抄録
アジアに分布するトリカブ卜属植物(キンポウゲ科)の分類学的研究の一環として,中央アジアの天山山脈で現地調査を行った.調査を実施した地域は,北から順に,ジュンガルスキーアラタウ,ザイリスキーアラタウ,キルギスキー,テレスケイアラタウ,中央天山,アライスキー,ザ・アライスキーの各山脈である.これらの地域では12種類のトリカブト属植物が採集されたが,ここではA. rotundifoliumとA. zeravschanicumの2種について,標本調査の結果にもとづいて異名を整理して再記載を行い,あわせて野外調査で得られた知見を述べた.
A. rotundifoliumは当該地域においてはどちらかというと普通種にあたるもので,各地に大きな群落が見出された.自然集団の観察結果によると,調べたどの集団でもA. rotundifoliumの各個体は蜜を分泌していなかった.また花弁の唇部の直下にある,蜜を分泌する距への開口部は幅0.5 mmと極めて狭く,トリカブト属で一般的なポリネーターであるマルハナバチ類の口吻が差し込めないようなものであった.トリカブト属植物は典型的な虫媒花として知られている.それは大量の蜜を分泌することと,それを吸蜜するために訪問するマルハナバチ類による送受粉に適した花の構造をもつことによって可能となっているのである. したがって,A. rotundifoliumは少なくとも天山山脈ではマルハナバチ類による送受粉は行われていないと考えられる.
一方,A. zeravschanicumは稀な種で,パミール高原北部の固有種である. この種もA. rotundifoliumに似た花弁をもつため,蜜が分泌されないことが予想されたが,それに反して多量の蜜を分泌していた.この種の板は根茎状に見え,レイジンソウ亜属Subgenus Lycoctonumの根に似ている.しかし,レイジンソウ亜属の貯蔵根が地中で分岐したものであるのに対して,A. zeravschanicumの根は細いひも状の塊根が集合したものであり,全く異なっている.この種はこれまで上記のA. rotundifoliumをタイプとするRotundifolia節に所属するものとして扱われてきたが,同じような塊根をもつ,シベリア・東サヤン山脈のA. popoviiとともに独立した節に所属させる必要があると考えられる.