農研機構研究報告
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原著論文
オーチャードグラス新品種「えさじまん」の育成とその特性
眞田 康治 田瀬 和浩田村 健一山田 敏彦高井 智之谷津 英樹横山 寛高山 光男佐藤 駿介
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2020 年 2020 巻 4 号 p. 17-40

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Abstract

オーチャードグラス「えさじまん」は,農研機構北海道農業研究センターと雪印種苗株式会社が共同育成した.「えさじまん」は,母系間および母系内選抜法で育成され,9 母系 22 個体で構成される.出穂始日は,「ハルジマン」と同日の 6 月 2 日で,早晩性は「中生の晩」である.地域適応性検定試験における 3 か年合計乾物収量は,全場所平均で「ハルジマン」比 104% でやや多収である.マメ科牧草との混播における乾物収量は「ハルジマン」並みである.多回刈および採草放牧兼用では,「ハルジマン」よりやや多収である.採種量は,育成地では「ハルジマン」より少ないが,採種地のアメリカ合衆国では「ハルジマン」並みである.水溶性炭水化物含量は,場所および年間をとおして「ハルジマン」より約 3 ポイント高い.繊維成分含量は,「ハルジマン」より低い.推定 TDN 含量は,「ハルジマン」より約 2 ポイント高く,TDN 収量は「ハルジマン」比 109% である.サイレージ発酵品質は,V スコアが「ハルジマン」より高い.越冬性は,「ハルジマン」よりやや優れる.すじ葉枯病罹病程度は,「ハルジマン」より低い.放牧における採食量は「ハルジマン」より多い.

緒 言

北海道の酪農経営においては,可消化養分総量(TDN)ベースで飼料の 50% 近くを輸入飼料に依存しているが(農林水産省 2020),輸入飼料の価格は為替レートや海外での作付状況に影響を受けることから,安定経営のためには飼料自給率の向上が不可欠である.北海道と東北の基幹イネ科牧草であるオーチャードグラス(Dactylis glomerata L.)は,耐寒性など環境耐性に優れるとともに,再生力および競合力に優れることからマメ科牧草との混播に適している(眞田 2019).北海道の草地においては,もっとも栽培面積の広いチモシー草地が,地下茎型イネ科雑草との競合により衰退し,植生や飼料品質が悪化する場合が多いことが明らかとなっている.オーチャードグラスは,地下茎型イネ科雑草との競合力に優れることが知られており(眞田 2019),草地の植生改善を主要な目的に栽培面積が増えている.

オーチャードグラスは,過去に道東を中心に大規模な冬枯れを起こしたことから,農研機構北海道農業研究センター(北農研)は,北海道での安定栽培のために越冬性の改良を主眼に品種育成を進めてきた.早生の「はるねみどり」(眞田ら 2006)や中生の「ハルジマン」(山田ら 2002)など,近年育成された品種は,冬季の気象条件の厳しい道東地域においても安定した越冬性を示す水準に達している.オーチャードグラスは,1 番草は出穂が進むにつれて飼料品質が低下し(Mowat et al. 1965),特に気温の高い夏季に収穫される 2 番草の飼料品質が低いとされている(増子ら 1994).そのため,北農研はこれまでの越冬性の改良に加えて,新たに飼料品質の改良に着手した.品質改良の目標として,飼料品質に密接に関連した重要な形質である水溶性炭水化物(WSC)に着目した.イネ科牧草の WSC は,葉において光合成により生産され,植物体内に乾物当たり 5 ~ 20% 程度存在しており,家畜の消化性は非常に高い(Richards and Reid 1953, Van Soest et al. 1991).このことから,WSC 含量が増加すると細胞内容物質が増加して消化率が向上することが知られている(Humphreys 1989).また,WSC はサイレージ発酵の際に乳酸発酵の基質となるために,乳酸含量や pH などのサイレージの発酵品質と密接に関連している(増子 1999).放牧利用においては,WSC 含量の高い牧草は家畜の採食性が高いことが明らかとなっている(Bland and Dent 1964雑賀 1981Mayland et al. 2001).そのため,WSC 含量の増加によって飼料品質が向上し,家畜の生産性への効果が期待できる.

このような背景において,北農研は 2000 年からオーチャードグラスの WSC 含量を高める育種に取り組み,2007 年から雪印種苗株式会社と共同で候補系統の収量性評価と飼料品質による選抜を実施し,WSC 含量が中生標準品種「ハルジマン」より高く,越冬性および収量性が安定している「えさじまん」を育成した.2011 年から地域適応性検定試験および特性検定試験などを実施した結果,「えさじまん」は WSC 含量が高くTDN 収量が多い点で「ハルジマン」より優れていることが認められ,2015 年 1 月に北海道優良品種に認定され,2017 年 3 月 15 日に登録番号 25796 で品種登録された.「えさじまん」は,自給飼料の高品質化と安定生産,および飼料自給率の向上に貢献できると期待される.

「えさじまん」は,北農研および雪印種苗㈱において共同育成されたもので,育成に携わった研究者は 7 名である.基礎集団の評価と選抜は,眞田,山田,高井,田瀬,田村によって行われ,構成栄養系の決定と合成は眞田,田瀬,田村によって,候補系統の評価と生産力検定予備試験は,眞田,田瀬,田村および雪印種苗㈱によって,生産力検定試験と育成地における各種特性評価試験は眞田,田瀬,田村および雪印種苗㈱によって行われた.地域適応性検定試験のデータを含む試験成績の取りまとめは,眞田,田瀬,田村が行った.

育種目標,育種方法ならびに育成経過

1. 育種目標

北海道および東北北部の寒地・寒冷地に適応し越冬性と飼料品質に優れる中生品種を育成する.

2. 育種方法

「えさじまん」の育種方法は,9 母系 22 栄養系の交配による母系間および母系内選抜法(Between and within family selection)である.表 1 に「えさじまん」の構成母系とその由来および栄養系数を示した.母系の来歴は,保存栄養系 CL.3570 から 1 母系 3 栄養系,CL.3584 から 2 母系 5 栄養系,CL.3614 から 1 母系 2 栄養系,CL.3636 から 1 母系 2 栄養系,CL.3645 から 1 母系 2 栄養系,CL.3641 から 1 母系 4 栄養系,CL.3724 から 2 母系 4 栄養系である.

3. 育成経過

「えさじまん」の育成経過を図 1 に示した.

1)構成母系および栄養系の決定

北農研において,越冬性と耐病性により選抜され保存されている中生から晩生の優良栄養系 240 点の 2 番草 WSC 含量を 2000 年に評価した.2001 年に WSC 含量の高い 15 栄養系を選抜し,隔離温室で交配した.2002 年7 月に15 母系を個体植し,2002 年 9 月と 2003 年 8 月に母系の WSC 含量と収量性を評価するとともに,越冬性と耐病性に優れる 151 個体を選抜し,2004 年にこれらの中から WSC 含量の高い 9 母系 18 個体を選抜し,切り穂により隔離温室で多交配した(第一次選抜).2005 年に 18 母系を定植し,個体植区と収量および成分評価区を設けた.2006 年に母系の収量性と WSC 含量等の飼料成分を評価するとともに,越冬性と耐病性に優れる 264 個体を選抜した.2007 年 6 月に WSC 含量の高い 9 母系を選抜し,これらの選抜母系に含まれる 2006 年選抜個体から WSC 含量の高い 22 個体を選抜した(第二次選抜).これらを隔離温室内で切り穂により多交配して,種子を等量混合し系統番号「北育 92 号」を付与した.2007 年 9 月に「北育 92 号」増殖 1 代を隔離圃場に定植し,2008 年 7 月に増殖 2 代種子を採種した.構成母系の特性は,表 2 に示した.

2)育成系統の評価

「北育 92 号」の増殖 2 代種子を用いて,2008 年 8 月から「北育 92 号」を含む候補系統 4 点を供試し,北農研,雪印種苗㈱北海道研究農場(長沼),同芽室試験地(芽室)および別海試験地(別海)の 4 場所において生産力検定予備試験を実施した.2009 年から 2010 年までの 2 か年,4 場所で収量性と生育特性を評価した.北農研において,各場所および各系統の WSC 含量を評価した.雪印種苗㈱において,各場所および各系統のサイレージ発酵品質と採種性を評価した.その結果,「北育 92 号」の収量性と WSC 含量が高かったことから(表 3),「北海 30 号」の系統番号を付与して,耐病性と収量性を総合判断して選定した「北育 93 号」(「北海 31 号」)とともに地域適応性検定試験と特性検定試験の供試系統とした.

3) 増殖 2 代の採種と地域適応性検定試験,特性検定試験および育成地における生産力検定試験と特性検定試験

増殖 2 代種子を用いて,「北海 31 号」とともに 2011 年から 2014 年まで道内 5 場所および東北 1 場所において地域適応性検定試験および特性検定試験を実施した.また,北農研では,採草利用による生産力検定試験の他に,多回刈および兼用利用試験,混播適性,採種性検定,飼料分析試験の各種試験を実施した.雪印種苗㈱では,道内 3 試験地において地域適応性検定試験を実施するとともに,サイレージ特性試験および飼料分析試験を実施した.

特性

1.試験方法

1)地域適応性検定試験の試験場所および調査方法

表 4 に地域適応性検定試験が行われた場所を,表 5 に播種年月日や施肥量などの耕種概要を示した. 北農研では,生産力検定試験を地域適応性検定試験と同様な試験内容で実施した.北海道立総合研究機構(道総研)畜産試験場を畜試と略記,道総研農業試験場と雪印種苗㈱は場所名のみを記載,家畜改良センターは各牧場名を記載した.地域適応性検定試験は,北海道内では 2011 年春播きで,東北では 2011 年の秋播きで 4 年間実施された.刈取りは,年 3 回刈の採草利用とした.調査法とその基準は,「飼料作物系統適応性検定試験・特性検定試験・地域適応性等検定試験実施要領(改訂 5 版)」(農林水産省農林水産技術会議事務局,農業技術研究機構畜産草地研究所,家畜改良センター,平成 13 年 4 月)に準拠した.新冠牧場では,播種後の生育不良により一部の試験区が枯死したため,1 および 2 反復目を 9 月 1 日に再播種した.そのため,反復間で大きな生育差が生じたことから,収量性に関する統計処理から新冠の値を除外した.また,2 年目以降に除外列が消失した区があり,この区を欠測として統計処理した.別海では,2 年目(2012 年)の 3 番草の乾物率および乾物収量が欠測となったため,収量性に関する統計処理の一部から別海の値を除外した.

2)供試系統

地域適応性検定試験は,「えさじまん」にあたる「北海 30 号」,「北海 31 号」および「ハルジマン」の 3 品種・系統を供試した.標準品種は“ 中生の晩”の「ハルジマン」とした.長沼および芽室では,比較品種として晩生の「バッカス」も供試した.統計処理は 3 品種・系統について実施して,「えさじまん」と「ハルジマン」のデータのみを示し,有意差が認められた場合は最小有意差(LSD;5% 水準)を求めた.

3)特性検定試験

表 4 に特性検定試験が行われた場所を,表 5 に播種年月日や施肥量などの耕種概要を示した.

(1) 耐寒性検定試験

耐寒性検定試験は,道総研根釧農業試験場(根釧)で実施された.前述の 3 品種・系統に加えて,耐寒性“ 強”で晩生の「グローラス」と耐寒性“ やや強”で中生の「ケイ」を比較品種として供試した.2011 年 6 月 2 日に播種量 200 g/a,条長 1.5 m,条間 0.5 m,で条播した.試験配置は,1 区 1 条で 6 反復乱塊法とした.雪腐病を防除し無除雪の試験区(対照区),雪腐病を防除し除雪した試験区(凍害区),雪腐病を防除せず無除雪の試験区(雪腐病害区)を設けて,耐寒性と雪腐病抵抗性を調査した.

除雪は,小型除雪機により実施して 2 月末まで積雪深を概ね 10 cm 以下に保った.雪腐病防除は,根雪前にフルアジナム水和剤 1000 倍液を 10 L/a,およびチオファネートメチル水和剤 2000 倍液を 10L/a 散布した.

(2)放牧適性に関する試験

a)放牧適性検定試験

放牧適性検定試験は,家畜改良センター新冠牧場(新冠)で実施され,試験方法は「飼料作物系統適応性検定試験実施要領(改訂 5 版)」(平成 13 年 4 月)に準拠した.2011 年 8 月 23 日に,播種量 200 g/a で播種し,試験区は 1 区 5 m × 6 m(30 m2)の散播で,試験配置は 5 反復乱塊法とした.供試家畜は,6-8 箇月齢のホルスタイン種育成雌牛で,1 日当たり 16-18 頭を試験区全体(450 m2)に放牧した.草高 30 cm 程度の時期に入牧し,半日間の放牧を試験区全体が概ね採食されるまで2-4 週程度継続して実施し,2013 年と 2014 年ともに 3 回実施した. 放牧前後に草量を測定し,前後差法により利用率(乾物,%)を求めた.また,放牧後に自走式モアで掃除刈りを実施した.

b)実規模による採草放牧兼用利用試験

北農研において,2011 年 8 月 24 日に「えさじまん」および「ハルジマン」を 1 区 30 a で散播(播種量:2.7 kg/10 a)した.1 番草を採草後,両品種とも草丈 30 cm 程度を目安に搾乳牛(平均 17 頭)を 11:00 から翌朝 7:00 まで放牧した.

4)北農研における特性検定試験

(1)耐凍性検定試験

8 月下旬から 9 月上旬にペーパーポットに播種し温室内で約 1 か月間育苗後,屋外に搬出し自然条件下でハードニングさせた.11 月下旬から 12 月上旬に耐凍性検定を実施した.播種日と凍結処理日は,2011 年 8 月 25 日と 11 月 28 日および 12 月 12 日,2012 年 9 月 5 日と 11 月 27 日,2013 年 9 月 3 日と 11 月 27 日であった.冠部 3 ㎝を採取し,各温度水準につき 10 個体の2 反復とした.-3 ℃ 6 時間植氷後,プログラムフリーザーで1 時間当たり 1 ℃降下させて温度 5 段階で凍結処理した.6 ℃で 1 晩解氷後,バーミキュライトに移植し,4 週後に生死を判定しプロビット法により半数個体致死温度(LT50)を算出した.

(2) 雪腐黒色小粒菌核病抵抗性検定試験

8 月下旬から 9 月上旬に 7 × 7 列のプラスチックトレーに播種し,温室内で約 1 か月間育苗後,屋外に搬出し自然条件下でハードニングさせた.1 品種・系統当たり 7 個体 4 反復とした.播種日と接種日は,2011 年 8 月 25 日と 12 月 27 日,2012 年 9 月 5 日と 12 月 21 日,2013 年 9 月 3 日と 12 月 25 日であった.エンバク粒で培養した雪腐黒色小粒菌核病菌生物型 B(Typhula ishikariensis Imai var. ishikariensis, biotype B)の TB-121 株を接種して深さ約 50 cm で埋雪し,7 週,9 週,11 週後に掘り出して温室内で再生させ,4 週後に生死と再生草勢(1:極不良-9:極良)を調査した.

(3)多回刈適性検定試験

2011 年 5 月 16 日に 200 g/a で条播し,試験区は 1 区が条長 4 m × 条間 0.3 m × 4 条(4.8 m2)の 4 反復乱塊法とした.「ハルジマン」の草丈が 30-40 cm 程度の時期に刈高約 8 cm で刈取りを行い,1 年目は 4 回,2 および 3 年目は 8 回,4 年目は 7 回収穫した.

(4)採草放牧兼用利用適性検定試験

2011 年 5 月 16 日に 200 g/a で条播し,試験区は 1 区が条長 4 m × 条間 0.3 m × 4 条(4.8 m2)の 4 反復乱塊法とした.1 番草は「ハルジマン」の出穂期に刈取って,以後「ハルジマン」の草丈 30-40 cm 程度の時期に刈高約 8 cm で刈取りを行った.1 年目は 2 回,2,3 および 4 年目は 6 回収穫した.

(5)マメ科牧草との混播適性検定試験

マメ科牧草の混播草種として, アルファルファ(Medicago sativa L.),アカクローバ(Trifolium pratense L.),シロクローバ(T. repens L.)を用いて混播適性を調査した.アルファルファ品種は「ハルワカバ」を,アカクローバ品種は「ナツユウ」を,シロクローバ品種は「ソーニャ」をそれぞれ供試した. 試験区は 1 区 4 m × 1.5 m(6.0 m2)の 4 反復乱塊法とし,2011 年 5 月 16 日にオーチャードグラスを 200 g/a,アルファルファとアカクローバをそれぞれ 65 g/a,シロクローバを 50 g/a の割合で散播した.

アルファルファ混播試験区とアカクローバ混播試験区は生産力検定試験と,シロクローバ混播試験区は多回刈適性検定試験と同じ刈取り処理を行った.

(6)飼料成分

a)一般成分

分析用試料は,北農研の生産力検定試験(採草利用)における 2 および 3 年目の各番草から反復ごとに採取し,生草を 70 ℃ 48 時間通風乾燥後,ウイレー型ミルで粉砕し分析に供した.分析は,十勝農業協同組合連合会農産化学研究所において化学分析により行った.

b)水溶性炭水化物(WSC)

WSC の分析は,2012-2014 年(2-4 年目)の北農研,長沼,芽室,別海の 4 場所における各番草のサンプルについて,北農研の高速液体クロマトグラフにより行った.WSC は,熱水で抽出し単少糖とフルクタンの合計とした(Sanada et al. 2007).

c) サイレージ発酵品質

b)の各サンプルをパウチ法(約 100 g,4 場所)およびボトル法(約 650 g,長沼および別海)により,長沼において調製した.パウチ法は 4 反復,ボトル法は 3 反復とした.調製は,乳酸菌製剤(Lactobacillus paracasei SBS0003 株)添加と無添加の 2 処理とした.2012 年(2 年目)と 2014 年(4 年目)は無予乾,2013 年は 1 日予乾後に調製した.サイレージの発酵品質と飼料成分は,雪印種苗㈱において分析した.

d)TDN 含量

2012 および 2013 年(2 および 3 年目)の北農研,長沼,芽室,別海(2013 年のみ)の 4 場所における各番草のサンプルについて,北農研において酵素分析法により各成分を分析し,次式により推定した.

  TDN =-5.45+0.89 ×(OCC + Oa)+0.45 × OCW

 注)OCC:細胞内容物,Oa:高消化性繊維,OCW:総繊維,出口ら(1997)による.

e)乾物消失率 

i)2012 年の 4 場所・各番草のサンプルについて,ナイロンバッグ法により乾物消失率を分析した.長沼のフィステル装着牛 2 頭を用いて,第一胃内にサンプルを 6 時間浸漬し処理した.

ii)長沼において,オーチャードグラス「えさじまん」,「北海 31 号」,「ハルジマン」,チモシー(Phleum pratense L.)「ユウセイ」および「ホライズン」を供試して,2011 年 9 月 15 日に 1 区 2 m × 0.3 m × 2 条で播種し,2013 年 6 月に出穂始め後約 2 日おきにサンプリングし,ナイロンバッグ法により第一胃内乾物消失率(24 時間処理)を評価した.

(7)採種性検定試験

a)採種性検定試験(北農研)

2011 年 8 月 4 日に 50 g/a で条播し,試験区は 1 区が条長 4 m ×条間 0.6 m × 4 条(9.6 m2)の 4 反復乱塊法とした.採種は,2012 年 7 月 17 日と 2013 年 7 月 19 日,2014 年 7 月 19 日に実施した.中 2 条から採種し,穂数等の採種関連形質を調査した.

b) アメリカ・オレゴン州における採種性試験(雪印種苗㈱)

2009 年 4 月 19 日にアメリカ合衆国オレゴン州コーバリスの雪印種苗㈱試験地(Snow Brand USA)において,1 区条長 4.9 m ×条間 45.7 cm × 4 条,4 反復で播種した.採種は,2010 年 7 月 16 日(「えさじまん」)と 7 月 20 日(「ハルジマン」)および 2011 年 7 月 23 日(「えさじまん」)と 7 月 26 日(「ハルジマン」)に実施した.

(8)個体植による特性調査

農林水産植物種類別審査基準に基づく個体植特性調査は,条間 80 cm × 株間 50 cm ,1 品種当たり 18 個体4 反復で実施した.定植は,2011 年 7 月 12 日と 2012 年 8 月 9 日で,調査は 2011-12 年と 2012-13 年の 2 回実施した.調査項目は,「オーチャードグラス種審査基準 2014 年 5 月」(農林水産省)に準拠した.

試験結果

1)早晩性

地域適応性検定試験における各場所の出穂始日を表 6 に示した.「えさじまん」の出穂始日は,場所・年次を通して「ハルジマン」と同日または 1 日の差であり,全場所 3 か年平均では「ハルジマン」と同日の 6 月 2 日であった.したがって,「えさじまん」の早晩性は「ハルジマン」と同じ“ 中生の晩”であると判断された.

2)越冬関連形質

(1)越冬性

地域適応性検定試験における各場所の越冬性を表 7 に示した.「えさじまん」の越冬性は,3 か年平均では北農研,上川農試天北支場(天北),長沼で「ハルジマン」より優れ,その他の場所は「ハルジマン」並みであった.越冬性が重視される北海道の全平均では 6.1 であり,「ハルジマン」を上回った.以上の結果から,「えさじまん」の越冬性は「ハルジマン」よりやや優れると判断された.

(2)耐寒性

耐寒性特性検定試験の除雪防除区における「ハルジマン」との比較では,大粒菌核着生程度(2012 年)は同程度,萌芽茎数は 3 年間とも同程度であった(表 8). 除雪防除区の積雪防除区(対照区)に対する収量比は,2013年は「ハルジマン」と同程度で,2012 年と 2014 年は「ハルジマン」より低かった.除雪防除区の乾物収量は,2012 年と 2013 年は「ハルジマン」と同程度で,2014 年は少なかった.これらを総合すると,「えさじまん」の耐寒性は「ハルジマン」と同程度の“ 中からやや弱”と判断された.

(3)雪腐病抵抗性

耐寒性特性検定試験の積雪無防除区における「ハルジマン」との比較では,大粒菌核着生程度(2012 年)はやや低く,小粒菌核病罹病程度(2013 および 2014 年)はやや高かった(表 8).萌芽茎数は,2012 年は同程度,2013 および 2014 年はやや劣った. 積雪無防除区の積雪防除区(対照区)に対する収量比および乾物収量は,3 か年とも「ハルジマン」より低かった.したがって,「えさじまん」の雪腐病に対する耐病性は“ 中”で,「ハルジマン」の“ 強”より劣ると判断された.

北農研における雪腐黒色小粒菌核病抵抗性検定試験の結果を表 9 に示した.「えさじまん」は,接種後各週の生存率は「ハルジマン」と大差は無く,雪腐黒色小粒菌核病抵抗性は「ハルジマン」と同程度であると判断された.

(4)耐凍性

表 10 に各品種の半数個体致死温度(LT50)を示した.「えさじまん」の LT50 は,4 試験の平均が-15.1 ℃で「ハルジマン」並みであったことから,耐凍性は「ハルジマン」と同程度であると判断された.

(5)越冬性総合判定

耐寒性特性検定における耐病性は,「ハルジマン」より劣ると判定されたが,地域適応性検定試験における越冬性は,「ハルジマン」よりやや優れた.耐寒性,耐凍性および雪腐黒色小粒菌核病抵抗性は,「ハルジマン」と同程度であった。これらを総合すると,「えさじまん」の越冬性は「ハルジマン」と同等であると考えられ,北海道全域への普及に問題はないと判断された.

3)耐病性

夏から秋にかけて北海道全域で発生する主要病害のすじ葉枯病(Cercosporidium graminis( Fuckel) Deighton)については,発生に差異が認められた場所・番草の平均で「えさじまん」は「ハルジマン」より罹病程度が低かった(表 11).したがって,「えさじまん」のすじ葉枯病に対する耐病性は,「ハルジマン」より優れると判断された.

4)収量性

(1)地域適応性検定試験(採草利用)

採草利用による地域適応性検定試験において,播種年を除く 2 から 4 年目までの 3 か年合計乾物収量は,「えさじまん」は北農研,天北,別海で「ハルジマン」より有意に多かった(表 12).その他の場所では「ハルジマン」比 97 ~ 107%で,全場所平均では「ハルジマン」比 104%でやや多収であった.年次場所別乾物収量の「ハルジマン」に対する比率を表 13 に示した.1 年目は「ハルジマン」比 110%で多収,2 年目は 103%で同等,3 年目は 104%でやや多収,4 年目は 107%で多収であった.

「えさじまん」は,年次を通して「ハルジマン」よりやや多収な傾向を示した.

番草別乾物収量の場所別平均を表 14 に示した.「えさじまん」の 1 番草収量は,新冠以外は「ハルジマン」並みから多収で,全場所平均は「ハルジマン」比 104%であった.2 および 3 番草収量の全場所平均は,「ハルジマン」比 104%と 106%であった.「えさじまん」は,年間を通して「ハルジマン」よりやや多収な傾向を示した.

2 年目収量に対する 4 年目収量の比率を永続性の指標として表 15 に示した.「えさじまん」の 4/2 年目収量比は,北海道平均は 71%で「ハルジマン」並であったことから,永続性は「ハルジマン」と同程度であった.

以上,地域適応性検定試験の結果では,「えさじまん」は各年次および各番草において「ハルジマン」よりやや多収であった.各場所の 3 か年合計収量においても,道央の北農研と長沼および道北の天北で「ハルジマン」より多収で,全道平均ではやや多収であることから,採草利用における収量性は「ハルジマン」よりやや優れると判断された.

(2)多回刈(放牧利用)

放牧利用を想定した多回刈では,2 および 4 年目合計収量が「ハルジマン」よりやや多収で,3 か年合計収量は「ハルジマン」比 104%でやや多収であった(表 16).季節別では,春季と夏季が「ハルジマン」よりやや多収で,秋季は「ハルジマン」並みであった.

(3)採草放牧兼用利用

1 番草を出穂期に刈取り,2 番草以降は放牧を想定した多回刈を行う採草放牧兼用利用では,年次を通して1番草およびそれ以降の多回刈の 3 か年合計収量が,それぞれ「ハルジマン」比 105%と 106%で,やや多収であった(表 17).以上の結果から,多回刈試験および採草放牧兼用利用における多回刈処理の収量が「ハルジマン」よりやや多収であることから,多回刈における収量性については「えさじまん」は「ハルジマン」よりやや優れると判断された.

5)マメ科牧草との混播適性

(1)アカクローバとの混播適性

アカクローバ「ナツユウ」との混播においては,3 か年合計乾物収量(オーチャードグラスとアカクローバの合計収量)は「ハルジマン」比 102%で,「ハルジマン」並みであった(表 18).マメ科率は,「ハルジマン」と同程度で推移した.「えさじまん」のアカクローバに対する競合力は「ハルジマン」と同程度で,アカクローバとの混播適性は同程度と判断された.

(2)アルファルファとの混播適性アルファルファ「ハルワカバ」との混播においては,3 か年合計乾物収量(オーチャードグラスとアルファルファの合計収量)は「ハルジマン」比 98%で,「ハルジマン」並であった(表 18).マメ科率は,年次を通して「ハルジマン」よりやや低く推移したが,適正なマメ科率とされる 30%に近かった(表 18).「ハルジマン」がアルファルファに抑圧される傾向を示したのに対して,「えさじまん」はアルファルファに抑圧される割合が小さかった.したがって,アルファルファに対する競合力は「ハルジマン」よりやや強く,アルファルファとの混播適性はやや優れると判断された.

(3)シロクローバとの混播適性(多回刈)

シロクローバ「ソーニャ」との混播においては,3 か年合計乾物収量(オーチャードグラスとシロクローバの合計収量)は「ハルジマン」比 106%で,「ハルジマン」よりやや多収であった(表 18).2 年目夏にウリハムシモドキの食害によりシロクローバが衰退したため,2 年目秋以降はマメ科率が大きく低下した.そのため,混播適性は正確には判断できないが,マメ科率が同程度で推移したことから,「えさじまん」のシロクローバとの混播適性は「ハルジマン」と同程度と推定された.

6)飼料品質

(1)WSC 含量

採草利用における WSC 含量は,場所別の 3 か年平均では 4 場所ともに,各番草において「ハルジマン」より約 2-4 ポイント高く,年間平均で約 3 ポイント高かった(表 19).各年次の場所平均では,3 か年ともに「ハルジマン」より約 2-5 ポイント高かった.全場所および 3 か年平均では,「えさじまん」の WSC 含量は 11.8%で,「ハルジマン」より 3.3 ポイント高かった.「えさじまん」の WSC 含量は,場所を通して「ハルジマン」より3 ポイント高く,年間を通して安定して高かった.

(2)一般成分

「えさじまん」は,1-2 番草の酸性デタージェント繊維(ADF),中性デタージェント繊維(NDF)および総繊維(OCW)など繊維成分含量が「ハルジマン」より 2 ポイント程度低かった(表 20). 高消化性繊維(Oa)含量は同等であるが,低消化性繊維(Ob)含量は年間を通して「ハルジマン」より 2 ポイント程度低かった. 細胞内容物(OCC)と非繊維製炭水化物(NFC)含量は,年間を通して「ハルジマン」より 2 ポイント以上高かった.粗タンパク質(CP)と粗灰分(CA)含量は,「ハルジマン」よりやや低かった.「えさじまん」は,「ハルジマン」より繊維成分含量が低く,OCC など消化性の高い成分含量が高かった.

(3)推定 TDN 含量および TDN 収量

推定 TDN 含量は,場所別の 2 か年平均でみると,3 場所ともに年間を通して「ハルジマン」より約 1-2 ポイント高く,3 場所 2 か年平均では「ハルジマン」より 1.6 ポイント高かった(表 21).TDN 収量は,北農研では 2 か年とも年間を通して多収であった(表 22).長沼,芽室,別海では,各場所の 3 年目 1 番草と長沼の 2 年目 2-3 番草は「ハルジマン」並みであった以外は,「えさじまん」より多収であった.「えさじまん」の年間合計 TDN 収量は,3 場所 2 か年平均 109% で「ハルジマン」より多収であった.

(4)乾物消失率

第一胃内乾物消失率は,「えさじまん」の1 番草は「ハルジマン」より 4 場所平均で 4 ポイント,2 番草は 2.6 ポイント高かった(表 23).1 番草出穂後の第一胃内乾物消失率は,「ハルジマン」より 1-4 ポイント程度高く推移し,平均では 2.7 ポイント高かった(表 24).また,「えさじまん」よりも出穂の遅いチモシー品種との比較では,チモシー出穂始め以降の同時期において同等の乾物消失率を示した.したがって,「えさじまん」の乾物消失率は,1 および 2 番草において「ハルジマン」より高く,出穂後の乾物消失率の低下が「ハルジマン」より少ないことから,消化性は「ハルジマン」より優れると判断された.

(5)サイレージ発酵品質

「えさじまん」のサイレージ発酵品質は,予乾なしで無添加の場合にパウチおよびボトルのいずれの方法においても V スコアが「ハルジマン」より高い値を示した(表 25).予乾した場合は,パウチ法では差が見られなくなったが,ボトル法の 1 および 2 番草は「ハルジマン」より V スコアが高かった。乳酸菌を添加した場合,V スコアは概ね良好となり,「ハルジマン」との差は小さかったが,概ね「ハルジマン」を上回った.したがって,「えさじまん」は,「ハルジマン」に比べてサイレージ発酵品質に優れ,特に原料草の水分が高い無予乾条件でのサイレージ調製において優位性を示した.

(6)飼料品質総合判定

「えさじまん」は,「ハルジマン」に比べて WSC 含量が約 3 ポイント高い上に,繊維成分は「ハルジマン」より低くて消化性が高く,TDN 含量が 2 ポイント程度高いことから,飼料品質は「ハルジマン」と優れると判断された.サイレージ発酵品質は,特に予乾なしで高水分の場合に「ハルジマン」より優れた.

7)放牧適性

(1)放牧適性検定試験

家畜改良センター新冠牧場で実施した放牧適性検定試験では,「えさじまん」は 2014 年の第 2 回と第 3 回の乾物および草丈利用率が「ハルジマン」より高かった(表 26).2 か年平均では,「ハルジマン」より利用率がやや高かった.

(2)実規模による採草放牧兼用利用試験

北農研で実施した実規模(30 a)による採草放牧兼用利用では,1 番草採草後の放牧(2014 年)において,「ハルジマン」の放牧回数は 9 回であったのに対して,「えさじまん」の放牧回数は 12 回であった(表 27).合計採食量は「ハルジマン」より約 20%多かった.1 番草サイレージの V スコアは,「ハルジマン」と同程度の 96 で良好であった(データ省略).

(3)放牧適性総合判定

「えさじまん」は,放牧適性検定において利用率が「ハルジマン」よりやや高く,実規模試験において採食量と放牧回数が多いことから,放牧適性は「ハルジマン」より優れると判断された.

8)採種性

採種における草丈は,「ハルジマン」より平均 9 cm 高く,穂長は 1 cm 長く穂数は「ハルジマン」並であった(表 28).倒伏は「ハルジマン」より多かった.採種量は,2 か年平均では「ハルジマン」より少なく,千粒重は「ハルジマン」よりやや小さかった.採種性検定における採種量は,「ハルジマン」より少なかったが,海外採種地のアメリカ・オレゴン州における採種量は「ハルジマン」並であり,採種量はいずれも十分な量であった(表 29).したがって,「えさじまん」の採種性は,育成地においては「ハルジマン」より劣るが,海外採種地のアメリカでは「ハルジマン」と同等であることから,海外での種子生産は問題ないと判断された.

9)系統内個体変異

各形質の標準偏差(SD)は,最長稈の長さと穂の長さの SD が「ハルジマン」よりやや大きかったが,それ以外の形質の SD は「ハルジマン」と同程度であった(表 30).したがって,「えさじまん」の系統内個体変異は,「ハルジマン」と同程度である判断された.

春の草勢,秋の草勢および越冬性が優れ,草型は立型で,最長稈の長さと止め葉の長さがやや長い,茎数がやや少ない,すじ葉枯病罹病程度がやや低いなど,「ハルジマン」との間に差異がみられる形質が複数あるため,「ハルジマン」との区別性を有すると判断された(表 30).

考察

1)「えさじまん」の育種方法

北農研では,1960 年代にオーチャードグラスの育種を開始して以来,多数の優良栄養系を選抜し,育種素材として活用してきた.これらの栄養系の表現型選抜により,越冬性と耐病性に優れる中生の「ハルジマン」と極晩生の「トヨミドリ」が育成された(山田ら 2002中山ら 2002).保存優良栄養系は越冬性や耐病性で選抜されたものが多く,大きな遺伝的変異を含んでいることから基礎集団の評価を省略でき,育種年限の短縮が可能であるとともに新たな形質に着目した育種に利用できる.オーチャードグラスでは,栄養系や個体間で乾物消化率に大きな変異があることが知られている(Christie and Mowat 1968. Buxton and Lentz 1993).WSC 含量の改良において,育種を開始するに当たり保存栄養系の WSC 含量を評価したところ,栄養系間で WSC 含量に大きな変異が認められたため,WSC 含量の高い栄養系を選抜し育種素材として活用した.これらの WSC 選抜栄養系とその多交配後代において,WSC 含量の遺伝率を推定したところ,親子回帰による狭義の遺伝率は 0.78,多交配後代間の狭義の遺伝率は 0.53 で比較的高い値であった(Sanada et al. 2007).オーチャードグラスでは,WSC 含量の狭義の遺伝率は CP 含量などに比べて高いことが海外でも報告されている(Jafari and Naseri 2007).以上のように,オーチャードグラスの WSC 含量は,遺伝的変異が大きく遺伝率も高いことから,「えさじまん」の育成では改良を効率的に進めることができたと考えられる.また,前述の多交配後代においては,WSC 含量と ADF および NDF 含量との遺伝相関は,それぞれ -0.52 と -0.53 であり,WSC 含量の向上により ADF および NDF 含量を低下させることができると推察されている(Sanada et al. 2007).「 えさじまん」は,「ハルジマン」に比べて WSC 含量が高く ADF および NDF 含量が低かったことから,WSC 含量の改良に並行して ADF および NDF 含量を低下させつつ,TDN 含量も同時に改良できることを実証した.

オーチャードグラスの WSC 含量の改良を進めるに当たり,2 集団において WSC 含量と収量および草勢との遺伝相関を評価したところ,それぞれ -0.10 と 0.12 と低いことが明らかになり,WSC 含量と収量性を並行して改良できることが示されている(Sanada et al. 2007).「えさじまん」は,「ハルジマン」に比べて乾物収量は 4%増加しており,WSC 含量と収量性の改良を並行して実施できることを実証できた.オーチャードグラスでは,乾物消化率と収量の間には負の表現および遺伝相関(Stratton et al. 1979. Jafari and Naseri 2007)があったのに対して,収量と NDF との間の表現および遺伝相関は,正であるか(Stratton et al. 1979),または一定ではなかった(Shenk and Westerhaus 1982)ことが報告されている.このことから,収量性の減少なしに乾物消化率や繊維含量を減少させることは困難であることが示唆されている(Stratton et al. 1979).「 えさじまん」の育成においては,WSC 含量の遺伝的変異の大きい育種素材を選定し,WSC 含量と乾物収量や他の飼料成分との遺伝相関を明らかにして,WSC 含量が高く収量性にも優れる母系を選抜することにより,WSC 含量に加えて収量性と栄養収量を並行して改良することに成功した.現在は,中生に引き続き早生および晩生についても同様な選抜方法により WSC 含量の改良を進めており,WSC 含量と栄養収量の高い品種の育成が見込まれる.

2)「えさじまん」の WSC 含量

採草利用では,良質なサイレージ調製のために WSC 含量は 10% 以上必要である(増子 1999)とされているが,「えさじまん」の WSC 含量は,4 場所 3 か年平均で 10%を上回った.サイレージにおいては,「えさじまん」の V スコアは,乳酸菌無添加の場合に「ハルジマン」より高く,WSC 含量の向上によりサイレージ発酵品質が改善された.また,サイレージの発酵品質は,原料草の水分の影響が大きく,予乾が不十分な高水分サイレージでは発酵品質が不良となる場合が多い.「えさじまん」は,予乾なしの高水分サイレージにおいて V スコアが「ハルジマン」より高く,サイレージ調製が難しい高水分条件において特に WSC 含量改良の効果が表れている.天候不良により予乾が不十分となる場合において,「えさじまん」の特性が活かされると期待される.

「えさじまん」の WSC 含量は,各年次,場所および番草において「ハルジマン」より高く,異なる環境条件下でも WSC 含量は安定して高い傾向を示した.イネ科牧草の WSC 含量は,気温(柾木ら 1978)や日射(Ciavarella et al. 2000),施肥量(菅原,伊沢 1982)など環境に影響されることが知られているが,本試験では品種間の序列は環境による変動が小さいことが示された.この結果は,「えさじまん」の育成において,年次や番草および場所を通して高い WSC 含量を示す母系や系統を選抜したことによる影響と考えられ,WSC 含量の選抜は複数の年次や場所など異なる環境下での評価が効果的であることが明らかとなった.

3)「えさじまん」の生理的特性

寒地型イネ科牧草は,低温(Pollock and Cairns 1991)や干ばつ(Volaire and Thomas 1995)などの環境ストレスに反応して WSC を蓄積することが知られている.また,寒地型イネ科牧草は,越冬前に貯蔵養分としてフルクタンを中心とした WSC を冠部に蓄積し,越冬前の冠部 WSC 含量と越冬性との間に関連がみられることが報告されている(田村ら 1985新発田,嶋田 1986).「えさじまん」は,飼料として利用される茎葉部の WSC 含量は「ハルジマン」より安定して高かったが,耐凍性や雪腐病抵抗性は「ハルジマン」と大差はなかった.オーチャードグラス品種においては,2 番草の WSC 含量と越冬性との間の相関は有意ではないことが示されている(Sanadaら 2004).この結果は,茎葉部の WSC 含量と越冬性は独立した形質であること示唆しており,飼料成分としての WSC 含量の改良は越冬性には影響しないことが示された.したがって,オーチャードグラスの越冬性の改良は,越冬性の厳しい現地での選抜を飼料成分の選抜と並行して行う必要があると考えられた.

4)「えさじまん」の採食性

イネ科牧草の WSC については,オーチャードグラス,ペレニアルライグラス(Lolium perenne L.)およびトールフェスク(Festuca arundinacea Schreb.)において,家畜の採食性(Bland and Dent 1964雑賀 1981Mayland et al. 2001)と正の相関があることが報告されている.「えさじまん」は,放牧適性検定試験と実規模採草放牧利用試験において,草丈利用率と年間合計推定採食量が「ハルジマン」より多いことから,放牧適性が優れると判断された.「えさじまん」の放牧 1 回当たりの採食量は,「ハルジマン」と大差がないことから,WSC 含量の向上による採食量の増加は確認できなかった.「えさじまん」は,採草および放牧後の再生が良好で,年間の放牧回数が「ハルジマン」より多かったことから,合計採食量は「ハルジマン」を上回った.WSC は,牧草の刈取りおよび放牧後の再生ためのエネルギー源として利用され,草地の永続性(Thomas and Norris 1981)や刈取り後の再生(Fulkerson and Donaghy 2001)に関連していることが報告されている.「えさじまん」の再生については,WSC 含量との関連が推察されるが,これに関しては今後調査が必要である.

5)「えさじまん」への期待

マメ科牧草との混播試験において,「えさじまん」の競合力は「ハルジマン」と同等以上であったことから,雑草との競合力は既存品種と同等以上と推察され,植生の悪化した草地の植生改善にも既存品種と同様に利用できると考えられる.「えさじまん」の利用により,WSC 含量と栄養収量の改良による生産性の向上に加えて,植生改善による生産性の向上も期待できる.また,原料草の WSC が低い場合,サイレージ調製の際にギ酸などの添加剤を加える必要があるが,WSC 含量の向上により添加剤が不要となる場合もあることから,酪農経営のコスト削減にも貢献できると考えられる.ペレニアルライグラスでは,WSC 含量を高めた品種が育成され,高 WSC 品種の採食により家畜の増体や泌乳量などへの増産効果が報告されている(Lee et al. 2001. Miller et al. 2001).「えさじまん」の普及に向けて,「えさじまん」を実規模で栽培しサイレージ調製して家畜に給与し,泌乳量などへの効果を実証する予定である.

適地および栽培・利用上の留意点

栽培適地は,北海道全域および東北北部である.普及見込み面積は,北海道が 7500 ha,東北が 2500 ha,合計 10000 ha である.年 20 t の種子を供給予定である.2021 年度より,雪印種苗㈱から種子の市販が開始される.採草利用を主体として,放牧利用および採草放牧兼用にも利用できる.

謝辞

「えさじまん」の育成は,2010 年から 2014 年度まで農林水産省委託プロジェクト研究「食用米との識別性を有する多収飼料用米,TDN 収量が高い飼料作物品種の開発」(国産飼料プロ)の補助を受けて行った.

圃場試験は,技術専門職員の森下春雄氏,武市利幸氏,柳谷修自氏の協力のもとで実施された.契約職員の藤森満智子氏および島田里美氏には飼料成分分析を,同じく細川諭美氏,須藤早苗氏,西塚花美氏には圃場試験を補佐していただいた.地域適応性検定試験および特性検定試験は,以下の場所(試験当時),担当者(試験実施当時在籍)により実施された.担当していただいた数多くの方々に厚く御礼申し上げる.

1)地域適応性検定試験ならびに担当者

地方独立行政法人 北海道立総合研究機構 農業研究本部 

 上川農業試験場天北支場(現酪農試験場天北支場)

 佐藤公一

畜産試験場 出口健三郎,飯田憲司

根釧農業試験場(現酪農試験場) 

 中村直樹,酒井 治,林  拓,牧野 司

独立行政法人 家畜改良センター

 十勝牧場 岡村幸雄,成田真知,渡部勝美,杉江由年,坂森 龍

 新冠牧場 和田英雄,大野正志,大田浩之,野崎治彦,小野純一

 奥羽牧場 阿閉恭子,澤石 秀,佐々木英明,洞内一彦,鳥谷部清一,福崎史也,倉岡 勝,千葉治男,阿部昌隆,田村勝視,伴苗行弘

雪印種苗株式会社 

 谷津英樹,横山 寛,高山光男,佐藤駿介

2)特性検定試験場所ならびに担当者

(1)耐寒性特性検定試験

地方独立行政法人 北海道立総合研究機構 農業研究本部

 根釧農業試験場(現酪農試験場) 

  中村直樹,酒井 治,林 拓,牧野 司

(2)放牧適性検定試験

独立行政法人 家畜改良センター新冠牧場

 和田英雄,大野正志,大田浩之,野崎治彦,小野純一

(3)実規模による採草放牧兼用利用試験

農研機構北海道農業研究センター 酪農研究領域

 梅村和弘

利益相反の有無

すべての著者は開示すべき利益相反はない.

引用文献
 
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