2024 年 26 巻 3 号 p. 243
摩擦現象は工業的あるいは工学的に重要な対象であることから多くの研究が行われてきており,巨視的なスケールから多くの現象やその原理解明が行われてきた.摩擦現象の起源を原子あるいは分子スケールでの衝突あるいは流れ現象で説明することは究極の目標ではあるものの,実験だけでは分子スケールにおける動的過程を観察することが難しい.そこで,現象解明に分子シミュレーションが有効となる.しかし,物体が衝突する際には化学反応,相転移現象,熱輸送が同時に起こるため,摩擦現象は典型的なマルチフィジックス現象であり,分子シミュレーションを単純に行うだけでは,現実世界で起こっている現象の解明につながらない.このように摩擦は難しい対象ではあるが,摩擦に伴う化学反応や,相転移現象や熱輸送などは化学・物理的に興味深い対象でもある.
分子シミュレーションからの摩擦や流れへの取り組みが過去にも特集「トライボロジー」(2015年1月号)においてに紹介されている.固体間の摩擦,流体や高分子による潤滑,流体における熱輸送などを中心に紹介されている.ウェブ上で公開されているので,この機会にぜひご覧いただきたい[1].今回の特集記事と合わせて読まれると,約10年の違いが見えて面白いかもしれない.
今回の特集では,流体と相転移現象に関する研究を浅野氏(RIST)から紹介していただく.分子動力学法を用いて流れを扱うチャレンジングな研究である.大規模計算で何ができるのか,という観点からも興味深い.続いて流れと熱輸送に関する研究を楠戸氏(東北大)から紹介していただく.固体表面と気液界面における流れ場の解析と熱輸送現象を扱っている.さらに,気液相転移による温度変化を明らかにしている.非常に複雑な現象を明らかにしている興味深い結果である.藤原氏(阪大)からは固液界面における熱流体輸送現象に関して紹介していただく.古典分子動力学法に基づいてオイラー型の場の輸送量に接続することで,巨視的な現象を微視的な観点から説明することが可能となっている.冒頭で記載した摩擦現象の起源を微視的なスケールに遡る研究内容である.最後に桑原氏(大阪公)から摩擦と化学反応(トライボケミストリー)に関する研究を紹介していただく.摩擦界面における化学反応を活用することで表面改質し,摩擦係数が下がる理由を原子スケールにおいて説明している.化学・物理の観点から興味深いだけではなく,ものづくりにも役立つ研究となっている.
トライボロジー,流体と一括りにしたものの,今回の特集記事の内容は多岐にわたっている.今回の特集を読むことでトライボロジーや流体に興味を持つきっかけになればと思う.また,今回紹介した記事で用いている手法や解析等が多くの分子シミュレーション研究者の刺激になれば幸いである.
〔経歴〕2011年京都大学大学院理学研究科博士課程修了,同年東北大学助教.2017年東京大学物性研究所.2022年から現所属.〔専門〕高分子物理,分子シミュレーション〔趣味〕読書,テニス,サッカー.