抄録
本研究は数学学習で使用される図的表現に注目して,授業における児童の理解過程を検討したものである。Thompsonは数学の説明には様々なイメージを使用することが有効であり,数学理解の発達を促すと指摘している。また,Pirie & Kierenは前の活動に立ち戻ることが理解を促進すると指摘し,その活動をfolding backと呼んでいる。Cobb & McClainは,Thompsonの取り上げた課題場面の具体的な状況を表すイメージが理解を促した事例と,Pirieらがfolding backと説明した活動に注目して,集団での学習において,課題場面を具体的に表象する「イメージ」を共有することと,そのイメージを再共有する活動が数学理解を支援するという「立ち戻り」の概念を理論的に構築した。本研究では,図的表現が課題場面の表象となり,概念理解と課題解決の道具になる性質に注目して,このような図的表現を「数学ツール」と総称する。この数学ツールをくり返し使用する授業における児童の理解発達を教室での談話と児童の記述から分析した。その結果,児童の数学ツールへの「立ち戻り」の活動が概念理解を促進しただけでなく,数学ツールそのものにも理解深化の過程があることがわかった。また,この数学ツールの理解深化が相乗的に概念理解の深化を促進していたことを明らかにした。