2019 年 44 巻 p. 85-95
本論は,上田友亀の国民学校期における器楽教育思想と実践の特質を,彼特有の概念「純音楽生活の指導」に着目して明らかにすることを目的としている。
上田のリズムを中心とする器楽教育思想の形成には,コールマンの「創造的音楽」と近代西洋音楽美学の重要な概念である「自律的な音楽」の二つの思想の影響があった。上田は,コールマンの「音楽の根本はリズムである」から示唆を得ることによって,リズムを音楽教育の根本に据えた器楽指導を構想し,音楽に興味を抱かない子どもから,生命力あふれる音楽表現を引き出そうとした。一方で,「自律的な音楽」にも依拠していた上田は,プリミティヴなリズムだけではなく,近代西洋音楽を構成する根源的な要素としてもリズム,旋律,ハーモニーを子どもたちに体得させることを重視し,芸術音楽に近接させることを企図した。
国民学校期は,現在の「音楽」教育が形づくられた意味においてきわめて重要な画期である。芸術的な音楽表現が求められた当時の小学校音楽において,「創造的音楽」を基盤とした上田の試みは,小学校音楽のあり方を根本から変革する可能性を有していた。しかし,「自律的な音楽」にも影響を受けていた上田は,従来の芸術的な音楽表現を志向する音楽教育の枠組みを打破できず,上田の器楽教育思想と実践は「創造的音楽」と「自律的な音楽」を同時に内包させたまま,戦後期の小学校音楽に受け継がれ影響を与えていく。