限定的との意見も多い[Townsend 2017]。第二に、新たな付加価値税の徴収システムの導入は、民間企業などに対し対応コストの負担を強いることになる。付加価値税を収集し政府に納入するためのコスト増加は、企業経営に負担を課しキャッシュフローと利益に影響を与えると指摘されている[Arabian Business 、2017年2月16日付]。特に、UAEにおける付加価値税導入は、他の税制が十分に整備されていない状況下でかつ極めてタイトなスケジュールで行われることになるため、企業側の負担(ITシステムの更新や従業員の訓練など)は大きなものになると推察できる。

図2 VAT税率の国際比較(2016年)

(出所)OECD[2016]より筆者作成。

以下では、今後UAE並びにGCC諸国で付加価値税が導入された場合、マクロ経済や財政にどのような影響を与えうるかについて、主に先行研究の成果から整理を試みたい。

1954年にフランスにおいて初めて付加価値税が採用され先進国で効果的な課税手段として評価を得て以降、発展途上国における付加価値税に関して数多くの研究が行われるようになった。特に、EUにおける付加価値税の早期導入の成功と、IMFが発展途上国に対して付加価値税の導入を推奨したことが4、発展途上国で付加価値税が導入される要因となった[Bird and Gendran 2007]。また、財政収入の改善を望んでいる国の場合、IMFの関与が強い場合、さらに周辺国がすでに付加価値税を導入している場合に、付加価値税を導入する可能性が高いことも言われている[Keen and Lockwood 2010]。

しかし、多くの国や地域で税収の拡大のために付加価値税が導入されながらも、付加価値税の導入が財政構造の健全化にどれだけ貢献できているかについては議論が分かれるところである[Bird and Gendran 2007]。例えば、先進国では付加価値税により税収増にある程度の効果があるが、後発開発途上国5ではこの税収増加効果があまり明確ではない[Keen and Lockwood 2006]。一方で、一般的な途上国においては付加価値税の導入は税収の増加が期待できるとの報告もされている[タイト1988]。また、GCC諸国では、課税対象となる国内消費産品の多くに補助金が支給されている。これらの補助金が同時に削減されなければ、付加価値税を課したとしても財政収支の改善は大きな効果を見込むことができない[Bird and Gendran 2007]。

次に、発展途上国において付加価値税が導入された場合、マクロ経済にどのような影響があるかについて考える。本節冒頭で述べたように、付加価値税導入による一般消費者に対する税負担の増加についてはしばしば指摘される。しかし、ジリスら[1988]によると付加価値税導入による一般消費者と物価水準への悪影響は小さいと考えられる。先進国と発展途上国を対象とした分析によると、付加価値税導入によるインフレーションはどちらのグループでも限定的であった6。ただし、非課税措置や特定品目に対する軽減税率措置がされないような包括的付加価値税は、低所得者への相対的な課税負担を特に重くするため、非課税措置や軽減税率、税以外の追加的な移転給付などの救済制度が求められる。低所得者層の消費に対する相対的な重課税は、その必需品を消費している労働者家計の弱体化を通じて生産活動の低下を招くことも指摘されている。

付加価値税の導入は財政余力の増進を通じて、国民の福祉に資さない政府支出の拡大を招く可能性も報告されている。Alizadeh and Motallabi [2016]は、イランの事例から付加価値税が政府の経常支出および行政運営支出の規模に及ぼす影響について分析を行った。その結果、付加価値税からの税収の増加は、社会福祉関連の支出よりも行政運営支出の増加と強い相関があることから、付加価値税の導入が貧困削減や所得格差の解消よりも行政組織の拡大に優先されることが示唆された。イランもUAEと同様に政府収入の多くを石油収入に頼っており、石油収入以外の財源として付加価値税などの税収の拡大に取り組んでいるという点で、イランの事例は示唆に富む事例研究の一つである。

また、一般国民に対する税制の変更は経済成長と所得格差に影響しうる。Amir, Asafu-Adjaye and Ducpham [2013]は、インドネシアの近年の所得税改革が経済成長と貧困および所得分配に及ぼす影響を評価した。彼らの研究は付加価値税を対象としたものではないが、個人所得税と法人所得税の削減が、経済成長を増加させること、貧困の発生率をわずかに減少させることを指摘した。しかし、インドネシアで行われた所得税減税は低所得世帯よりも高所得世帯の税負担をより軽減させるものであったため、結果的に所得格差の拡大にもつながったことを結論付けている。

以上の議論から、先進国や非産油国とは異なりUAEのような発展途上の産油国経済において、付加価値税を導入することによるマクロ経済や財政、一般消費者に与える影響は、石油収入依存の財政や首長国間の経済構造の違いなどUAE経済の特殊性を考慮に入れながら評価する必要があることがわかる。このUAE経済の特殊性については次節で説明する。

3. 付加価値税導入の影響

本節では、前節の発展途上国における付加価値税その他の導入についての知見をもとに、UAEにおいて付加価値税などの新税が導入された場合の経済・財政への影響について推察を行う。

第一に指摘しておかなければならないことは、UAEの財政構造の中で税を財源とする収入のシェアは小さく、5%の付加価値税が導入されることで大幅な税収の増加がすぐさま見込まれるわけではない点である。2012年のデータによるとUAE財政全体7の政府収入4949億ディルハムのうち石油収入が3958億ディルハム、非石油収入は989億ディルハムであり、石油会社以外からの法人所得税8は13.5億ディルハム(政府歳入の0.27%)に過ぎない9表3)。なお、法人所得税による収入は2000年以降増加傾向にあるが、政府収入に占める法人所得税のシェアは0.2~0.5%の範囲で変動しているに過ぎず、これまで法人所得税は主要な財源にはなっていなかった。関税収入についても2012年には111億ディルハムで政府歳入の2.2%である。政府収入の6~8割を占める石油収入を除くと、非石油収入は投資収益や手数料収益に支えられてきた。計画通りに付加価値税が導入されたとして、対GDP比率で36%の政府収入(2012年)に付加価値税による税収が同比2%前後加算されるという計算になる。ただし、付加価値税導入直後の税収の増加はわずかだとしても、より長期的に見れば、経済発展に伴い消費市場が成熟することで課税対象が拡大したり、付加価値税率が引き上げられることで付加価値税からの税収が増加する余地は十分に残されている[Bird and Gendran, 2007]。

表3 UAE財政全体の構造の変化(2000-2012年、単位:%)

(出所)IMF[2006 ; 2013]より筆者作成。

(注)本表の数値は連邦政府および各首長国の財政データの合計値として計算されている。

第二に、付加価値税などの新税導入を背景に政府収入が増加した場合、安易に政府支出も拡大される危惧がある。UAEの財政は、基本的に各首長国が個別の財源で自首長国内の経済運営を行っているものの、豊富な石油収入財源をもつアブダビが連邦政府と北部首長国10の財政支援を行う構造になっている[齋藤2017]。アブダビでは、歳入超過分から連邦の軍事費や連邦政府サービス財源、北部首長国への資金援助などに割り当てられ、アブダビ首長国内への政府支出は基本的に政府収入内の水準で推移している(図311。将来予測においても、新税導入により財源が拡大したとしても、アブダビでは政府支出が急激に拡大することはないと見られている[IMF 2016c]。また、アブダビでは、アブダビ投資庁(ADIA)などの政府系ファンドが国内外に巨額の資産12を保有しており、財政赤字の穴埋めに政府が同ファンドの資金を利用しているとみられる。

図3 アブダビ財政の推移(2005-2012年、単位:10億ディルハム)

(出所)IMF[2013, 2016c]より筆者作成。

他方で、非石油収入を主要な財源とし、財源の確保に困難を抱えているアブダビ以外の首長国については、政府収入の増加にともない政府支出を増大させる傾向が強い(図4)。特に近年ドバイやシャルジャでは緊縮財政が続いていたが、原油価格の回復を受けて2017年予算では緊縮財政から転換し、医療、教育、インフラ整備などの分野に対する公共投資の拡大を発表している。ドバイは2016年12月、2020年エキスポ開催のための建設計画を推進するために、470億ディルハムの予算を公表した。それによるとGDPに対して0.6%の赤字を計上する見通しである。シャルジャもインフラへの支出を昨年比で7%増加すると発表した[Al-Hashemi 2017]。これらの首長国の政府支出計画は各首長国内の経済開発に資するものではあるが、それによって発生する財政赤字についてはアブダビの支援を当てにしたものであり、首長国ごとの「財政規律」という観点では問題も残る。

図4 ドバイ財政の推移(2005-2012年、単位:10億ディルハム)

(出所)IMF[2013, 2016c]より筆者作成。

第三に、付加価値税の導入がUAEにインフレーションを引き起こすという危惧についてはどうであろうか。もともとUAEはインフレ対策に苦慮してきた。2000~2003年には1.4~3.1%のインフレ率(消費者物価年平均)で推移してきたが、2004年以降5%を超え、2008年には12.3%まで高騰している。その後は原油価格の下落と通貨供給政策の結果、現在に至るまでインフレの抑制に成功している。ここで5%の付加価値税が導入された場合、生活必需品に対する免税措置などによってインフレ率への直接的な影響は大きくないと予測されるが[Townsend 2017]、長期的に見れば企業のメニューコスト13対策や引き続き金融当局による物価安定化政策が必要であると考えられる。また、高級商材を扱う小売店が軒を連ねるドバイでは、高級ブランド品などの商材に対する値上がりの影響が予想される。海外からの買い物客を呼び込んでいるドバイの大型ショッピングモール内の高級ブランドショップでは、付加価値税の課税による実質的な値上がりによって、海外消費者を他の国際的なショッピングスポットへ逃がすことになりうる。UAE全体の小売業売上の55~65%はドバイで占められており[日本貿易振興機構2015]、海外からの買い物客の消費に「免税措置」が設けられない場合、付加価値税導入による値上がりは、ドバイの小売業、特に高級商材を扱う小売業へ大きな影響を与えると考えられる。

最後に、付加価値税導入により政府財源が確保されたとして、所得格差、特に首長国間の経済格差や開発格差に与える影響についても考慮する必要がある。UAEの連邦予算は伝統的に前年度予算を踏襲するものであり、いくつかの有力部族とつながりのある省庁が優先的に予算配分を受けてきたと指摘される[Mansour 2010]。2011年予算から、こうした伝統的な予算システムを改め「ゼロベース予算(ZBB)」による予算編成を開始したが、相対的に経済開発が遅れている北部首長国への教育・社会福祉部門への予算配分が十分に行われなければ、UAE国内の所得格差と地域間格差が拡大すると考えられる[齋藤2017]。

おわりに

本稿は、2018年1月に付加価値税の導入が予定されているUAEについて、近年の経済と財政状況から新税導入の影響をいくつかの面から考察を試みた。新税導入後のUAE経済の行方を占ううえで、過去に付加価値税が導入された発展途上国の経験は大いに参考になろう。同時に、UAEの経済と財政の特殊性はこれら他の発展途上国の事例とは、大きく異なった影響を引き起こしうる。特に石油収入にその財源の大部分を依存している政府財政、首長国と連邦政府からなる財政構造、そしてアブダビの石油収入と資金援助に左右されるその他首長国の財政政策といったUAE財政の特殊性により、付加価値税導入の経済・社会への影響を複雑なものとなっている。

本稿では詳細に触れなかったが、UAE国内で活動する企業に対する税制も一様ではない。実質的に法人税が課されているのは外国銀行と石油会社のみであり、新税導入による対応やコストも業種によって異なる。例えばイスラム金融機関は、実物財と実物資産を取引の裏付けとして必要とするため、取引関連の税の賦課が金融商品のコストとして現れる[北村・吉田編2008]。もし、イスラム金融取引に伴う二重課税などの問題が解決されなければ、付加価値税の課税の悪影響が大きいと予想される。また、国内には複数のフリーゾーンが設けられており、フリーゾーンの内外で新税導入の影響は異なると予想される。国内労働者の生活費増大を通じた企業売上への影響や、国内物価上昇に伴う外国人労働者の海外への移動など、消費者や企業への負担となるような新税制は、直接的にも間接的にも相互作用を伴いながらUAEの経済社会に大きな変化を及ぼしうる。これら新税導入のUAE経済社会への影響の包括的な分析については、今後の研究課題としたい。

(2017年3月9日脱稿)

本文の注
1  MENAPとは、中東北アフリカ諸国およびアフガニスタン・パキスタンを含む地域を指す。

2  後述するUAE以外のGCC諸国でも、これまで経済多角化と脱石油経済を課題とした経済改革計画を相次いで発表してきた。サウジアラビアの「ビジョン2030(2016年4月発表)」とその下位プログラムである「国家変容計画 2020(NTP 2020)」は各種報道でも大きく取り上げられた。中でも、国営石油会社サウジアラムコの新規株式公開計画は、当局の強い決意の表れとされている。カタールでは「国家ビジョン2030(2008年7月発表)」、バハレーンでは「経済ビジョン2030(2008年10月発表)」が現在の開発計画として実行されている。オマーンの「ビジョン2020(1996年策定)」は、GCC諸国の近年の経済改革計画の中ではより長期的な視野に立った計画であるが、この計画の中でも非石油部門の成長促進や投資促進による民間部門の強化といったGCC諸国共通の目標が掲げられている。

3  いうまでもなくUAEの財政健全化のための手段が付加価値税のみであるということではない。連邦政府財務省は「戦略計画2014-2016」のなかで付加価値税だけでなく政府サービス料金、法人税、タバコ税など政府財源の多様化のための立案を計画している。また、連邦政府予算についても効率的な財政計画のため、「ゼロベース予算(ZBB)」の適用による支出の効率化や、支出基準による会計基準への切り替えなどにも取り組んでいる。

4  IMF [2015]においてもGCC諸国の税制改革の重要性が指摘されており、その中でも付加価値税の導入は最重要項目の一つとして挙げられている。

5  後発開発途上国(Least Developed Country)とは、国連開発計画委員会(CDP)が認定した基準に基づき、国連経済社会理事会の審議を経て、国連総会の決議により認定された特に開発の遅れた国々を指す。一人当たり所得、人的資本、経済脆弱性を判断基準として、国連経済社会理事会で3年ごとに更新される。

6  厳密には、付加価値税導入が物価に与える影響を計量的に計測することが困難であることが、付加価値税導入とインフレ率の因果関係を不明瞭にしている。特に、発展途上国の多くでは物価変動が多く、先進国よりも海外経済要因や国内情勢などに影響されやすい。タイト[1988]は、付加価値税導入国35か国を対象に導入前後の消費者物価指数(CPI)の変化を分析することで、付加価値税導入によるインフレ促進効果について検証を行った。その結果、導入による影響が小さいもしくはなかったのは35か国中22か国あり、深刻なインフレーションを引き起こしたのは1か国(ノルウェー)のみであった。

7  連邦政府および各首長国の財政データの合計値。

8  ここでの法人所得税は外国銀行に課税されたものとして計上している。UAEの税制では、石油会社やガス会社にも法人所得税が課税されているが、これらの企業からの税収は石油収入として換算されている点に注意を要する。

9  UAE経済の中心を担うアブダビとドバイの経済構造については後述するが、 アブダビはUAEのGDPの66%、ドバイは同比24%(2012年統計)を占める。また、UAEの原油埋蔵量の94%がアブダビに集中している。つまり、アブダビがUAEの石油生産の大半を握り、UAE経済と財政の中心的な役割を担っている。

10  アブダビとドバイを除く以下5つの首長国を指す;シャルジャ、アジュマン、ウンム・アル=カイワイン、フジャイラ、ラアス・アル=ハイマ。

11  ただし、アブダビ財政は2009-2011年にかけて歳出超過に陥っている。これは2009年に発生したドバイ危機(ドバイの政府系持株会社ドバイワールドと、その傘下の不動産開発会社ナキールが抱える全ての債務の支払いを猶予してもらうよう債権者に要請すると発表したことが発端)を受けて、アブダビからドバイへ財政支援したことが大きな要因である。この3年間で毎年99-121億ディルハムの支援が行われていた。

12  アブダビ投資庁の資産については公開されていないが、Fitch Ratings社によると2016年末には4750億ドルの資産を保有すると試算されている。同社レポートによると、アブダビ投資庁の資産は2014年末の5020億ドルから減少すると見込まれていたが、アブダビ政府の国債発行により投資庁からの財政補填が減少するため、2017年には資産は増加するとみられている[Habboush 2016]。これらの政府系ファンドは、石油輸出で得られた外貨収入の一部を国家財政と切り離した形で財源として、主に海外向けに長期投資を行うことで収益を上げている。

13  メニューコストとは、商品やサービスの価格を変更するときに必要な固定費用のこと。将来、付加価値税が段階的に引き上げられる場合、個別企業はその都度新たな固定費用が発生することになる。

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