抄録
本稿では私の博士論文の第5章にあたる「空間制限効果による安定なアモルファスAr固体」を紹介した.等温吸着によって細孔内にArの液相を形成させ,その後,系の温度を徐々に下げて液相を固化させた.これらは分子動力学法によって計算機上でシミュレーションした.冷却過程で細孔内に形成したLJAr固体の原子構造を,動径分布関数,ボロノイ面パラメター,ボンド配向の秩序パラメターを用いて解析した.本研究によって,1.直径1.7nm,長さ3.4nmのシリンダー型ナノ細孔内に形成したAr固体の構造は,20面体的な局所構造,あるいは局所的な5回対称構造を有することから,バルクのArガラスに類似したアモルファス構造であること,2.バルクでは壊れやすかったアモルファスAr固体が細孔内では'実質上'安定に存在すること,などが明らかになった. SiやGeといった共有結合系や,Fe,Ag,Auといった金属系では,アモルファス固体を比較的簡単に作ることができるのに対し,Ar等の希ガス系はアモルファス構造を取りにくいことが知られている.1990年に,香内ら[10]は蒸着法によってアモルファスAr固体の作製に初めて成功したが,それは10Kという非常に低い温度で,しかも非常にゆっくりとAr気体を蒸着させることによってのみ可能である.温度を20Kにまで増加させると,アモルファスAr固体はfcc結晶へと結晶化してしまう.このように,最もアモルファス固体になりにくいとされているArですら細孔内ではアモルファス構造が安定に存在するのである.したがって,どのような物質であれ,ナノ細孔を用いればアモルファス構造のナノ物質を容易に作製することが可能であると本研究の結果から期待できる.