抄録
2023 年7 月、ウアイヌコㇿ コタン(民族共生象徴空間 愛称:ウポポイ)は3 周年を迎えました。ウポポイが果たすべき役割には「アイヌ文化の振興・創造等の拠点」であること、また「将来に向けて先住民族の尊厳を尊重し、差別のない多様で豊かな文化を持つ活力ある社会を築いていくための象徴」であることがあります。
この大きな役割をどのように果たしていくのかを考えるため、3 周年という筋目を契機に、アイヌ テエタワノアンクㇽ カンピヌイェ チセ(北海道大学アイヌ・先住民族研究センター)と、アヌココㇿ アイヌ イコロマケンル(国立アイヌ民族博物館)の共同シンポジウムを開催しました。
アイヌ テエタワノアンクㇽ カンピヌイェ チセとアヌココㇿ アイヌ イコロマケンルは2020 年11 月に「学術連携・協力に関する協定」を結び、毎年勉強会やシンポジウムを開催しており、2023 年8 月29 日に行われた今回のシンポジウムも同協定による事業の一つとして実施されました。会場(民族共生象徴空間ウポポイ 体験学習館別館3)には50 人、オンラインで150人が参加しました。
第1 部で、先住民族の文化展示について、北海道大学の山崎幸治教授による事例報告をしました。第2 部では、アイヌの歴史と文化がこれまでどのように伝承され、研究されてきたのか、2つの主催団体の代表者が対談形式で振り返りました。そして第3 部では、北海道大学の北原モコットゥナㇱ教授をモデレーターとして、実際に事業に従事しているウポポイの職員である杉本リウ(ラリウ)、山道陽輪(ムカㇻ)、北嶋イサイカ、中井貴規(ナアカイ)がパネリストとなり、文化伝承や文化紹介の場でそのように課題や成果が生まれているかを検討しました。
3 年目にして、ウポポイには様々な課題が見えてきました。一つには、2023 年春、アイヌ テエタワノアンクㇽ カンピヌイェ チセの学術ジャーナル『アイヌ・先住民研究 アイヌ テエタワノアンクㇽ カンピヌイェ』第3 号に特集「アイヌ民族に対するマイクロアグレッション」が組まれ、今回のシンポジウムにも登壇した北嶋イサイカと杉本リウによるウポポイにおける来場者から職員へのマイクロアグレッションの事例と問題性が指摘されました。国連「ビジネスと人権」ワーキンググループは日本での調査結果の記者会見(2023 年8 月4 日)においても、民族共生象徴空間のアイヌ民族の職員が「人種的ハラスメントや心理的ストレス(原文:racial discrimination and psychological distress)」をうけているとの報告を懸念していることを述べました(1)。
今回のシンポジウムをはじめ、ウポポイでは、このような課題を避けることなく、オープンに語り合い、真剣な改善すべき問題として受け止めていきます。同様に、第2 部の加藤センター長と佐々木館長による対談にも、ウポポイのオープン当初から見られてきたアイヌ民族とアイヌ文化に対する悪意をもった差別的な批判への応答が試みられています。シンポジウムのタイトルに「3 周年」が大きく示されたことにより、これまでの3 年間の事業成果と反省、これから目指すべき指標が話されるであろうというイメージを参加者に与えた可能性が大いにあったのかもしれません。特に、パネルディスカッションでは深刻な課題が取り上げられたことについて冷ややかな反応もあったようです。
参加者による事後アンケートには、当日数名のパネリストが報告中に感極まったことについて言及されました。「感情的になってはいけない」というようなコメントが複数ありました。圧倒的な多数者が構成する社会のなかで、人がそれに対して「弱さ」を見せることに対する嫌悪感(ウィークネス・フォビア)も現象として存在していると言われています。また、「こんなに真剣にやらなければ楽になる」「もっと楽しくやるべきだ」といったような反応もあったようです。その意味において、今回のシンポジウムも、ウポポイをさらに楽しくするための前段階として、いまは「3周年を迎えて」こそ、実際に現場で起こっている「マイクロアグレッション」のような注目すべき課題にとりかかったことに大きな意義があったと言えるのではないでしょうか。
※本報告は、当日の発表内容をもとに加筆・調整し、適宜スライド・写真を加えて構成します。
1) 国連「ビジネスと人権」ワーキンググループ 記者会見 毎日新聞チャンネル 2023 年8 月4 日 https://www.youtube.com/watch?v=wzUwYiYo 54 分25 秒頃より(2023 年11 月21 日閲覧)。