1993 年 42 巻 9 号 p. 34-44
『こゝろ』における二つの自殺を分析してみると、「K」の死には養子制という社会制度が関係しており、「道」の追求を支えていた精神優位主義に立っていたために、自己の恋と「道」との接点を見付けられずに自死に到っていることがわかる。「先生」は、個を一般化して考えたがるような、偏りと排除の見られる思想の持ち主で、その思想の在り方が「先生」の死を招来したと言える。『こゝろ』は、生きるために「信用」=「心」を求めながら、自己の思想を相対化できなかったためにそれを得られず死んでいった男たちの悲劇だった。