1996 年 45 巻 7 号 p. 16-25
中世説話に<なにとなく>という言葉を用いた表現が、予想を超えた不思議な事象の生じる前兆としての機能的用法が認められる。かなり特異ではあるが、その突出の要因は、平安後期から中世にかけての当該表現に十分備わっており、特に平安後期物語の影響が注目される。そうした情況から、さらに『閑居友』などには、<聖なるもの>との出逢いの神秘を表徴する例が見出され、なかでも『撰集抄』に特徴的な聖たちとの結縁空間を開くそれは、一方で俊頼が試み西行らが引き継いだ<なにとなく>歌とも深く関わる。その表現史を通して、中世における<聖なるもの>との出逢いのあらたなかたちを考察した。