抄録
Pythium属菌は140以上の種からなっており,有機物分解菌,動植物の病原菌,菌寄生菌など多様な機能を持った種を含んでいる.従来からの分類は無性器官である胞子のうおよび有性器官である蔵卵器・蔵精器・卵胞子の形態に基づくものである. Lévesque and de Cock (2004)は,現在最も多く使われているvan der Plaats Niterink (1981)のモノグラフに記載されている菌株についてリボゾームDNAのITS領域および大サブユニットの塩基配列を調べ,分子系統関係を報告した.この研究は,形態分類で問題となる形態的特徴の種間の重複や培地培養条件による形態の変異などの問題点を補う手法としての分子分類の位置づけを確立した.これは,種レベルで正確にPythium属菌の生態を追うことを可能にし,これまでの博物学的な菌の分離・同定研究から一歩踏み出した研究の実現を示唆している.
本研究ではPythium属が多様な機能を持つ種を含むことに着目し,河川環境を評価する指標としての利用を考え,河川敷土壌中のPythium相と河川環境の関係を調べた.長良川,木曽川,筑後川について上流から下流まで合計14地点で19種5グループのPythium属菌が分離された.分離場所と菌量の関係をみると,P. irregulareは下流で菌量が多い傾向にあった. P. irregulareの菌量は土性,土壌のC/N比およびpHと相関がなかったが,土壌採取地点の流域の農地面積および自然度とそれぞれ正および負の相関があった.P. irregulareは植物病原菌であることから,本菌の菌量が多かった長良川下流2地点の畑地土壌を調べたところ,畑地土壌には本菌が多く生息していることが明らかとなった.以上の結果から,P. irregulareは農業の河川への影響評価に利用可能であると考えられた.
本研究では生態研究を環境評価に応用する可能性を示した.今後は迅速簡便な分子生物学的技術の開発により,生態研究への取組みが増加し,さらにはその応用研究へと展開されることが期待される.