農研機構研究報告
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原著論文
モモ品種,選抜系統の低温要求量および高温要求量
八重垣 英明 末貞 佑子河野 淳澤村 豊
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2024 年 2024 巻 17 号 p. 71-77

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Abstract

地球温暖化の影響によるモモの栽培適地の北上や自発休眠覚醒の遅延への対策として,低温要求量の少ない品種の導入が考えられる.本研究では低温要求量が少ないと考えられる品種および選抜系統の切枝を用いた調査を 4 年間行い,それぞれの低温要求量および高温要求量を明らかにした.供試個体の低温要求量は,chilling hours で 225 CH から 862 CH の,chill unit で 346 CU から 880 CU の差異があったが,いずれも主要品種よりも少なかった.‘TropicSnow’ は 250 CHと 384 CU,‘モモ台木筑波 1 号’ は 592 CH と 706 CU であった.高温要求量は,growing degree hoursで 4694 GDH から 5893 GDH の範囲であった.‘TropicSnow’ は 5278 GDH,‘モモ台木筑波 1 号’ は 4965 GDH などと台木品種が少ない傾向であった.

Translated Abstract

The introduction of cultivars with lower chilling requirements is considered as a countermeasure against the northward movement of peach cultivation areas and the delay in breaking endodormancy and awakening due to the effects of global warming. In this study, we conducted a four-year survey using cuttings of cultivars and selected lines that are thought to have lower chilling requirements and clarified their chilling and heat requirements. The chilling requirements of the test plants varied from 225 to 862 for CH and from 346 to 880 for CU, both of which were lower than those of the major cultivars. ‘TropicSnow’ had 250 CH and 384 CU, and ‘Momo Daigi Tsukuba 1’ had 592 CH and 706 CU. The heat requirement ranged from 4694 to 5893 for GDH. ‘TropicSnow’ had 5278 GDH, and ‘Momo Daigi Tsukuba 1’ had 4965 GDH and tended to be lower for rootstock cultivars.

緒 言

植物が環境や生理的な要因で生育を停止しているように見える状態を休眠という.休眠のうち,気温などの環境条件が発芽・開花に適していているにもかかわらず,内生的な要因によって発芽しない状態が自発休眠である.自発休眠期において一定期間,低温に遭遇すると自発休眠状態が完了(自発休眠覚醒)し,他発休眠に入る.自発休眠から覚醒するために必要な低温時間は,樹種・品種によって遺伝的に異なり,これを低温要求量と呼んでいる.また,自発休眠覚醒から発芽・開花に至る期間においても樹種・品種によって遺伝的に異なる一定期間の高温に遭遇する必要があり,これを高温要求量と呼んでいる(独立行政法人農業・生物系特定産業技術研究機構 2016).品種の低温要求量を明らかにすることで,栽培可能な地域を検討できる.また,低温要求量と高温要求量が明らかになると,その地域での開花期の推定が可能となる.

近年地球温暖化が果樹栽培に大きな影響を及ぼしている.地球温暖化の影響については 2004 年に,今後リンゴおよびウンシュウミカンの栽培に有利な温度帯は北上し,現在の主力産地の多くは栽培しにくい気候となる可能性が示唆されている(杉浦,横沢 2004).さらに,2003 年の全国の果樹関係公立研究機関への調査においても全ての都道府県が温暖化の影響の発生について何らかの指摘をしており,モモにおいては開花期および成熟期の前進や施設栽培における自発休眠覚醒の遅延などが指摘されている(杉浦ら 2006).栽培適地の北上や自発休眠覚醒の遅延への対策として低温要求量の少ない品種の導入が考えられる.ブラジルから導入した ‘Chimarrita’ および ‘Coral’ は低温要求量が少ないものの,わが国の栽培条件では食味が不十分であった.そのため農研機構果樹茶業研究部門では,‘Coral’と果樹茶業研究部門の育成品種との交雑を進め交雑三世代目の実生から選抜した‘さくひめ’を 2016 年に品種登録した(八重垣ら 2019).‘さくひめ’の低温要求量は主要品種の半分程度である(Sawamura et al. 2017).その後も交雑を続け,2019 年から開始したモモ第 10 回系統適応性検定試験において ‘さくひめ’ の後代から選抜したモモ筑波 133 号と 134 号を供試している.

また,モモの加温栽培における自発休眠覚醒の遅延への対策として低温要求量の少ない‘オキナワ1’台木の導入が検討されており(松本ら 2019),穂品種だけでなく台木品種の低温要求量も注目されている.

そこで,本研究では低温要求量が少ないと考えられる品種および選抜系統の切枝を用いた調査を 4 年間行い,それぞれの低温要求量および高温要求量を明らかにしたので,その結果を報告する.

材料および方法

1.供試したモモ品種および選抜系統

本試験では,表 1 に示した低温要求量が少ないと思われる 5 品種(2 台木品種を含む)および 4 選抜系統を用いた.そのうち果樹茶業研究部門で育成した品種および選抜系統の系統図を図 1~4 に示した(図中において試験に用いた品種・系統は網掛け表示とした).‘Chimarrita’ と ‘Coral’ はブラジルで育成された(Topp et al. 2008山口ら 2007Yooyongwech et al. 2006),‘TropicSnow’ はアメリカで育成された品種である(Rouse and Sherman 1989).‘オキナワ 1’ は,沖縄県より導入した台木品種で(吉田 1981),‘モモ台木筑波 1 号’ は ‘オキナワ 1’ の後代から選抜した台木品種である(吉田,清家 1981).選抜系統は,‘Chimarrita’ および ‘Coral’ の後代から選抜された個体である.

2.調査方法

調査は,2019 年秋季から 2023 年春季までの 4 年間,Sawamuraら(2017)の報告に準じて行った.

1 時間ごとの気温データは地域気象観測システム(AMeDAS)のつくば観測所のデータから収集した.調査樹から穂木を採取する時期は,Weinberger(1950)の chilling hour (<7.2℃) モデルにより決定した.chilling hours (CH) は 7.2℃以下の気温の遭遇時間で計算し,過去の報告などを参考にして毎年各個体から 2~5 回枝を採取した.CH と併せて,Richardson ら(1974)の Utah モデルをもとに chill unit (CU) を計算した.毎年の CU の起算日を表 2 に,枝の採取日と採取時の CH および CU を表 3 に示した.

花芽を着生している長さ 30~50 cm の 1 年生枝を各樹から 1 回につき 3 枝採取した.切り花延命剤のクリザール(Chrysal Japan 株式会社,大阪,日本)の 2%溶液を,メンブレンフィルターシステム(旭硝子株式会社,東京,日本)を用いて吸引濾過滅菌して管ビンに入れて,採取した 1 年生枝を 1 本ずつ挿した.枝を挿した管ビンは 20℃,湿度 70%程度に保持した人工気象室に入れ,1 週間ごとに枝の下端を切り戻し,溶液を交換した.採取 3 週間後に花芽の観察を行い,初めて半分以上の花芽の花弁または萼片が見られた枝の採取日を自発休眠から覚醒した日とした.

春季に供試樹の開花状況を 1~3 日ごとに観察し,樹全体の花芽の 80%が開花した日を開花盛期とした.各個体の自発休眠から覚醒した日から開花盛期までの期間の高温要求量を Richardsonら(1975)の growing degree hours (GDH) モデルを用いて評価した.

結果および考察

供試した品種および選抜系統の自発休眠覚醒日,低温要求量(CH と CU),開花盛期および高温要求量(GDH)の 4 年間の平均値と標準偏差を表 4 に示した.‘Coral’,‘オキナワ 1’ および ‘Chimarrita’ の CH,CU,および GDH は,Sawamuraら(2017)の結果と類似していた.

自発休眠覚醒日は,‘Coral’ の 12 月 7 日が最も早く,モモ筑波 133 号の 1 月 14 日が最も遅かった. 低温要求量は,CH で 225 から 862 の,CU で 346 から880の差異があったがいずれも Sawamuraら(2017)の ‘あかつき’,‘川中島白桃’,‘日川白鳳’ などの主要品種の値(1173~1208 CH,1074~1082 CU)より低く,いずれも低温要求量は少ないと言える.

開花盛期は,‘オキナワ 1’ の 3 月 11 日が最も早く,モモ筑波 133 号の 3 月 23 日が最も遅かった.いずれも,‘あかつき’,‘日川白鳳’,‘川中島白桃’ の 3 月 27 日から 3 月 31 日よりも早かった.高温要求量は,GDH で 4694 から 5893 の範囲となった.台木品種の ‘オキナワ 1’と‘モモ台木筑波 1 号’ は 5000 未満と低い値であった.供試個体の中で自発休眠覚醒が最も早い‘Coral’は高温要求量が最も多いため,開花盛期が ‘オキナワ 1’ と ‘TropicSnow’ よりも遅くなっている.

わが国のモモの主要品種の多くは ‘白桃’ の後代で遺伝的に近縁なものが多い(Yamamoto et al. 2003山口,八重垣 2018).そのため低温要求量も変異が小さく,加温施設栽培においては 1000 CH 遭遇した後の加温開始が推奨されている(萩原 2021).主要品種と低温要求量の大きく異なる ‘Coral’ および ‘Chimarrita’ を用いた農研機構における交雑において得られた交雑第一世代から第三世代までの実生の低温要求量は 165~910 CH と広く分布した(山口ら 2007).本試験で用いた選抜実生は第一世代から第四世代であり,435~862 CH の範囲であった.低温要求量の少ない実生と主要品種の交雑を続けると低温要求量は徐々に大きくなる傾向にある.そのため実生の低温要求量を確認しながら選抜を続ける必要がある.

供試個体の中で最も高温要求量が小さい ‘オキナワ 1’ の後代品種である‘モモ台木筑波 1 号’ も ‘オキナワ 1’ に次いで高温要求量が小さい値となった.しかし,その他の個体においては,高温要求量と関連のある要因は交雑世代も含めて判然としなかった.栽培可能地域や施設栽培における加温開始時期を決定する低温要求量に比べて高温要求量は,栽培および育種においてこれまであまり注目されていなかった.本試験でも明らかとなったように低温要求量の少ない個体は,一般的な個体よりも開花期が早くなる傾向があり,晩霜害に遭遇するリスクが高くなる(中川 1980).しかし高温要求量を大きくすることで,開花期の前進を抑制して晩霜害リスクを少なくする事ができる.低温要求量の少ない個体を目指す育種においては,高温要求量も注意する必要がある.

‘TropicSnow’ は香川大学が育成した低温要求量の少ない品種 ‘KU-PP2’ の種子親である(真鍋ら 2015).‘Chimarrita’ よりも低温要求量が少なく,‘Chimarrita’ および ‘Coral’ よりも収穫期が早く,酸味が強いものの甘味がある.今後育成する低温要求量の少ない新品種は,早生品種の栽培比率の高い西南暖地での導入が多くなることが想定されることから,‘TropicSnow’ は ‘Coral’ および ‘Chimarrita’ よりも有望な交雑親になると考えられる.

近年のモモ栽培において,せん孔細菌病が全国的に多発しており抵抗性品種の育成が望まれている.真性抵抗性を持つ品種は世界的にも見つかっていないが,‘Chimarrita’ および ‘Coral’ はせん孔細菌病の付傷接種における病斑の拡大が小さいため圃場抵抗性を有していると考えられ,せん孔細菌病抵抗性の有望な交雑親である(Suesada et al. 2019).現在,‘Chimarrita’ および ‘Coral’ の後代系統を用いた交雑を進めており,381-14 と 404-2 は付傷接種における病斑の拡大が小さいことから選抜して交雑親に用いている系統である.両系統ともに ‘さくひめ’ 程度の低温要求量であったので,せん孔細菌病抵抗性と低低温要求性を併せ持つ新品種育成を目指した交雑に用いることができる.

‘オキナワ1’ と ‘モモ台木筑波 1 号’ はネコブセンチュウ抵抗性を有し,開花期が早いことから低温要求性が低いと考えられていた(吉田 1981吉田,清家 1981).特に ‘モモ台木筑波 1 号’ は,顕性形質であるネコブセンチュウ抵抗性と赤葉性をホモに有しており,実生台木は全てネコブセンチュウ抵抗性と赤葉を示す(吉田 1981吉田,清家 1981).モモの加温栽培において問題となっている自発休眠覚醒の遅延への対策として,低温要求量の少ない ‘オキナワ1’ 台木の使用による ‘日川白鳳’ の開花促進が報告されている(松本ら 2019).‘モモ台木筑波 1 号’ は,‘オキナワ1’ より低温要求量が多いが ‘日川白鳳’ よりも少なく,開花盛期は ‘日川白鳳’ より 10 日以上早い.そのため,‘モモ台木筑波 1 号’ 台木においても穂品種の開花促進効果が期待できる.さらに,低温要求量の少ない ‘さくひめ’ の ‘オキナワ1’ 台木を使用した加温栽培における開花促進効果の検討も行われており(松本 2021),低温要求性の低い台木の利用場面が増えてくると思われる.

現在,モモ第 10 回系統適応性検定試験に ‘さくひめ’ の後代系統であるモモ筑波 133 号とモモ筑波 134 号を供試している.両系統ともに低温要求量は ‘さくひめ’ より多いものの主要品種より少ないことが明らかとなった.これまでわが国で育成された低温要求量が少ないモモ生食用品種は ‘KU-PP1’,‘KU-PP2’,‘さくひめ’ の 3 品種のみである(別府ら 2014真鍋ら 2015八重垣ら 2019).しかし世界的には 2000 年代に入り,新品種の約 80%が 300~800 CH の範囲であると指摘されている(Sansavini et al. 2006).本報告における ‘あかつき’,‘日川白鳳’,‘川中島白桃’,‘オキナワ1’ の開花盛期は,Sawamura ら(2017)の報告における 2006 年から 2016 年の開花盛期の平均値よりも 9~12 日早くなっていて温暖化の影響が現れている.今後も温暖化が進行すれば,わが国においても低温要求量の少ない品種の必要性がより高まることが予想される.

本試験供試品種・選抜系統の低温要求量は,栽培候補地の気象が品種の低温要求量を満たすか否かの判断に用いることができ,さらに,施設栽培における加温開始時期の決定に不可欠である.また,明らかとなった低温要求量と高温要求量により,栽培地域での開花期の正確な予想が可能となる.

利益相反の有無

すべての著者は開示すべき利益相反はない.

引用文献
 
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