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特集「液晶」
拡張Maier-Saupeモデルの示す多彩な相転移と秩序
齋藤 一弥
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2025 年 27 巻 4 号 p. 255-263

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概要

棒状分子によるネマティック液晶の発現を説明するモデルとして有名なMaier-Saupeモデルを,平行配列がエネルギー最小でなくなるように拡張したスピンモデルの,格子上(2次元から4次元)での相挙動を紹介する.3次元以上では無秩序相から一軸秩序相(ネマティック相)を経て,最低温では副格子秩序を伴った最低エネルギー相へといたる.この基底状態はマクロに縮退している.2次元では挙動は格子構造に大きく依存し,三角格子では長距離秩序の発生を伴わない副格子秩序相への相転移が起きているように見える.

1  はじめに

Maier-Saupe理論[1]は,Onsagerの理論[2]と並ぶ,一軸秩序相(ネマチック相)の発現を説明する代表的なモデルである.Maier-Saupeモデルでは分子間相互作用(の相対方位依存部分)を,相互作用する棒状分子(iとj)の一端を重ね合わせたときの長軸間の為す角θij(たとえば,図4のGとRの間の角)を用いて

  
V i j = − V 0 P 2 ( cos θ i j ) (1)

と表す(ここでPl(⋅)はl次のルジャンドル多項式,またV0>0)ことにより,球面調和関数の加法定理の適用を可能にし,平均場近似によってネマティック秩序の発生を説明した.そこでは,(スカラー)ネマティック秩序変数σが,分子長軸の配向軸からの角度θiを用いたアンサンブル平均

  
σ = ⟨ P 2 ( cos θ i ) ⟩ (2)

で表されることをたくみに利用している.

文献[1]で用いられた平均場近似の尤もらしさは,単位長のスピンsiを用いてcosθij=si⋅sjとすることにより,格子上のスピンモデルとしてシミュレーションによる検証が行われている[3–5].図1に筆者らの4次元での例[5]を示す.kBT/zV0≈0.21付近で等方相とネマティック相の間の一次相転移が起きている.この相転移が1次相転移であることは,ランダウの相転移の現象論[6, 7]により,ネマティック秩序変数の対称性,具体的には,「方位はあるが向きが無いこと」から,予想されるものである.シミュレーションで得られた相転移温度は,平均場近似の値(≈0.22)[1]より少し低いが,一致は決して悪くない.(3次元の)単純立方格子では約0.19なので(図5のr=0),高次元であるほど平均場近似がよくなることの証左ともいえそうである.配向(ネマティック秩序)のゆらぎを反映する感受率の相転移前駆現象が高温側で顕著なのに対し,エネルギーのゆらぎを反映する熱容量は低温側で顕著であるのは興味深い.

図1  式(1)で相互作用する正二十四胞体ハニカム(4次元空間)の頂点に配置されたスピン系のシミュレーション結果[5].σ,ネマティック秩序変数;C,熱容量;χ,ネマティック感受率.破線(σmfMS)は平均場近似で計算したネマティック秩序変数[1].

Maier-Saupe理論は,その後,配向軸(≈ 分子長軸)方向に長さのスケールを持ち込むことにより層状液晶相(スメクティック相)の理論へと拡張される[8]など,液晶研究において重要な役割を果たした.一方で,分子を単純に棒としているので,実在液晶の記述には不十分なこともある.たとえば,ほとんどの実在液晶分子は,棒状のものに限っても,剛直なコアと呼ばれる部分に加えて,その端に柔軟なアルキル鎖を持つことが多く,それが相の熱力学的安定性,凝集構造などに重要な役割を果たしている[9–13].筆者は「コア+アルキル鎖」あるいは「アルキル鎖+コア+アルキル鎖」についてそうした研究も行ってきた.興味をお持ちの読者は別の解説等[9–12]を参照されたい.

本稿では,アルキル鎖の役割に注目した研究を始めるきっかけとなった,温度変化型液晶が示す双連結相の研究から派生したMaier-Saupeモデルの拡張とそのMetropolis法[14]によるモンテ・カルロシミュレーション結果を紹介する.

2  モデル拡張の背景

筆者らが対象としてきた比較的小さな棒状分子の示すサーモトロピック(温度変化型)液晶を含め,リオトロピック(濃度変化型)液晶やブロックコポリマーなどにおいて,双連結構造を持つ相が存在する.図2aに構造の例を示す.水色の正三角形の連結物と黄色の正三角形の連結物がある.これらは互いに鏡像の関係にあり,相互貫入した空間配置を持っている.つまり,双連結構造は一双の連結ブロックからなる構造である.

図2  ジャイロイド相の,a) 連結正三角形による表現と,b) 連結した正三角形上に凝集した棒状分子の捩れ配列.

このような特徴を持つ双連結構造に対しては,二つの構造ブロックの存在する空間を隔てる境界面を描くことができる.いろいろな形の境界面を考えることができるが,図2aに対しては,そうした境界面として(数学の1分野である微分幾何学において)ジャイロイドとして知られている三重周期極小曲面を採る事ができる[15].極小曲面は,枠に張られた最小の面積を持つ滑らかな曲面である.リオトロピック液晶やブロックコポリマーは必ず多成分系なので,相分離界面の極小化という意味づけを与えることが可能なため,極小曲面が境界となる双連結構造の形成という理解は非常に魅力的といえる.実際,別の構造を持つ多くの双連結構造において,境界として三重周期極小曲面を考えることができることもあって,相分離機構は双連結構造の形成機構として広く受け入れられている.

筆者らも,ジャイロイド相を示す分子が「アルキル鎖+コア+アルキル鎖」構造を持つことに注目し,アルカン添加による,アルキル鎖長を変化させた場合と類似の挙動を報告[16]するなど,相分離機構を補強する様な研究を行っていた.一方で,相分離機構を考える場合,相分離界面を作っているのが分子コアかアルキル鎖かという問題がある.これの解決には長い時間がかかったが,なんとか図2bのように,連結した正三角形の上に分子コアが載っていることを明らかにできた[17].このとき,分子の配向が正三角形の頂点間で連続的に捩れていることもわかった.とくに,水色と黄色の三角形の上ではねじれの方向が逆になっており,アルキル鎖がつくる空間内にある相分離界面はキラリティーが逆の空間の界面となっていた.

以上のように,研究対象とした双連結相の構造的特徴は,分子の両端についたアルキル鎖の熱運動でもたらされた分子形状[18]に由来する分子の連続的捩れ(図2b)であることがわかった.そんな状況で「分子が互いに捩れたがるとき何が起きるのか」を考えはじめた.本質的に捩れを好むキラルな分子の液晶については様々な研究があるが,研究対象はキラルでない.最も簡単と思われるスピン系の先行研究を調べても適切なものは見当たらなかった.そこで,液晶で最も有名(かつ拡張が簡単)なMaier-Saupeの相互作用(式1)を

  
V i j = − V 0 [ ( 1 − r ) P 2 ( s i ⋅ s j ) − r 7 3 P 4 ( s i ⋅ s j ) ] (3)

へと拡張することにした[19].ここでrはMaier-Saupeの相互作用からの変形を表すパラメータであり,r=0はオリジナルの相互作用,0<r≤vc=979では平行配列(θij=0)が最小のエネルギーを持つが,rc<rでは最小エネルギーを示す角度が連続的に大きくなる.こうした相互作用の変化は,概念的には図3のような分子形状の変化に対応させることができよう.式(3)の中の73は,r=1で文献[1]と同じように平均場近似計算を行えるようにするためのものである.

図3  パラメータrの変化と棒状分子の形状の対応関係.

筆者らが研究対象としていた物質群では,特定のアルキル鎖長域において,ジャイロイド相とは別の双連結相が現れていると予想されていた[18].同じ物質群のつくる別の双連結相の構造がわかれば,双連結相の形成機構の理解が進むと考えられたが,この相がキラルである(すなわち,反転対称を持たない)ことが報告され,筆者は,その構造決定を諦めた.その後,共同研究者となることになる岡俊彦氏(静岡大学)が,液晶などの双連結構造に期待される電子密度分布の特徴を利用して,対称性は仮定せずに構造解析をするアルゴリズムを開発し[20, 21],これを適用することによって,構造解析が達成できた[22].こうして明らかになった双連結構造中では,ジャイロイド相と同様に,分子配向が滑らかに捩れているらしいことがわかった.しかし,双連結構造の二つの連続構造物は同じキラリティーを持っており,アルキル鎖の作っている空間内に境界面を考えることの妥当性に疑問を投げかけことになった.他方,コアの載った構造(線グラフ)の構造を解析すると,可能な数あるグラフの中でも,ジャイロイドの場合同様,頂点配列などに,際立った特徴が認められた[23].つまり,少なくとも筆者が研究対象としたサーモトロピック液晶の双連結相では,相分離機構だけでは不十分であり,一方で,2種の双連結相に共通した構造的特徴は分子配向の連続的捩れ(図2b)だったことになる.キラルでない分子が平行配列を好まない場合に,何が起きるかを知っておくことは,ますます大事なことのように思われた.

3  基底状態の縮退

シミュレーションの結果を説明する前に,あらかじめ式(3)の性質を見ておこう.式(3)は偶数次のルジャンドル多項式の和なので,スピンsiを反転させても変化しない.これは,ほとんどのネマティック相が構成分子の反転対称の有無にかかわらず分極を持たないという事実を反映しており,ネマティック秩序変数(式(2))もそのように定義されている.

r≤rcの基底状態についてはr=0と同様,全スピンは平行である.ただし,r=rcは相互作用の最低次項がθijの2次でなく4次になるため,熱容量がその他の場合のkBの半分になるという特徴がある.

拡張Maier-Saupeモデル(式(3))の面白さは,当然,r>rcの場合にある.r<3671の範囲では,θ=0とπ2のエネルギーを比べると前者の方が低いので,多少は平行配列を好むという意味ではフェロ的であるが,同じ状態を好まないという意味ではアンチフェロ的であるといえる.後述する通り,様々な秩序相はこうした事情を反映している.

r>rcでは,相互作用している2つのスピンを考えると,一定の角度を持った状態が最低エネルギーである(たとえば,図4のRとG).一方のスピンを固定したとき,固定したスピンを回転軸とした円錐上にある限り,もう一方のスピンがどちらの方向に向いてもエネルギーの変化は生じない.これは,スピン間の相互作用として平行(フェロ)か反平行(アンチフェロ)でエネルギー最小となる通常のスピンモデルとは大きく異なる特徴である.

図4  拡張Maier-Saupeモデルにおける相互作用する3個のスピンの2種の安定配列.BとB’は,RとGが決める面について対称である.

相互作用するスピンのいる場所である格子点を,隣接していれば異なる色になるよう塗り分けるとき,2色で足りる格子をbipartite,3色が必要なときtripartiteという.以下ではこれらを2色格子および3色格子と表記する.2色格子では数の少ない方の色で塗られた格子点に平行なスピンを置き,他方のサイト上に円錐上のランダムな方向に向いたスピンを配置すると,最低エネルギーの状態の1つが得られる.2色格子上の拡張Maier-Saupeモデルは,連続的に縮退した基底状態をもつことがわかる.この連続的な縮退は,励起にエネルギーを必要としない,いわゆるゼロ・モードの存在を意味するため,熱容量の値そのものにも影響があらわれる.図7の正方格子(シュレーフリ記号1{4,4})の熱容量が低温で他の格子と異なるのはこの現れである.

式(3)の際だった特徴は,3つのスピンがどのスピン間の相互作用にも損失を与えずに最安定配置を採れることである.図4のR,G,Bのように三角錐を作れば良い.つまり,式(3)は実効的に3体の相互作用を含んだような性質を持っている.さらに,図4でRとGを決めたとき,最後のスピンの最安定状態としてBとB’が可能である.このため,3色格子上の最低エネルギー状態は,最も多い色のサイト上でスピンがそれぞれ独立に2通りの配向を持つことができるので,スピンあたり(kB/3)ln2以上のエントロピーを持つ.

4  高次元の結果

前節で見た通り,拡張Maier-Saupeモデルの基底状態は格子の幾何学に大きく影響される.

はじめに2色格子である単純立方格子{4,3,4}上の結果を見よう[19].図5はrを変化させたときの相図である.rの増加につれ,フェロ的な性格が弱まっていくので転移温度は低下するものの,等方相からはじめに現れるのはネマティック相である.この等方相–ネマティック相境界はr≤rcの相境界と滑らかに繋がり,相転移次数もr=0と同じ一次である.r>rcでは平行配列はもはや最低エネルギーではないので,最低温相の資格を持たない.実際,ネマティック相ではすべてのサイトが等価であったものが2色塗り分けにしたがって2つのグループに分裂し,副格子秩序を採るようになる.一方はすべて(ほぼ)平行,他方は平行スピンの方向の周りの円錐上にランダムに傾いた状態を基本としている.ここで見られる,一方の副格子上の(ほぼ完全な)平行配列は,もう一方の副格子上のスピン配列の乱れによるものであり,order-by-disorderと呼ばれる現象[24]と見なすことができよう.

図5  単純立方格子上の拡張Maier-Saupeモデルの相図[19].

次に3色格子の場合を見てみよう[5].実は,十分に対称性の高い(無限)3色格子は3次元には存在しない[25].4次元空間を4次元の正多面体である正二十四胞体{3,4,3}で充填することができ(正二十四胞体ハニカム,{3,4,3,3}),このとき頂点にスピンを配置すれば3色格子となる.この格子は等価な3つの副格子で構成される.この正二十四胞体ハニカム上でのシミュレーションで得られた相図は,図5の相図で副格子秩序が2つの相に分かれたものとなった.ただし,以下で説明するとおり,高温側の副格子秩序相では3つの副格子は等価であり,全系について副格子を区別せずに平均したネマティック秩序変数がネマティック相の値とほとんど同じなので,ネマティック相が2種類に分裂したという見方も可能といえる.

図6はr=0.3としたシミュレーションで得られたスピンの配向(スピンの端)を,副格子毎に異なる色で表したものである.南半球には逆の端が見えているので,北半球だけに注目しよう.等方(I)相では,どの副格子上のスピンも一様に分布している.ネマチック(N)相になると赤道方向の分布が減少し,極の方向に配向している.さらに温度が低下すると,ネマティック相の中ではあるが,相互作用の捩れを好む性質が顕在化し始め極周辺の分布が減少している.より低温では3回対称のT相が現れる.T相では3つの副格子が極の周りに互いに等価な関係で分布している.3つの副格子をあわせたネマティック秩序は極方向を向いている.極からの距離は温度に依存して変化し,相互作用(式[3])の最小で決まる角度ではない.より低温では,3つの副格子の役割が2:1に分裂し,2つ(図6では赤と緑)はそれぞれほぼ完全に配向しているが,それらのなす角度は最小エネルギーで決まる角度である.残りの青で表された副格子上のスピンは赤と緑で決まる平面を対称面とする形で2重に無秩序化しており,図4の状況になっている.これら4つの相を順に隔てている相転移は,いずれも1次転移である.

図6  正二十四胞体ハニカム(4次元空間)の頂点に配置された拡張Maier-Saupeモデル[5]の各相における3つの副格子上のスピン配向の分布.極方向が特別な方向.I(等方)相,スピン配向は等方的;N(ネマティック)相,赤道方向の分布が少ない.低温では極方向の分布も減っている;T(3回対称)相,それぞれの副格子が別の方向に1軸秩序化);B(2軸性)相,2つの副格子はほぼ完全秩序化.残りの副格子は他の副格子の配向で決められた鏡面を挟んで2重に無秩序化.

紹介した3次元と4次元の結果は,大雑把には,拡張Maier-Saupeモデルの相挙動は,無秩序相→一軸秩序相→傾くことによる新しい構造,とまとめることができる.秩序の詳細を除けば当たり前ともいえるが,シミュレーションしてみないと確認できなかったことである.Maier-Saupeモデルを拡張する動機となった情報は得られたともいえる.

5  2次元の場合

2次元系の相転移の可能性についてはHohenberg-Mermin-Wagnerの定理[26, 27](以下,HMW定理)がよく知られている.これは,2次元の連続自由度の系では,離散対称性が表れるような相転移は起きない,というものである.ここで取り扱っているのは連続的に配向を変化させ得る古典スピンの系なので,拡張の有無にかかわらず長距離秩序として一軸秩序の発生はないと期待され,そこから敷衍して「どんな相転移も起きない」という予想があり得る.実際,式(1)で相互作用するスピン系では,HMW定理では禁止されないBerezinskii-Kosterlitz-Thouless転移でさえ起きないとされている[28].

ところが,三角格子{3,6}(z=6)上の拡張Maier-Saupeモデル[29]については,図7に見られる通りkBT/V0≈0.11において大きな熱容量のピークが現れた.このピークで獲得されるエントロピーは,スピンあたり約kBln3である.また,熱容量ピークの鋭さに明確なシステムサイズ依存性は認められなかったものの,この温度付近では,平衡到達に要するMCステップ数(エネルギーでモニター)が極端に大きくなった(図8).さらにこのステップ数には,z≈0.6程度と弱いながらもシステムサイズ依存性(∝Nz)がみられ,無限系では発散するらしいと考えられた.つまり,この大きな熱容量のピークは相転移である可能性がある.

図7  3種類の2次元格子上の拡張Maier-Saupeモデルの熱容量(モンテカルロシミュレーションによる).正方格子の低温での熱容量は,一方の副格子上のスピン配向の乱れによる連続的縮退のため,他の格子のkBではなく,3kB/4に漸近している.
図8  三角格子上の拡張Maier-Saupeモデルにおけるエネルギー緩和に要するMCステップ数(2つの指数関数の和で解析)[29].kBT/V0≈0.11で極端に長くなる.

一方で,スピン配向の相関関数の距離依存性は,高温では指数関数的に単調減少し,低温では副格子短距離秩序の兆候は見られるものの,無限遠では確かに0(無相関)へと減衰するように見え,HMW定理と整合的であった.実際,低温においても相関のフーリエ成分は有意な大きさを持たなかった.

ネマティック秩序に共役な外場を印加すると[30],kBT/V0≈0.11の熱容量ピークは温度,形状ともほとんど影響を受けなかった.しかし,それより低温では,スピン配向の空間分布のフーリエ成分に有限なものが現れ,長距離秩序として副格子秩序が発生した.つまり,(格子)対称性の変化を伴う相転移となった.2次元系に特有の長波長のゆらぎが,外場によって固定されたためと解釈できる.これに対し,HMW定理の対象となる秩序は,ネマティック秩序であり,外場による対称性の低下のため,相転移は起き得なくなる.ただし,外場を強くしていくと秩序の発生による熱容量のピークが高温側へとシフトするはずである.実際,外場依存性から,この潜在的な不安定性にはkBT/V0≈0.7付近の幅の広い熱容量ピークが関係していることがわかった.以上の結果は,kBT/V0≈0.11の熱容量ピークは,副格子秩序に関係を持つ相転移であると考えられ,HMW定理には抵触しないことを示していると考えられる.

HMW定理が禁止する相転移ではないとしても,長距離秩序が発生していないと思われる状況における相転移をどのように考えれば良いだろうか.文献[29]では2つの可能性を議論した.

kBT/V0≈0.11以下の温度では,スピン配向の相関関数は副格子秩序の兆候を示していた.この副格子形成を並進対称性の変化として考えると,スピン配向の相関の減衰は,有限のフーリエ成分の不存在に帰着する.一方,スピン相関の様子を概念的に図示すると,任意のスピンを中心にとって,図9の様に表すことができるだろう.緑と青は実質的な「3体相互作用」のため別の方向を向く傾向を持つサイトなので区別され,この図は格子の対称性である6回対称ではなく,3回対称しか持たない.一方,高温側ではスピン相関は距離とともに単調に減少していたので,色分けはない.このため,相関関数を図9同様に表せば6回対称をもっている.実際,スピン相間が6回対称の場合に0となり,3回対称の時に有限になるような量(A3ϕ)を中心スピンからの距離の関数として定義[29]すると,温度依存性として図10が得られる.中心サイトと同じ副格子のサイトに相当する距離では,相転移温度の上下によらず0であるが,それ以外の距離では,(中心サイトに非常に近い部分を除き)相転移温度より高温では誤差の範囲で0,それ以下の温度では有限になっている.これは,長距離秩序の有無によらず,回転対称性が判別できる可能性を示している.ここで,図9が任意のサイトについて(平均として)描かれるものであって,巨視的な副格子秩序が長距離秩序としてできたわけではないため,現実の系に引き戻すと,特定の中心を与えない,あるいは必要としないことに注意しよう.

図9  三角格子上のスピン配向についての相関関数の低温における分布の模式図.長距離相関はないので中心スピン(ここではR)から離れるにしたがって3色の分類は不明瞭になるが,平均としては3回対称を持つ.
図10  三角格子上の拡張Maier-Saupeモデルに対して距離の関数として定義された,6回対称→3回対称の変化を表す局所秩序変数A3ϕ(|r|)の温度依存性.T≤0.111V0/kBになると|r|>3(ただし|r|mod3≠0)で有限になる.A3ϕ(|r|)の定義は文献[29]を参照.

もう一つのシナリオとしては,図4の様に,自由度を残しながら複数の最低エネルギー状態を作れるという特徴に注目した,パーコレーションに基づく描像である[29].中心スピンとそれを取り巻く6個のスピンの配向を使って7スピン毎にエネルギーを計算して中心スピンに割り当てることができる.この量は中心スピンの「居心地」の良さを表していると考えることができる.ある適切な(たぶん自然な)閾値を設定することにより,相転移温度以下では,長距離相関は持たないものの居心地の良いスピンの分布が系の全体にわたってパーコレートすることによる相転移を考え得る.

ここで考えた2つのシナリオは,いずれも三角格子の特殊性を取り入れていることを強調しておこう.たとえば,正方格子でも低温では副格子秩序の兆候は現れるが,相転移は起きない(図7).これは,たとえ完全な副格子秩序が発生しても,格子の4回対称性が失われないことと整合的である.また,正方格子では直接に相互作用する4個のスピンとあわせてエネルギーを計算しても,そこには直接の最近接相互作用の効果しか取り込まれない.一方で,3体相関が少しでもあれば良いわけでないことは,カゴメ格子が相転移を起こさないことからわかる(図7).

6  クラスターの「相転移」

三角格子の予期せぬ相転移の「発見」は,短距離秩序により対称性が変化し,相転移を引き起こしうる可能性を示唆しているように解釈できる.そこでは,3色格子であることが決定的であるように見えた.それでは3色有限系は相転移の様なものを示すであろうか.有限系の分配関数は常に解析的なため,特異点としての相転移が起きないことは明白なので,ここで考えるのは,熱励起による実効的な対称性の変化は可能かということである.

実は対称性の高い3色構造(格子または正多面体)はごく少数である[25].無限に大きい格子は,これまでに登場した三角格子(2次元)と正二十四面体ハニカム(4次元)のみであり,一般化した正多面体(正多胞体)は正八面体{3,4}(3次元)と正二十四胞体(4次元)に限られる.

正八面体の頂点に拡張Maier-Saupeモデルのスピンを配置してシミュレーションを行い,スピンの配向相関を比較すると,三角格子と同様の温度依存性が見られる[31].すなわち,6スピンからなる正八面体では,スピン間の距離は2種類しかないが,高温では距離が近いスピンの配向の相関が大きく,離れるにつれて相関は小さくなるが,低温では同じ副格子に属するサイト間の相関が大きく,異なる副格子に属するサイト間の相関が大きい.つまり,直接相互作用するサイト間のスピンの配向相関と体対角線上のスピンの配向相関は,ある温度で逆転する.スピン数24の正二十四胞体でも定性的には状況はそっくりである.

単純なフェロ的相互作用を仮定した場合には温度によらず配向相関は距離に対し単調減少であり,一方,アンチフェロ的相互作用では同じ副格子上のサイト間の相関は常に異なる副格子上のサイト間の相関より大きい.したがって,単純に距離によって相関の大きさが決まる状況をフェロ的,副格子秩序があるときをアンチフェロ的とするなら,正八面体クラスター上の拡張Maier-Saupeモデルは,相互作用の中間的性質を反映して,フェロ的状態とアンチフェロ的状態の間を「転移」していることになる[31].

3色塗り分けを念頭に置けば,フェロ的相互作用では正八面体のすべての頂点は同じ色を塗られることになり,その状態は点群Ohを持つと考えることができる.一方,アンチフェロ的相互作用では,各体対角線上のスピン対が異なる色になって区別されるので,点群としてはD2hを割り振るしかない.温度によって平均の対称性が変化したとも言えそうである.

7  まとめにかえて

棒状分子の作る双連結液晶相の研究をきっかけに行った拡張Maier-Saupeモデルのシミュレーション結果を紹介した.少なくとも筆者にとっては,驚くほど豊かな内容を持っていた.以下の様にまとめることができる.

式(3)で相互作用するスピン系について,あまり大きくないr>rcで

・相互作用はフェロ的でもありアンチフェロ的でもある

・3スピンの安定配置が作れるため,格子の幾何構造に非常に敏感である

・基底状態は,フラストレーションとは無縁ながら巨視的に縮退している(2色格子では連続的,3色格子では離散的)

・ネマティック相より低温側に副格子秩序が現れる

・三角格子では,HMW定理に抵触しない,長距離秩序のない温度誘起相転移が(たぶん)ある

・それは外場中では長波長揺らぎの抑制のため対称性の変化を伴う相転移になる

・3色スピンクラスター(正八面体と正二十四胞体)は温度変化により「相転移」まがいの短距離秩序と実効的な対称性の変化を示す

これらが,きっかけとなった双連結相の研究にどれほど役立つかはわからないが,興味深いことは間違いない.また,副次的ではあるが,三角格子の高次元類似物として正二十四胞体ハニカムを同定したことも意味があるだろう.フラストレーションのない系で基底状態が巨視的に縮退することを確認したことも,乱れた系を考える上では意味があると考えられる.こうした縮退をもつ最低温相に1次転移で移るのは,(理想)ガラス転移との関係でも意味があるかもしれない.なお,最近,ガラス転移類似の現象(一次相転移に伴う秩序形成の「失敗」)を,少し対称性の低い3次元3色格子上のアンチフェロ3状態ポッツモデルで見出したことを付記しておく[32].

 謝辞

本稿の内容は,論文共著者の山村泰久氏(筑波大学),菱田真史(現・東京理科大学)氏の協力の他,徂徠道夫先生(元・大阪大学),沓水祥一氏(岐阜大学)との双連結相に関する研究が無ければ始まらなかった.また,三角格子の結果については初期に菊池誠氏(元・大阪大学)に相談に乗っていただいた.さらに,重田育照氏には現所属での研究の機会を提供いただいている.ここに記して皆さんに感謝の意を表したい.

注
1   一般の次元の正多面体(正多胞体)と関連する図形を指定する記号.最初の数字は単位となる正n角形,2つ目は頂点に集まる数,という具合に続く.たとえば,{4,3}は立方体,{4,4}は正方格子.

参考文献
著者紹介

齋藤 一弥(理学博士)

〔経歴〕1986年大阪大学大学院理学研究科博士後期課程修了後,東京工業大学,東京都立大学,大阪大学を経て2004年筑波大学に着任.定年退職に伴い2024年から現所属.〔専門〕分子集合体の物性科学.〔趣味〕音楽(主に演奏).

 
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