2010 年 59 巻 7 号 p. 56-64
一般に連歌は近世になり俳譜にその席を譲ったとされるが、厳密に言えば少なくとも寛永期頃まではまだ連歌の時代であった。それは活躍している人物、またその事象を見れば明らかなことである。さらに元禄末まで下げても連歌学書・論書の板行が続いており、連歌が俳譜に駆逐されたがごとき理解は正すべきである。そもそも、芭蕉など元禄期の俳譜の成就は一時期の熱に浮かされたような俳譜運動の反省に立ってのもので、それは連歌への回帰と捉えることであらたな俳譜史の見方も生じる。