抄録
新潟県を流れる信濃川流域は, 古くより恙虫病患者発生の, 最も劇烈な有毒地帯として知られており, Balz・川上等(1889)に依て研究が開始されて以来今日迄に, 北里, 北島, 宮島, 林, 川村, 長与等の先哲が, 疫学, 病原体, 臨床, 或いは媒介者の分布等の研究に苦心されたところである.特に媒介者の検索に関しては, 林等は真性赤虫と疑赤虫との二型に分けて論じ, 川村はA, B, C, D, E′, E″等の6型に分けて詳細な報合をした.他方では, 長与等は山形県最上川流域の恙虫を分類して, Trombicula akamushi Brumpt, Trombicula pallida Nagayo et al., Trombicula palpalis Nagayo et al., Trombicula scutellaris Nagayo et al., Trombicula intermedia Nagayo et al.等の5種を報告した.〓に川村等の成績を, 学名に修正すると次の如く, A型=T. akamushi, B型=T. scutellaris, C型=T. palpalis, D型=T. pallidaとなつて, 長与等が, 山形県最上川流域の荒砥町附近から始めて見出したT. intermediaは, 新潟県の信濃川, 阿賀川の両流域からは発見されない事になる.其の後協同研究者の一人小畑は, 阿賀川流域に大洪水のあつた1950年4月に到つて, T. intermedia? 6匹を採集したに過ぎない.1950年以後に到つて桑田等, 福住等, 佐々等, 浅沼等が日本の各地の山岳地帯から本種を見出すに到り, 分類に際して甚だ困難を伴うであろうと想像する.原因として, 各地の本種に形態的な若干の差が見出されるからである.著者等も亦1951年5月より, 翌年7月に到る迄, 信濃川下流々域に於ける恙虫の分布調査を, 新潟県衛生部の協力に依つて行つた所, T. intermediaと思われる極めて多数を採集した.此の同定に際し, 長与等の原記載, Womersleyの記載, 其の他の記載を参照したけれども遂に決定的な同定に到らなかつたので, 小畑は, 本種の記載の採集地に趣き, 昭和26年9月18日, 10数匹のMicrotus montebelli montebelliを捕獲し, これに吸着しておつた恙虫を分類して, 長与等の記載に一致するものを検出し, 之れを仮りの模式標本と定めて, 標準測定値並びに必要事項を測定し, 次に前述した所の信濃川下流流域, 鷲巻村, 舞潟島産のT. intermedia? を比較検討した結果, 信濃川流域, 殊に下流地帯に, 多数見出される疑問種はT. intermediaと同定するに到つたので, 此の比較成績を記載し, 今後の分類に寄与したい.