衛生動物
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数種鱗翅目幼虫の未知の毒毛について
堤 千里
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1960 年 11 巻 4 号 p. 168-172

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抄録

数種の蛾の幼虫に生ずる未記録の毒毛について, その形態, 叢生部位, 皮下組織構造, 刺螫機構, 毒毛による実験的皮ふ炎の観察を行なつた.桜の新芽の害虫として知られるウメスカシクロバ(Illiberis psychina)幼虫には, 長さ最長300μ, 径7.5μで先端鋭く尖り, 側壁に竹の節状の環輪を持ち, その基部がフラスコ状に球形に膨らんでいる中空の毒毛が生ずる.その内部には皮下の細胞から分泌される淡色の液体が充満している.針状部の側壁はぶ厚く, 暗褐色であるが, 球状部は極めて薄く淡色である.この毛の皮下組織はタケノホソクロバのと酷似する.毒毛に連る1個の生毛細胞, 1個の毛窩細胞, 数個の表皮細胞が集つて塊状を呈し, これは普通の体毛の皮下組織と異る.毛が人の皮ふへ刺入すると, 球状部が凹み, 内部の液体が皮内に注入されて皮ふ炎が生ずる.皮ふ炎はタケノホソクロバのものより弱い.林檎や梨の害虫であるリンゴハマキクロバ(Illiberis pruni)の幼虫にも, 前種と酷似した形の刺毛が見られる.毛長350μに達し肉眼でも認め得る.この毒毛による皮ふ炎は前種より大きい.以上2種のマダラガ科幼虫の毛と類似の毒毛がヒトリガ科に属するヤネホソバ(Eilema yokohamae)幼虫に見出された.毒毛は球状部が細長く, 針状部に短い側棘を有する点で前2種のと異る.皮ふへの刺人により, 激しい痛みと膨疹が生じ, タケノホソクロバより更に強い皮ふ炎を起す.マイマイガ(Lymantria dispar japonica)1令幼虫には, 基部から全長の1/3の長さの部位が球形に膨れた, 丁度駒込ピペット形を呈する毛が生じ, この毛によつて, 軽い皮ふ炎が起ることが分つた.球状部の側壁は針状部に比し薄く, 刺人時の圧力でこの部が凹み, 内部の液体を皮内に注射する.毛の皮下組織は生毛細胞が長い点を除き, 普通の体毛の場合とほぼ同じであった.なお, この毒毛は2令以後の幼虫には生えていない.サカキの害虫として知られるホタルが(Pidorus glaucopis atratus)の幼虫には, 側棘が短く全体に暗褐色を呈する堅く太短い刺毛が生ずる.この毛は前種と外観全く異り, 普通の体毛に近いが, 1本の毛の基部周辺の表皮はやや膨隆し, この部の皮下組織はウメスカシクロバと似た構造で, 1個の生毛細胞, 1個の毛窩細胞とこれを取巻く数個の細長い細胞が塊状を呈し, これが更に表皮細胞と連つている.この周囲は内皮で囲まれているので, 刺毛の先端が人の皮ふにさゝる時の圧力で内部に貯留する毒液を毛端から溢出させ, 皮ふ炎を起させるものと考えられる.これに酷似した毛はシロシタホタルガ(Chalcosia remota)幼虫にも生ずる.以上の様に科, 属を互いに異にする幼虫に, 類似した形の毒毛が生ずること, 又外形を全く異にする毛が類似の刺螫機構を有することは興味があると思われる

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© 1960 日本衛生動物学会
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