農研機構研究報告
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原著論文
ニホンナシ新品種‘はつまる’
齋藤 寿広澤村 豊髙田 教臣壽 和夫西尾 聡悟寺井 理治平林 利郎佐藤 明彦正田 守幸阿部 和幸加藤 秀憲西端 豊英佐藤 義彦樫村 芳記尾上 典之鈴木 勝征内田 誠木原 武士
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2020 年 2020 巻 4 号 p. 41-49

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Abstract

‘ はつまる’は,1993 年に‘ 筑水’と筑波 43 号を交雑し,育成した実生から選抜した極早生のニホンナシ品種である.2007 年からナシ第 8 回系統適応性検定試験に供試し,2014 年 2 月の果樹系統適応性・特性検定試験成績検討会で新品種候補にふさわしいとの合意が得られ,2015 年 6 月 19 日に第 24374 号として種苗法に基づき品種登録された.樹勢は中~やや強く,枝梢の発生は中~やや多い.短果枝の着生は中~ やや少なく,えき花芽の着生は中程度である.開花期は4 月中旬で‘ 筑水’,‘ 幸水’より 3 日程度早い.交雑和合性を支配する S 遺伝子型は S1S4 で,主要品種と和合性を示す.若木の収量は‘ 筑水’と同程度で,‘ 幸水’より少ない.収穫期は 7 月下旬で,‘ 筑水’より 1 週間程度,‘ 幸水’より 3 週間程度早い.ニホンナシ主要産地の大部分の地域で,ニホンナシ果実の需要が高まる旧盆前の収穫が可能である.黒斑病抵抗性で,黒星病にはり病性である.果実は円~扁円形を呈し,大きさは 300 g 程度で‘ 筑水’,‘ 幸水’より小さい.果実品質について,果肉は軟らかくち密であり,硬度は 4.1 ポンドで対照品種より軟らかく,糖度は 12.4% で対照品種より低く,pH は 5.1 程度で‘ 幸水’より低いが酸味はほとんど感じない.果実の日持ち性は 5 日程度で‘ 幸水’よりやや短い.各地で花芽の枯死が観察され,特に西南暖地での発生が多い.消費地で果実の需要が高まり,有利販売が可能な 8 月上旬までの収穫が可能であり,‘ 幸水’の旧盆前収穫が困難な東日本での普及が期待される.

緒 言

ニホンナシの経営において早生性は重要な形質であり,特に旧盆(8 月 15 日)前に収穫できる果実は高値での販売が可能である.これに対し,現在の早生の主要品種である‘ 幸水’の収穫期は西南暖地以外では 8 月中旬以降であり,‘ 幸水’より果実の成熟が早い極早生の品種が求められている.これまで農研機構では 8 月上・中旬に収穫できる品種として,赤ナシでは‘ 新水’(梶浦ら,1967),‘ 早玉’(梶浦ら,1969)および‘ 筑水’(壽ら,1991)を育成したが,これらの品種でも東北や北陸地方では旧盆前の収穫が困難であることから,より早生の品種育成へのニーズが高い.そこで,関東以北の果実の成熟が遅れる地域においても,旧盆前に出荷可能な良食味の極早生品種として‘ はつまる’を育成したので,育成の経緯とその特性について報告する.

育成経過

極早生品種の育成を目的として,1993 年に‘ 筑水’とナシ筑波 43 号の交雑を行った.得られた実生を1年間苗圃で養成し,1995 年に選抜圃場に定植した.個体番号は 373-17 である.極早生で食味が良好であったため 2006 年に一次選抜した.2007 年より開始したナシ第8回系統適応性検定試験にナシ筑波 54 号の系統名で供試し,全国 38 カ所の公立試験研究機関でその特性を検討した.その結果,‘ 幸水’より 20 日程度早く成熟し,関東以北で旧盆前出荷が可能であり,食味が‘ 幸水’程度に良好であるとの特性が明らかになり,2014 年 2 月の平成 25 年度果樹系統適応性・特性検定試験成績検討会(落葉果樹)で新品種候補にふさわしいとの合意が得られ,同年 5 月の果樹研究所職務育成品種審査会において,新品種候補として品種登録出願することが決定された.2014 年 7 月 26 日に‘ はつまる’と命名して種苗法に基づき品種登録を出願し,2015 年 6 月 19 日に第 24374 号として登録された.また,2015 年 8 月 17 日に平 26 なし農林 27 号として農林認定された.本品種の系統図を Fig.1 に,本品種の樹姿および果実の写真を Fig.2Fig.3 にそれぞれ示した.なお,本品種の親子関係については,「SSR マーカーによるナシの品種識別技術」(独立行政法人農業・食品産業技術総合研究機構果樹研究所・独立行政法人種苗管理センター,2007)中の 17 種類の SSR マーカーを用いて矛盾が無いことを確認した.

農研機構以外の系統適応性検定試験の参加場所および本品種の育成担当者は以下のとおりである.

系統適応性検定試験参加場所

青森県農林総合研究センターりんご試験場県南果樹研究センター,宮城県農業・園芸総合研究所,秋田県農林水産技術センター果樹試験場天王分場,山形県庄内総合支庁農業技術普及課産地研究室,福島県農業総合センター果樹研究所,茨城県農業総合センター園芸研究所,栃木県農業試験場,群馬県農業技術センター,埼玉県農林総合研究センター園芸研究所,東京都農林総合研究センター,千葉県農業総合研究センター,神奈川県農業技術センター,長野県南信農業試験場,新潟県農業総合研究所園芸研究センター,富山県農業技術センター果樹試験場,石川県農業総合研究センター,福井県農業試験場,静岡県農林技術研究所果樹研究センター,愛知県農業総合試験場,岐阜県農業技術センター,三重県科学技術振興センター農業研究部,滋賀県農業技術振興センター栽培研究部花き・果樹分場,京都府丹後農業研究所,兵庫県立農林水産技術総合センター北部農業技術センター,鳥取県園芸試験場,島根県農業技術センター,広島県立総合技術研究所農業技術センター果樹研究部,山口県農林総合技術センター,徳島県立農林水産総合技術支援センター果樹研究所県北分場,愛媛県立果樹試験場,高知県農業技術センター果樹試験場,福岡県農業総合試験場,佐賀県果樹試験場,長崎県果樹試験場,熊本県農業研究センター果樹研究所,大分県農林水産研究センター果樹研究所,宮崎県総合農業試験場,鹿児島県農業開発総合センター果樹部北薩分場(系統適応性検定試験開始時の名称).

青森県農林総合研究センターりんご試験場県南果樹研究センターは平成 22 年度をもって試験を中止した.

育成担当者

壽 和夫(1993 年 4 月~ 2004 年 3 月),佐藤義彦(1993 年 4 月~ 1994 年 3 月),阿部和幸(1993 年 4 月~ 1996年 3 月),齋藤寿広(1993 年 4 月~ 2004 年 3 月,2008 年 4 月~ 2014 年 3 月),寺井理治(1994 年 4 月~ 1998 年 3月),西端豊英(1996 年 8 月~ 1997 年 12 月) 正田守幸(1998年 4 月~ 2002 年 3 月),樫村芳記(1998 年 6 月~ 1999年 3 月),澤村 豊(2000 年 4 月~ 2010 年 3 月),高田教臣(2002 年 8 月~ 2014 年 3 月),平林利郎(2004 年 4月~ 2008 年 3 月),佐藤明彦(2004 年 4 月~ 2008 年 3 月),西尾聡悟(2008 年 4 月~ 2014 年 3 月),尾上典之(2011年 4 月~ 2012 年 3 月),加藤秀憲(2012 年 4 月~ 2014 年 3 月),木原武士(1993 年 4 月~ 1994 年 3 月),鈴木勝征(1994 年 4 月~ 2004 年 3 月),内田 誠(2004 年 4月~ 2008 年 3 月).

特性の概要

1.育成地での成績に基づく特性

農研機構において 2012 ~ 2017 の 6 年間,2017 年に 11 年生の複製樹 2 樹を用い,同樹齢の‘ 筑水’と‘ 幸水’を対照として,育成系統適応性検定試験・特性検定試験調査方法に従って特性を調査した.年次により成績が変動した離散的尺度の形質は,「None-slight」のように,-で結んで表現した.主要な樹体・結実特性および果実特性をそれぞれ Table 1 および Table 2 に示した.連続的変異を示す形質については,対照品種との比較を,品種と年を要因とする 2 元配置分散分析を行い,品種間の平均値の差を 5%水準の Tukey HSD test により検定した(Table1, 2).検定には,開花日は 4 月 1 日からの日数,収穫日は 7 月 1 日からの日数,果実重は常用対数変換した値,それ以外の形質は測定値をそれぞれ用いた.S 遺伝子型の判定は PCR-RFLP 法(Ishimizu et al.,1999)によって行った.

1)樹性および生理,生態的特性

樹勢は‘ 幸水’と比較してやや強い(Table 1).枝は発生量がやや多く,長さ,太さともに中程度で,黒褐色を呈し,毛じの密度は粗い.幼葉は褐色を呈し,毛じが粗く着生する.成葉は楕円形で,葉柄は短く,葉柄比(葉柄長/ 葉身長)は小さい.つぼみは白色を呈し,花弁は主に白色を呈し,大きさは中程度で,丸形,切れ込みの数は少なく,数は 5 ~ 6 枚以下である.やくの色は濃赤色で,花粉を有する.開花期は早く,平均値は 4 月 16 日で‘ 筑水’,‘ 幸水’より 3 ~ 4 日有意に早い.自家不和合性であり,S 遺伝子型はS1S4 で,現在の主要品種とはいずれも異なり,交雑和合性を示す.短果枝の着生は中~やや多く,えき花芽の着生は中程度である.平均収穫日は 7 月 25 日で,‘ 筑水’より 10 日程度,‘ 幸水’より 3 週間以上有意に早い.黒斑病には抵抗性で,黒星病に対してはり病性であるが,通常の薬剤散布で防除可能である.また,特に問題となる虫害も見られない.

2)果実特性

果実の大きさは 334 g で,‘ 筑水’と同程度であり‘ 幸水’より小さい(Table 2).果形は扁円形が多いが,円形も混在し,揃いは‘ 筑水’と同程度である.果皮は黄赤褐色を呈し,果点の大きさと分布は中程度である.果肉は黄白色で,果肉硬度は 3.8 ポンドで‘ 筑水’,‘ 幸水’より有意に軟らかく,ち密であり,果肉切り口の褐変の強弱は弱い.果汁糖度は 13.3%で‘ 筑水’より低いが,‘幸水’と同程度である.果汁の pH は 5.1 で‘幸水’より低いが酸味は強く感じない.渋みはなく,果汁は多い.日持ち性は対照品種とほぼ同程度である.軽微な心腐れ,みつ症状が年によってみられる.

2.系統適応性検定試験の結果

2007 年から農研機構を含む全国 39 カ所の試験研究機関で開始した,ナシ第 8 回系統適応性検定試験での各場所における樹体・結実特性及び生態的特性を Table 3 に,果実品質等に関する特性を Table 4 に示した.なお,試験を中止した青森県からは成績が得られなかったため,両表は 38 場所の成績からなっている.接ぎ木苗の初結実年次がほとんどの場所で 2010 年であったため,十分な果実数を用いた調査が可能であった 2012 年と 2013 年における平均値を示した.ただし,収量は供試樹の樹齢が若く,樹齢の進行とともに大きく増加したため,2013 年単年の成績とした.連続的変異を示す形質については,‘ 筑水’と‘ 幸水’との比較を品種と場所を要因とする二元配置の分散分析により行い,品種間の平均値の差を 5%水準の Tukey HSD test により検定した(Table 5).対照品種に欠測値のある形質については,Type II の平方和(中澤,2007)を算出した.さらに 2013 年の開花前に,熊本県農業研究センターと農研機構において,本品種の花芽の枯死率を‘ 幸水’を対照として調査した.熊本県では各品種 10 本の長果枝のえき花芽を,農研機構では各品種 1 樹から 10 本選んだ結果枝の全芽について,長果枝のえき花芽と短果枝の頂花芽別に調査した.開花しなかった花芽を枯死とし,枯死花芽数/全芽数を枯死率として,花芽の種類別に求めた.

樹勢は「中」と評価した場所が最も多かったが,「やや強い」,「強い」と評価した場所も少なくなく,「中」の‘筑水’,‘幸水’より若干強いと考えられた(Table 3).枝の発生密度はほとんどの場所で「中」以上の評価であり,「中」の‘ 幸水’よりやや多く,「やや多」の‘ 筑水’よりはやや少ないと考えられた.開花中央日は東北地方および新潟県で 5 月上旬,九州地方,山口県,静岡県,関東南部で4 月上旬であったが,それら以外の場所では 4 月中下旬であり,全国平均は 4 月 15 日で,‘ 筑水’や‘ 幸水’より 3 日有意に早かった(Table 5).短果枝の着生は「中」とする場所が比較的多かったが,「やや少」,「少」と評価する場所も多かったことから,「中」の‘ 筑水’よりはやや少なく,「少」の‘ 幸水’よりやや多いと考えられた.えき花芽の着生は「中」とする場所が最も多く,「中~やや多」の‘ 筑水’よりやや少なく,‘ 幸水’と同程度と考えられた.収量について,7 年生時の値を比較すると,‘ 筑水’と‘ 幸水’の平均値がそれぞれ 14.8 kg,20.9 kg であるのに対して 15.2 kg であり,多重比較により‘ 筑水’との差は有意でなかったが,‘ 幸水’より有意に低かった.収穫中央日は,7 月 15 日(宮崎)~ 8 月 23 日(秋田)まで変異がみられ,全国平均は 7 月 30 日であり,‘ 筑水’より 8 日,‘ 幸水’より 22 日有意に早かった.宮城,秋田,山形県以外は 7 月中旬~8 月上旬の範囲にあったことから,本品種は福島県以南のニホンナシ産地の大部分で旧盆前収穫が可能であると考えられる.

平均果実重は 207 ~ 352 g の範囲にあり(Table 4),全国平均は 296 g で,‘ 筑水’の 320 g,‘ 幸水’の 383 gと比較して有意に小さかった.果実の揃いは「中」との評価が多かったが,特に九州地方で「不良」であるとの評価が多かった.果実の形は「円」,「扁円」および両形が混在するという評価がほとんどで,かついずれの評価もほぼ同数であった.果肉硬度の全国平均は 4.1 ポンドで,‘ 筑水’の 4.6 ポンド,‘ 幸水’の 5.3 ポンドと比較して有意に低かった.果汁糖度は‘ 筑水’,‘ 幸水’の全国平均がそれぞれ 13.1%,12.8%であるのに対して 12.4%であり,両品種より有意に低かった.四国,九州地方で 12%以下の場所が多く,同地方からは収穫期が梅雨明け後間もない時期であるため,糖度上昇があまり期待できないとの意見が寄せられた.果汁 pH は全国平均が 5.1 で,5.2 の‘ 筑水’との差は有意でなかったが,5.3 の‘ 幸水’より有意に低かった.しかしながら,食味評価において酸味が強いという指摘は見られなかった.果実の日持ち性は 5 日程度と評価する場所が多く,‘ 幸水’よりやや短いとの評価が多かった.心腐れとみつ症は各 1 場所で顕著な発生が見られたが,それ以外の発生した場所における程度は軽微であった.試験中,全国的に花芽の枯死に関する指摘がみられた.2013 年の農研機構における枯死率はえき花芽では 8.8% で,‘ 幸水’より高く,短果枝では 1.6%で‘幸水’と同程度であった.これに対して同年に熊本県(宇城市)では,えき花芽の枯死率が 53.6%と‘ 幸水’の 0.6%と比較して極めて高かった(Table 6).

 

3.適応地域及び栽培上の留意点

系統適応性検定試験の結果から,本品種は‘ 筑水’や‘ 幸水’より小果で,糖度はやや低いものの,極早生品種として品質が良好である.ニホンナシは旧盆時に需要が高まり,この時期に販売できることは生産者にとって非常に有利である.‘ 幸水’を旧盆前に収穫することが困難な東日本において‘ はつまる’を導入することで旧盆前に品質良好な果実の収穫が可能となることから,特に東日本における普及が期待される。

花芽の枯死や生育不良が全国的に発生し,特に熊本県と鹿児島県では,年によりえき花芽の 7 割以上が枯死するとの報告がある等,西日本での発生が多い傾向があった.また,枝枯れや胴枯れ症状についても発生報告があった.花芽枯死は‘ 幸水’でも発生するが,その主要因は凍害であり,施肥と堆肥の施与時期を春期に実施することで,冬季に施与するよりも大きく凍害の発生率が低減したことが報告されており(Sakamoto et al., 2017),本品種についても花芽枯死の対策技術について今後検討が必要である.果実が小果である点については,ジベレリン処理によって収穫期の前進や果実の肥大促進効果があるとの試験結果が示されたが,その中の一部場所ではみつ症状を助長するとの報告が見られた.また,早期の摘果によって目標着果数とする時期を早めることで,果実肥大が促進されることが観察されている.

謝辞

本品種の育成にあたり,系統適応性検定試験を担当された関係公立試験研究機関の各位ならびに多年にわたり実生育成,特性調査などにご協力を寄せられた歴代の職員,研修生諸氏に心から謝意を表します.

利益相反の有無

すべての著者は開示すべき利益相反はない.

引用文献
 
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